第七話 オアシスの危機
オアシスを中心にした、小さな国。それが、貴方と私の国。
湖の水が減り始めています。波打ち際が、少しずつ遠のいていくのがわかります。
──何が起こっているのでしょうか?
ふと、以前市場で耳にした噂を思い出しました。
「北の山近くのオアシスでも、水が減っているらしい」
あのとき、もっと真剣に聞いておけばよかった……そう後悔しています。
私は湖畔の岩と木を、ロープで結びました。ちょうど波打ち際の位置に、布を巻いて目印にします。
本当に水が減っているのか、確かめるために。
──ああ、こんなとき、貴方がいてくれたら……。
「大丈夫だよ」と、私を抱きしめてくれた貴方に、逢いたくてなりません。
その後しばらくは、隊商間の諍いや、大きな商家同士の婚姻の取り決め、そして私自身の体調不良もあり、湖畔には足を運べずにいました。
貴方が戦野へ向かってから、半年が過ぎました。
貴方からの便りも、戦地の噂も届かないまま。
私は、今日も塔に登って、貴方の帰りを待っています。
一ヶ月ほど経って、ようやく湖へ足を運びました。
波打ち際は、かつての目印よりも明らかに後退していました。
このままでは、水路に水が届かなくなってしまう。
私は長老や家臣たちに、湖の異変を報告しました。けれど、言葉だけでは信じてもらえず、皆を湖畔に連れて行きました。
そこからは急ぎ、民の手を借りて水路の掘り下げに着手しました。
水は、低きから高きには流れません。
老いも若きも、商売を脇に置き、国をあげて水路の再整備に取りかかりました。
その結果、水は以前よりもよく流れ、作物も豊作となりました。
西の大国の戦がいつ飛び火するとも知れず、家族が戦野へ向かったまま帰らぬ悲しみも尽きぬ中──
その年の豊作は、苦しむ民にささやかな笑みを与えてくれました。
私はそれが、ただただ嬉しかったのです。
けれど、この頃は体調がすぐれず、早朝の散策にも出られていません。
日中はなんとか動けるものの、街には不穏な空気が漂いはじめています。
喧嘩や諍いが増えてきました。
働き手を戦野に送ったまま、女や子ども、年寄りが家を支えているからです。
私はできるかぎり街に出て、民の声を聞こうと努めています。
けれど、私ひとりでは限界もあり、怒鳴られることも増えてきました。
湖の水が減っているという不安が、民の心を荒らしているのです。
そして、ある日──
とうとう、諍いの末に人がひとり、命を落としました。
加害者も被害者も、私は以前からふたりの話を聞いていました。
だが、簡単に解決できることではなかった。だからこそ、どちらか一方が得をする裁きではなく、双方が納得する道を探していたのに……。
ふたりの家族から、私のもとへ怒りの言葉が飛びました。
「王妃様が、ちゃんとしていてくれたら……殺されなかった」
「王妃様が、ちゃんとしていてくれたら……殺していなかった」
私の考えは、間違っていたのでしょうか。
それでも、私には私のやり方でしか、進めないのです。
──あれから、さらに二ヶ月が過ぎました。
あの岩は、波打ち際にありました。
湖は確実に、少しずつ……命を削るように、痩せ細っています。
それでも私は、変わらず塔に登ります。
夕日の向こうから、貴方が帰ってくるのを信じて。今日も、待っています。