追っ手を逃れて海へ。海でやることと言ったら...
そりゃ怒られますよね。それにしても完全なネズミ講方式ですやん、
第4階層は空腹に苛立っていた。フレッセンとライツが餌を持ってこない。ピラミッド構造は、始祖の下に5人の第2階層、各第2階層の下に5人の第3階層、同じく第3階層の下に5人の第4階層という組織になっている。つまり最下層の第5階層は625人が125人の第4階層に仕えている。綺麗に5人ずつで構成されるネズミ講のような仕組みだ。5人の下僕のうち2人が働かないと、血の供給は3/5になり、自分の消費も第3階層への上納分も圧倒的に足りなくなる。5人の下僕が定期的に餌を持ってきてくれたからこそ、交通整理のバイトの合間に自らが少しだけ狩りをすることで生活は成り立っていた。それが2人もサボタージュすると、たちまちに血の経済が破綻する。途絶えがちになる第3階層への上納が第4階層の立場を悪くし、しばしば暴言や殴る蹴るのハラスメントを受けるようになった。
「もう限界だ。あいつらをギタギタにして改心させるか、場合によっては躾のしすぎで壊してしまいましたと報告して新しい眷属を作るか、ともかく許せん!地獄の底まで追い詰めてやる!」
俺とライツは森で果実を採集していた。木に登れるのはライツだけなので,俺はもっぱら落ちてきた果実を集めるだけだが。俺は樹上のライツに声をかけた。
「おーい!果実はあとどのくらいある?」
「もっと登ればまだまだあるみたいだけど、よくわからない。靄になって良く見えない。」
取り尽くしてしまえば終わりなので,俺は少し不安になった。今だいたい100個ぐらいなので、きょうはこれくらいにして夢スパイス亭に納入しよう。
「わかった。」ライツは飛び降りてきて言った。「ねえ、もう5日も餌を届けていないけど...」
「そうだな。怒っているだろうな。果物を納入したら、しばらく身を隠そう。」
町に到着して、新規開店した「夢スパイス亭」に向かった。開店前だというのにもう行列ができていた。すごい人気だ。通用口から店に入ると、アルマンさんとセレナさんが開店準備で忙しそうに働いていた。店の中にはスパイスの良い香りが漂っている。
「アルマンさん、スパイスマンゴーを持ってきました!」
「おお、君たちか、待っていたよ。はい、これは報酬だ。」
「アルマンさん、俺たち1週間ぐらい町を離れことになりました。」
「1週間後にまた持ってきてもらえるのかい?」アルマンさんは少し心配そうな顔になった。
「はい、できるだけ努力します。少し危険な目に遭うかも知れないので、もし来週になっても俺たちが現れなかったら、森のこのあたりの木に登ればスパイスマンゴーが採れると思います、たぶん。」俺は簡単な地図を渡した。
「危険な目?」アルマンさんは心配そうな顔をした。
「たぶん大丈夫だと思います。遠く離れた土地でやり過ごしますから。」俺は精一杯の虚勢の笑顔で答えた。
俺たちは森を抜けて数時間ほど歩いた。もう人家は見えない。やがて木立も少なくなりひらけた場所に出ると、そこからは緩やかな下り坂になり、遠くに青い海が見えた。
「おい、ライツ、海だぞ。」
「わあ、行ってみたい。何があるんだろう?」
「まだ先だぞ、ライツ。今日はここで野営しよう。」
ひらけた場所は風が気持ちよかった。リュックから簡単な寝具を取り出すと、二人で手分けして野営の準備を始めた。ライツは楽しそうに枯れ木を集めてくる。火を起こして、紺鼻荷で買ってきたおにぎりと焼きそばパンを食べた。野外で食うと格別だ。ライツは他にもいろいろ買い込んできたようだ。
「ライツ、何を買ってきたんだ?」
「えーとね、お姉さんに海に行くって言っていろいろ教えてもらったんだ。包丁とまな板、魚を捕まえたらこれで捌けって。これは醤油、これさえあればどんな魚も美味しくなるって。釣り糸と針、これを棒の先に付けて魚を釣るんだって。花火、海と言ったらこれでしょう、だって。あとカップ麺ね。困ったときのカップ麺って言ってた。」
なかなかしっかりしている。これが女同士の協力というやつだろうか。簡単な夕食を済ませると、夜空には満天の星が広がっていた。
「きれいだね、ライツ。」
「うん、こんなにたくさんの星、初めて見た。」
波の音が遠くに聞こえる。明日はいよいよ海だ。
翌朝、海辺までたどり着くと、そこにはかつて漁村だった廃村があった。廃屋の中にまだ使えそうな家を見つけたので、そこを拠点とすることにした。村の広場に井戸があり、汲み上げてみると水は飲めそうだった。吸血以外の摂食手段がなかったとき、喉の渇きイコール吸血衝動だったが、今はふつうに喉が渇く。
「フレッセン!釣りに行こう!」ライツが細い棒に釣り糸を付けたのを2本持ってきた。
ライツはいろいろと頼もしくなってきました。自由に振る舞っているように見えても、女は強いね。