ウラニア再編譚:光と影の戦火
図書館の静かな片隅で、サーモンは古びた巻物をそっと手に取った。
「……イヴリス。かつては、惑星ウラニアの動脈だったんだな」
そこには、軍事都市イヴリスのかつての栄光が克明に記されていた。
物流と交易の中心地。星間交易船が港を埋め尽くし、商人と職人が都市に集い、金と物資が渦巻いていた。
だが──繁栄の背後には、危機が迫っていた。
海賊、外敵、疫病。相次ぐ脅威に、イヴリスは幾度も中央評議会に援助を求めたが、返答は冷淡だった。
都市は自らの資金で防衛施設を整え、民兵を育成し、やがてその軍が都市そのものとなった。
不満は、独立の思想へと変質し、やがて形を持った。
「……自衛の果てに、戦うための都市になったわけか」
サーモンは巻物を巻き直し、棚に戻す。
視線の先、ガラス越しに見えるイヴリスの輪郭は、どこか戦艦のように静かに息づいていた。
歴史の奥底に封じられた怒りは、今まさに再び表層へ浮上しようとしていた。
火花飛び散る鍛冶場で、サーモンはダニエルに報告する。
「イヴリスの歴史を調べました。あの都市、中央に裏切られた過去があったんですね」
「そうさ。形式上は服従してたが……もう限界だったんだろうな」
ダニエルの声は、いつになく低い。
「ついに宣言した。“独立”をな。中央との決別、正式な意思表示だ」
「……戦争が始まる?」
「始まるさ。中央は秩序の守護者を自称してるが、融通は利かねぇ。イヴリスは軍の都市。言葉より先に、引き金が引かれる構図だ」
沈黙の中、鍛造の音が再び響く。
「……昔な、イヴリス出身の鍛冶職人がいた。武器より理想を信じるやつだった。だが、そいつの理想の手段は、“銃”だった」
イヴリス軍本部──無機質な鉄に囲まれた作戦会議室。
若き将校、レオン・マクシミリアンは軍服の裾を正し、周囲を見渡した。
「我々の行動は反乱ではない。惑星ウラニアの再構築だ」
静謐な緊張の中、声は冷たくも鋭く響いた。
「腐敗した中央に、この星の未来を託すわけにはいかない。イヴリスは、改革の狼煙を上げる先陣だ」
円卓を囲む将校たちがうなずく。
その中で、老将・ニケ司令が重い口を開く。
「その言葉……昔、革命家が夢見た理念に似ているな。理想を掲げた刃は、やがて独裁の形を取る」
「承知しています。しかし私は、“力の再分配”で星を救えると信じたい」
若き決意に、老いた瞳がわずかに揺れた。
ニケの手元には、評議会から届いた最後通告の巻物が静かに横たわっていた。
「……我々は、もう一線を越えてしまったのかもしれんな」
イヴリス市街。
母は軍服姿の息子を見送り、震える手を隠すように前掛けを握る。
幼い妹が兄の裾を掴み、何かを言おうと口を開きかけ──結局、何も言えなかった。
「俺は帰る。自由を持ち帰ってみせるよ」
「……気をつけて。あなたがいない間も、笑って待ってるから」
笑顔は、涙に押しつぶされそうになっていた。
だが、イヴリス内部でも、意見は分裂していた。
会議室では、過激派と穏健派が激しく衝突する。
「中央を潰せ!力こそ正義だ!」
「違う!正義と安定を、戦争で得ることはできない!」
理想は同じ。だが、その手段が違っていた。
そしてその違いこそが、国家を割り裂く致命的な亀裂となっていく。
やがて、誰もが黙する。
後戻りは、もはやできない。
空が、割れた。
初弾の砲声が静寂を引き裂き、通信網が一斉に遮断された。
イヴリスの機動部隊が展開を開始し、中央評議会は惑星全域に緊急招集を発令する。
それは──歴史の再演だった。
そして、誰も知らない遠くの軌道上。
黒い艦影が、沈黙のまま惑星ウラニアへと近づいていた。
“傍観者”か、“侵略者”か。
星の運命を、まだ誰も知らない。
銀河の歴史は今、静かに新たな頁を開き始めていた。
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