鉄と名を問う者
「さて……この世界での俺の名前は何にしようか──」
ぼんやりと浮かぶユーザーネーム入力欄に視線を落とし、北見拓人はしばらく考え込んだ。現実とは違うこの仮想世界で、名前は新たな自分の象徴になる。誰にも知られたくない自分もいる。だがここは、俺の新しい居場所だ。名前に、自分らしさを込めたい。
「海鮮好きだから……“サーモン”でいいか」
声は小さく、それでも決意の色が滲んでいた。そんな肩の力が抜けた名前に、どこか安心感を覚えた。
次に職業選択画面が現れ、無数の肩書きが並ぶ。冒険者、商人、剣士、召喚師……しかし拓人の指は迷うことなく、“開拓者”で止まった。
「未知の星を切り拓くって、なんだかかっこいい。これしかないな」
微かに震える指先が、その覚悟を物語っている。
さらに惑星選択画面。アウクソ、ウラニア、クロト……選択肢が並ぶ中、拓人は「ウラニア」を選択した。
決定ボタンを押した瞬間、視界が白く染まり、音も光も消え去った。
──気づくと、サーモンは未来的な鉄とガラスの街に立っていた。
ここは惑星ウラニアの鍛冶の街〈ヘパイストス〉。通りを行き交う人々のざわめきと、遠くで響く機械音。仮想世界とは思えない臨場感が全身を包み込む。
思わず深く息を吸い込んだ。
「これが……“コモスタクト”の世界か」
歩き出すと、画面にステータスが表示された。
【ステータス】名前:サーモン職業:開拓者レベル:1HP:10 MP:5STR:5 AGI:5 LUK:15(初期ポイントをすべてLUKに振った)スキル:なし称号:なし所持金:銀貨9枚、銅貨7枚
「LUK全振りか……運だけで勝負するなんて、正直ギャンブルだ。でも、そんな賭けも悪くない」
自嘲気味に呟きながら、装備を探して街を歩いた。やがて、鉄の槌がリズムよく響く鍛冶屋の扉が目に入った。
「いらっしゃい、坊主。装備探しか?」
がっしりした体格の中年男が笑いかけてくる。この街で名の知れた鍛冶師──ダニエルだ。
店内に並ぶ装備はすべて“灰等〈アッシュグレード〉”と呼ばれる最低ランクの品ばかりだった。
「銃は……まだないんですか?」
「簡単には作れねぇよ。木と鉄があれば“おもちゃ程度”の銃は作れるが、使い物になるかは別問題だ」
ダニエルは、この世界の装備レア度ランクを説明した。
<レア度ランク>E:灰等〈アッシュグレード〉D:銅等〈ブロンズグレード〉C:銀等〈シルバーグレード〉B:金等〈ゴールドグレード〉A:輝等〈ブレイズグレード〉S:耀等〈シャイングレード〉SS:宙等〈コスモグレード〉UR:創等〈ジェネシスグレード〉
「今は最下級の灰等か……」
「だが、珍しい鉱石を持ってきてくれたら、オレが特別な武器を鍛えてやる」
その言葉に胸が高鳴った。鼓動が速まり、手のひらが熱くなる。
「よし、鉱石掘りに行ってみよう!」
──ヘパイストス郊外の採掘ポイント。朝日が淡く差し込み、静かな空気が広がる。
LUK全振りの効果か、サーモンは掘るたびに希少な鉱石を次々と見つけた。
鉄、紅水晶、タンタルライト、そして──甲龍石。
【採掘成果】石×50鉄×30紅水晶×4タンタルライト×1甲龍石×15
「……運だけは味方してるらしいな」
夕日が赤く染める空を見上げ、疲れた身体に心地よい風が吹き抜ける。
鍛冶屋に戻り、採掘した鉱石を並べると、ダニエルの瞳が輝いた。
「おおっ、これは……タンタルライトと甲龍石だと!?」
「坊主、お前は運だけで生きてるな。いいぜ、特別な銃を作る依頼──受けてみるか?」
その瞬間、システムウィンドウが開いた。
<特質クエスト>『ダニエルからの武器・装備作成依頼』報酬:特別製の武器
「絶対、受ける……!」
躊躇なくボタンを押すサーモン。
だがその直後、画面の隅に赤く点滅する光が現れた。
「ん……?」
背筋に冷たい視線が走る。誰かに見られているような感覚が、サーモンの意識を揺さぶった。
ゲームは、まだ始まったばかり──。
──その夜、宿の食堂で温かい食事を終えたサーモンは、ログアウトボタンを押し、現実へと戻った。だが、胸に渦巻く不安と期待は消えなかった。
この物語は、今まさに動き出しているのだ──。
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