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Seventh Night -夜と眠りの調律店-  作者: 羊三月
第一夜 顔のない少女
2/6

①沈黙の公園

 霧島結衣(きりしまゆい)は、また同じ夢を見ていた。


 人気ひとけのない、静まり返った公園。視界に映るすべてが静止し、生きものの気配を感じない。

 それは遠い過去の記憶のようでもあり、まだ訪れない未来の果ての風景のようでもあった。


 そこは幼いころ、結衣が毎日のように遊んでいた場所だ。

 春には、ケヤキの若葉が陽を受けて透き通り、地面にはレンゲやクローバーが群れていた。花を摘んで(かんむり)を作ると、指先に土と草の匂いが残った。

 夏には、駄菓子屋で買った氷菓を友達と並んで食べた。食べ終えた棒を砂の山に突き立てて、どちらが先に倒れるか、お互いに山を崩し合って遊んだ。

 秋の風が吹く日には、(さび)の浮いた鉄棒がひやりと冷たく、何度も指先を赤くした。

 夕暮れが早くなるころ、公園のスピーカーから流れるチャイムが、子どもたちのざわめきを少しだけ切なくさせた。


 砂のざらつき、手のひらに残る鉄の匂い、ブランコの鎖が(きし)む音、木のベンチの温もり、そして、頬をかすめていく夕方の風の感触――それらすべてが、結衣の奥底にまだ息づいていた。色を失うことも朽ちることもなく、透明な時間の層の中に刻まれていた。

 けれど、夢の中の公園は少しだけ違っていた。遊具は記憶のままに並んでいるのに、夕闇が地面ごと飲み込み、影という影が黒いひとつの塊のように溶けている。音も匂いもなく、空気は泥濘(ぬかるみ)のように重く(こご)り、息苦しい。

 遊具の(たたず)まい、砂場に残った玩具(おもちゃ)や小さな足跡――それらは、昼間の賑わいの余韻ではなく、停滞の予兆を感じさせる。


 公園の端に、ひとりの少女が立っていた。白い服の(すそ)が、風もない空気の中でゆっくりと波打つように揺れていた。夕闇の逆光が顔を覆い、輪郭がぼんやりと滲んでいる。

 結衣はその姿を“知っている”と思った。懐かしさにも似た痛みが、胸の奥で静かに疼いた。


 少女の唇が動く。しかし、声は聞こえない。

 その微かな動きだけが、水面に投げ込まれた石のように、静止した空気の中に小さな波紋を描いては消えていく。

 結衣は息を止めて、その口の動きを見つめた。何かを呼びかけているのに、どうしても聞こえない。何度も、何度も、聞き取ろうとするが、目を凝らし耳を澄ますほどに、光も音も遠ざかっていく。

 世界が無音の暗闇に閉ざされていく中で、胸の奥には得体(えたい)の知れない焦りだけが残った。


――そして、目を開ける。


 現実の音が、やけにはっきりと聴こえた。カーテンの隙間から夜明けの光がこぼれ、空気の粒子がゆっくりと漂っている。

 遠くを走る車の音がかすかに届き、壁の中から一定の低い機械音がくぐもって(うな)っている。

 そういう雑多な音が、ゆっくりと結衣の皮膚の上をなぞり、身体の感覚を少しずつ呼び覚ましていく。

 喉が乾いていた。指先は冷たく、髪の毛が頬に張りついている。それでも、心の中心はまだあの夕闇の底に取り残されたままだった。


 少女の姿が、まぶたの裏に焼きついて離れない。白い服。影に潰された顔。結衣を呼ぶように動く唇。

 結衣はゆっくりと息を吐く。

 「……あの子」

 声に出した瞬間、胸の奥で何かが震えた。あの公園で遊んでいた頃、夕方のチャイムが鳴って、みんなが帰ったあとに現れた、あの子。

 名前も、顔も、はっきりと思い出せない。けれど、あの夢の少女と重なった気がした。

 忘れていた誰かが、長い時間の向こうから呼びかけてきたようだ。結衣は手を胸に当て、もう一度、小さく呟いた。

 「……なんで、今になって」


 窓の外で、小鳥が一声鳴いた。現実の感覚に馴れていくにつれて、夢の余韻がゆっくりと薄まっていく。

 それでも部屋の片隅には、まだその名残が消えないでいた。

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― 新着の感想 ―
この章、静かな気味悪さの作り方がちゃんと計算されてる。 昔の公園の質感を細かく積んで、夢に入った途端に全部“死んだ空気”へ切り替える。この落差が効いてる。 良かった点 ・五感描写が全部“意味のあるノ…
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