大蛇と温泉と幽霊と
ワニカンガルーとカンガルーワニ、変身前と変身語では,肉の味も違うのでしょうか。
森を抜けた俺たちは、灌木が点在する開けた草地に出た。進む先にうっすら山地が見える。また山越えか。それにしても移動手段が歩くだけというのは不便なものだ。あの始祖はたったひとりでこんな原野を歩いたのか?そもそもまだ人間だったときに、あんな怪物が出る森を抜けたのか?ひょっとすると人間だったときにすでにめちゃくちゃ強くて、特殊な能力なしであのワニカンガルーを倒せたのかも知れない。それがシュロマンスで魔法も身に付け、ヴァンパイア化して力を何倍にも増幅したとすると、とても勝ち目はないのではないだろうか。俺の不安は思考を負の連鎖へ追い込んだ。
「昨日のカンガルーワニ美味しかったね。」ライツがのんきに味覚を振り返った。
「筋肉質で筋っぽかったけど煮込んだら最高の風味だった。」ミルトも同意した。
「煮込み肉がまだあるからランチはそれね。」ジュースは昼飯のことを考えている。
「提案がある。」黙って聞いていたツァルトが何か思いついたようだ。「あれをカレーにしよう!」
なんというナイスアイディアなのだろう。余った肉料理をカレーにする。これは文化を越えた正義だ。俺たちはスパイスマンゴーも持っている。最高すぎる。最高すぎる料理で満たされることになるエネルギーへの期待が俺たちの歩みを速めた。
山裾に川があった。久しぶりの水場なので,俺たちはここにキャンプを設営することにした。朝になったら登山だ。海女姉妹は水着になって川に入った。今晩の食生活も満たされそうだ。と、そこですごい水しぶきの音がした。驚いて川のほうを見ると、大蛇と海女姉妹が戦っている。
大蛇の牙がライツに迫ろうとしたときジュースのハープーンが大蛇の背中に刺さり、さらに攻撃を避けて跳躍したライツのハープーンも大蛇の頭を貫いた。2本のハープーンに串刺しにされ、大蛇は絶命した。今夜の晩飯は蛇に決定だ。ああ、川魚が食いたかったな。
翌朝から登山開始だ。登山と言っても崖登りではないので,わりと楽なトレッキングだ。植生が変わって白やピンクの小花が道ばたで咲き誇っている。
「この山を越えたら湖かな?」ミルトが退屈そうに訊いた。
「エルフ・クイーンがこの先のさらに先って言ってたからそうなんじゃね。」
「ああ、今度こそ魚が食いたい。」それには俺も完全に同意だ。爬虫類ばかり食っている。
「ね、あれ見て!」ライツが何か見つけた。「湯気が出てるよ。」
「温泉だ!」ジュースが服を脱ぎながら駆けて行く。
もう何も出なけりゃ良いんだが。俺は湯船の中で思い切り手足を伸ばした。ボコボコボコ...。ん?ボコボコボコ...なんだ?俺はすかしてないぞ..ボコボコボコ...ザバッ!
「うわっ、出たっ!」俺はのけぞった。
ライツたちは裸で遠巻きにして見てる。見てないで助けてくれよ。こいつジャンルが違うよ。
「間違えた....」幽霊がか細い声で呟いた。「脅かす相手を間違えた...」
「あのー、どなたかをお待ちだったんですか?」俺は無理して明るく尋ねた。
「私を殺した男...」
「そいつはどんな男で?」
「人間じゃない...牙がある...」
「え、まさかヴァンパイア?血を吸われたの?」身近なテーマになったのでタメ口になった。
「眷属にしてやると言われたから身を委ねた...」
「なんと!」俺は「身を委ねた」の意味が気になって仕方がない。
「でも眷属にならずに死んでしまった。恨めしい。」出た!定番の恨めしやだ。
「その男はどこから来たの?」
「シュロマンス...湖の島の洞窟...」
なんと始祖の最初の犠牲者がこんなところに!どうしたものか?いちおう連れて行けば何かの役に立つかな?歩けるのかな?足はあるのかな?そもそも実体はあるのか?触れるのか?と思って幽霊さんを見たら、あれ?かわいい...
「幽霊さん、幽霊さんでは話しづらいので名前を訊いても良いですか?」
「遠い昔の話なので忘れた...でも呼んでくれるならユラにして...」
「じゃあユラ、俺たちと一緒に来るかい?俺たちはその男を倒さなければならないんだ。」
「倒す...恨み...晴らす...」ユラが仲間になった。ゲームならここで効果音が鳴るやつだ。
「ところでユラって触れるの?」ヴィルトが裸で近づいて来て無遠慮なことを訊いた。
「わからない...触られたこと...ない。」
「では...」ヴィルトが手を伸ばしたところにツァルトの跳び蹴りが炸裂した。
「こほん...それでは出発しよう!」俺は隊長のような指令を発した。
まさかの新メンバー!まさかの幽霊!挿絵がリアルで怖かった。役に立つのかな?




