第六話 貴方は戦野に、私は国に
オアシスを中心にした小さな国。それが、貴方と私の国。
貴方の剣を、盾を、鎧を──必ず私の手で確かめます。必ず守って、と願いを込めながら。
早朝の湖畔をふたりで歩き、昼餉をともにし、蝋燭を灯した部屋で夜の語らいを交わす──ほんのわずかな時間があれば、貴方は私のもとに来てくれました。それが、私たちの思い出となるように。夫婦の絆となるように。
残された時間は、あまりにも少なくて。千にも満たない兵を率いて、明日、貴方は西の戦野へ旅立ちます。
その夜、貴方は微笑みながら約束してくれました。
「夕日の向こうから必ず帰る。だから、待っていてほしい」
私は涙を堪えて、同じように微笑みました。
「ええ、待っています。あの塔の上から、貴方の帰りを」
翌朝早く、貴方は兵を率いて旅立ちました。私は人々とともに、貴方の無事を祈りながら見送りました。塔の上から、砂漠の果てに向かう貴方の背を見つめていました。
どうか、どうか、無事でいてください。貴方も、兵も、誰ひとり欠けることなく帰ってきてください。私はひたすら、天に祈りました。
さあ、もう泣くのはおしまいにしましょう。貴方が戦野へ向かった後のこの国は、私が守ります。
貴方が帰ってきたとき、誇れる国にしておくために。ふたりでもう一度、湖畔を歩けるように──
一日の大半を政務に費やし、細やかなことも大きなことも、一つひとつ丁寧にこなしていきます。民もまた、そんな私を支えてくれています。ありがたく、誇らしいことです。
隊商たちも変わらず訪れています。ただ、西の大国から来る商人は、以前より少なくなりました。危険を冒してまで西へ向かう理由が、もうないのでしょう。
ある日、一人の隊商が面会を求めてきました。貴方と私が幼いころから親しくしていた方でした。
その人は、小さな木箱を差し出しました。「たまたま、あの方のいる地を通りかかりまして」と言葉を濁していましたが、きっと違います。貴方を探してくれたのでしょう。あの方らしい、優しい気遣いでした。
小箱の中には、貴方からの手紙と、美しい髪飾りが入っていました。
「愛する貴女へ──」
そう始まるその手紙は短いものでしたが、貴方の優しさと愛がたしかにそこにありました。
私はこの髪飾りを、貴方が戻るその日まで、肌身離さず持っていようと思います。きっと、ふたりを守ってくれると信じています。
それから一年が過ぎました。戦はまだ続いています。なんと愚かなことでしょう。
貴方はまだ帰ってきません。手紙も、噂も届きません。
心配で、心配で、胸が押し潰されそうになります。それでも、民の前では笑顔を絶やしません。けれど最近は、その笑顔すら顔に張りついているように思えてなりません。
ある朝、いつものように湖畔を歩いていたとき、ふと異変に気づきました。
岸辺から遠くにあったはずの岩が、浅瀬に近づいていたのです。
最初は「岩が動いたのか」と思いました。けれど、そうではありません。動いたのは私たちの方でした。湖の水が、少しずつ、けれど確実に減っていたのです。
夕方になれば、私は必ず塔に登ります。
貴方が、夕日の向こうから、帰ってくるその日を信じて──待ち続けています。