あんたが好き
「あたしさ、好きな人、いるんだ」
「へえ、誰?」
俺は出来るだけ平然を装い言ってみた。
小百合はモジモジしながら、顔をぼんやりと赤くしている。パチパチと瞬きばかりする彼女は、まるで瞬きをすることで緊張の糸を保っているような気がした。こんな小百合を見るのは初めてに等しく、俺も激しく動揺した。
言おうとしては口を閉じ、息を吸ったかと思えば吐き出し深呼吸。散々躊躇い、俺を焦らしながら、やっと、呟くように言った。
「……あんた」
マジかよ。
いや、このシチュエーションでこの展開は結構予想出来てたけど!
俺の頭ん中はリオのパレード並に盛り上がっていた。小百合の声が何度も何度も何度も俺の頭の中を反響し、その度に俺は舞い上がって踊りだしたい気持ちになる。
嘘だろ。マジかよ。え、マジかよ。え……、マジで?
ばくばくする心臓を押さえ、深呼吸。凛として格好良い男じゃないとな。単純ですぐ舞い上がる男なんて、小百合には似合わないもんな。
俺はキリッと格好良く、彼女を見据えた。
「あんたの、優しいとことか、面白いとことか、格好良いとことか、全部好き」
「え……、そうかあ?」
「そうなの!」
ムキになって言い返す姿が愛らしい。
「あと、ね。コンビ二とかで、ガムとか買っててさ。そのとき、私ね、あんたと同じガム買おうとしてて。ほんと、あのとき、びっくりして、でも嬉しくって……」
えへへ、と甘く照れくさそうに笑う。こんな小さなこと、俺さえも覚えていないようなことを、彼女は覚えてくれていたのか! いけねえ、また口元が緩んできた。涎も出そうになって、慌てて、でも、少し格好つけて、親指で拭ってみた。
「あんたって……、名前さ、変だってみんな言ってるけど、結構、あたし好きなんだ」
確かに、俺の名前は珍しい。友達に茶化され、変なあだ名をつけられたりして、軽く傷ついていたのだが、小百合も気にしてくれてたのか。
胸がきゅん、として、思わず彼女に抱きつきたくなった。柔らかい小百合を強く強く抱きしめ、髪を手で優しく梳いて、そして、彼女の唇に吸い付き……って、此処まではまだ早いよな。まだ、告られて十分ぐらいしか経ってないんだし!
「じゃ、今度、デート行こう!」
俺が出来る限りの爽やかさと真剣さを兼ね備えた笑顔で言うと、彼女はきょとん、とした顔で「はい?」と言った。あれ、デートはまだ早かったかな……? いや、でも、この彼女の反応は嬉しすぎてびっくりしてる、という風にも取れるぞ。
「だって、俺のこと、好きなんでしょ? まずは、遊園地とか、どう?」
「はあ?」
彼女はますます驚いて、それと同時に顔を真っ赤にした。
あーもう。照れちゃって、可愛いなあ。
「私が好きなのは、案太だよ! お前じゃない!」
「……へ?」
俺はパチパチと目を瞬かせ、そういえば、小百合には『あんた』じゃなくて『お前』って呼ばれてたな、とか、そういえば、うちのクラスの転校生で案太とかっていう珍しい名前の奴いたな、とか、ぽつぽつと記憶が投下された。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
オチにびっくりしていただければ本望です。
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