投降した第2階層、エラの更正施設
ヴァンパイア成り立てだから、わりと簡単に人間に戻るみたい
俺たちは館の奥に進んだ。どうやら財宝の間のようだ。そこに奴はいた。だが、思っていたのと様子が違う。第2階層につきものの青黒いオーラがない。
「ヴァイタルアブソーブ!」ユラの精気吸収を受けても動く気配がない。俺たちは武器を構えて一歩前に出た。引き鉄に手を掛けた瞬間、そのヴァンパイアは思いがけないことを言った。
「待て!降参だ。投降する。」
「嘘ではないだろうな?」
「本当だ。ヴァンパイアになったのは本意ではない。噛まれて強制的に眷属にされた。」
「だが5人を噛んで眷属にしただろう?」
「あれは始祖の支配を受けていたからだ。逃れられない。」
「おまえはトレジャーハンターだったのか?」
「そうだ、町長からの公募を受けて志願した。俺が隊長で部下が5人いた。」
「その部下を噛んで眷属にしたのか?」
「そうだ。始祖に噛まれた直後だ。自我が消え始祖の思い通りに動く眷属になった。」
「投降してどうする?」
「できるものなら人間に戻りたい。だが、それが適わないのなら塵になって滅する。」
「これまで第2階層がスパイシーマンゴーを食った記録はない。どうなるかわからないが、試すだけ試してみるか?ダメだったら他の方法を考えよう。」
俺たちは31体のヴァンパイア全員と動物たちを連れて村へ戻ることにした。途中の森で、捕捉したヴァンパイアたちの人間化に備えるために大量のスパイシーマンゴーを収穫した。この時点で、第五階層にランクダウンした25体のヴァンパイアたちはすぐに黄色い果実を囓って人間化を始めた。第4階層はもう少し時間がかかるようだ。第3階層にランクダウンしたボスは、果物を口にすることさえできなかった。
「なあ、エラ。ヴァイタルアブソーブってランクが1しか下がらないのか?」
「そうだよ。もっと別のことをすればもっと下がるけどね。」
なんかイヤな予感がしたのでそれ以上訊くのはやめた。絶対エロいやつだろ、それ。俺はだんだん苦しそうな表情になってきた元第2階層に近づき、「とりあえずこれを握りしめておけ」といって、魔法使いからお土産にもらった青い石を渡した。
「痛いっ!」青い石を握った瞬間、元第2階層は悲鳴を上げて石を落とした。そうだった。洞窟の白骨死体を思い出すべきだった。泉の精は言っていた。青のエーテルとヴァンパイアは正と負、相容れない関係だと。危ない、危ない。危うく白骨死体にしてしまうところだった。
「悪い、この石はヴァンパイアの大敵だ。触れていると身体が骨になる。すっかり忘れていた。これは救済の力なんだが、ヴァンパイアという符の存在にとっては致命的なダメージを与える。村までもう少しだ。がんばれ。」
村に着くころには、元第3階級の5体のうち3体が黄色い果実を口にしていた。黄色い果実を口にできない者はどうするか?拘束して海に沈めて極限まで飢えさせるか?ウンピとミナモはそうだった。オリヴァーとオリヴィアは、第3階層のままで果実を口にできた。これはなぜだ?元々の人間的資質の違いとしか説明できない。オリヴァーとオリヴィア、どう見ても貴族だ。尊い血筋だ。おそらく意思の力が俺たち平民とは違うのだろう。
「ねえ、提案があるんだけど...」エラがパタパタと降りてきて俺の耳元で囁いた。「まだ食べらない人たち、私の家で預かっても良いかな?」
「え、おまえの家?おまえ、家なんか持ってたっけ?」
「あんたたちが青い島に行っている間に、村の男たちが作ってくれたのよ。お家がないと不便でしょ、って。ついでにそこにお店を出しなよって。」
「え、おまえ、コンカフェやめたんじゃ?」
「今度はコンカフェじゃなくてスナックよ。健全でしょ?」
コンカフェとスナック、どっちが健全なのかまったくわからない。接客スタッフの年齢の違いぐらいしかわからない。
「で、そのおまえの家でもあるスナックに階層の違う3体のヴァンパイアを預かるというのか?」
「そう、私が癒やしてあげれば、すぐに食欲も湧くわよ♡」
まあ拘束して海に沈めるよりは人道的なので、エラの提案に乗ることにした。とりあえずエラなら、拘束を逃れたヴァンパイアたちが吸血本能に支配されて問題ないだろう。何といっても魔物だし、血が流れているかどうかもわからない。
「なあ、エラ、おまえ、血は流れているのか?」
「は?何、その血も涙もない的な言いがかり。まあ流れてはいないけど。そんな物理的体液のような気落ち悪いもの、このパーフェクトなボディにふさわしくないでしょ。だから給血はされないのでご心配なく。」
「じゃあ、頼むよ。その...、優しくしてやってくれな。」
ヴァンパイアたちをエラに託し、俺たちは日常に戻った。館から回収した財宝は、とりあえず約束通り役場に持って行った。事の次第を町長に報告し、財宝を渡すと、町長は恐縮して次のように言った。
「ヴァンパイアになった同胞たちを救っていただき、そのうえ財宝まで頂くのは心苦しいのですが。」
「そうか。でも約束は約束だからなあ。あ、そうだ。もともとトレジャーハンターの取り分はどうなっていたの?」
「折半です。50%です。」
「そうか、なら半分だけもらって帰るよ。村でトレジャーハンターたちがリハビリ中だから、彼らと相談しよう。」
村に人も増えたし、いろいろお金もかかるので、これは公金扱いということにしよう。動物の購入費用はここから支出する。ふっふっふ、これでかなり楽になった。あとは市場でもっと稼がなくてはな。ライツとジュースの海女姉妹による水産物店、ツァルトの蜂蜜店、さらにジュースの家畜が生み出すミルクや卵、オリヴァー&オリヴィアの貴族的ワイン、ウンピとミナモの海のお土産、そして俺は....思えばカレー屋に黄色い果実を納入するぐらいしかやっていない。あれ?待てよ?花言葉の吟遊詩人が市場に出てきてないじゃないか。ミルトは何やってるんだ?
そんな日々が4~5日続いたあと、俺はエラのスナックに足を運んだ。託したヴァンパイアたちはどうなっただろう?店に近づくと中から楽しそうな歌声が聞こえてきた。カラオケか?いや、違う、生ギターだ。
「あら、いらっしゃーい、フレッセン♡」
エラの近くでミルトがギターを弾き、それに合わせて数人の客が歌っている。誰だ、こいつらは?みんな酒が入って陽気になっている。
「闇に隠れて生きる~♫ 俺たちヴァンパイアなのさ♩」
「早く人間になりたい...って、へっへっへ、なっちゃったけどね~、てへぺろ!」
なんだ、こいつらは?まさか...
「フレッセンさん、おっひさー!俺たちみんな、エラちゃんのおかげで人間に戻れました。エラちゃん最高!癒やしとエロ、ひゅ~、最高のコンビネーション、エロビ~ム!」
「おい、エラ、おまえ...」
「ねえねえ、褒めて、みんな助けたよ、私、私にしかできないやり方で♡」
「お、おう。」
なんか詳しく訊くといろいろ問題になりそうなピンクの警告灯が頭の中で点滅し始めたので、俺はそれ以上の追求をやめた。終わり良ければ、というからな。
エラは彼らに何をしたのでしょう。それを知りたいなら、もし自分だったら何をしてもらいたいかと考えると自ずと答えは出るでしょう。




