第五話 使者がもたらしたのは……
オアシスを中心にした、小さな国。それが、貴方と私の国。
ある日、その国に西の大国から使者が訪れました──悲しい知らせと共に。
ついに、西の大国と隣国との間で戦が始まったのです。どちらの国も、命運をかけた大戦。砂漠の果てにある私たちの国さえ、その影から逃れることはできませんでした。
湖畔に一人で座り、私は静かに湖面を見つめていました。銀の鱗を光らせて跳ねた魚が、丸い水紋を描く。あまりにも小さな出来事。でも、その波紋が、いつか国をも揺るがすのだと、思い知らされました。
使者は、莫大な税と食糧、そして兵を要求しました。
税も、食糧も、痛みを呑んで差し出しましょう。ですが──民の命を捧げることだけは、決して認められません。
王宮を抜け出した私を、貴方が見つけ出しました。
「妃よ、探した」
「……嫌です。税も食糧も……百歩譲りましょう。けれど……兵は……命は渡せません。戦をしたいのなら、どうか、どうか、民を巻き込まないで」
貴方は無言で私を抱きしめ、静かに呟きました。
「余も、兵を率いて戦へ赴かねばならぬ」
その言葉に込められた怒りと悲しみが、胸に深く突き刺さります。私は声もなく崩れ落ち、その場に倒れてしまいました。
その夜、夢を見ました。戦野に倒れる貴方の姿。骸と化した兵たちの山。その中で、なお戦いを止めぬ人々。空には禿鷲が舞い、魂を運ぶ青鷺がただ一羽──。
私は恐ろしくて、夜中に目を覚まし、隣に眠る貴方の胸にすがりました。貴方は何も言わず、ただ私を抱き締めてくれました。
翌日から、貴方は慌ただしく戦の準備を始めました。数少ない兵に、最良の剣と盾を与え、鎧を新調し、訓練を重ねさせます。
一人でも多く、生きて戻ることができるように。
──行かないで。どうか、行かないで。
けれど、貴方が行かなければ、この国は生き残れない。人質となっている祖母と弟の命も、危うい。兵を拒めば、国は蹂躙され、民は略奪され、私たちは処刑されるでしょう。
だからこそ、戦を選ばねばならない。勝つことでしか、国も、命も、未来も守れぬのならば──
私は、貴方の傍にいます。剣を、盾を、鎧を、この手で確かめました。何度も、何度も、「必ず生きて戻って」と祈りを込めながら。
人の命を奪わなければ、奪われる。
──戦とは、これほどまでに理不尽で、非情なものなのですね。
それでも私は、貴方の手を取りました。
そして誓いました。貴方が帰るその日まで、この国を守りぬくと。