監視の赤瞳、反逆の狼煙
前線司令部を制圧し、激戦の一幕を終えたサーモン――北見拓人は、重い息を吐きながらゆっくりとログアウトの操作をした。
VRカプセルのハッチが静かに開く。現実の冷たい空気が鼻を刺し、長時間のログインで乾いた身体を鋭く揺さぶった。
「……喉、カラカラだ」
鉛のように重い身体を引きずり、ベッドの縁に腰を下ろす。足元のふらつきを堪えながら、静寂に包まれた部屋を忍び足で歩いた。わずかな足音さえ、自分の鼓動のように響く。
冷蔵庫からひんやりと光る麦茶を取り出し、震える手でコップに注いだ。冷たい液体が喉の奥をひりつかせ、渇きがじわじわと和らいでいく。
「ああ……生き返る」
だが、心には冷たい影が落ちていた。束の間の安息に過ぎない。明日の戦いは容赦なく迫っている。肩にのしかかる重さは、身体だけでなく魂まで蝕みかけていた。
窓の外では真夏の太陽が照りつけ、熱波が街を焼き尽くす。喧騒を失った街は静寂に包まれ、張り詰めた空気が漂っていた。
テレビ画面には〈プロメテア・ノヴァ〉の名が大きく映し出されている。反逆者か英雄か――賛否が激しく交錯し、SNSは嵐のような混乱に染まっていた。
だが拓人の胸の決意は揺らがない。
「どっちでもいい。俺たちがやるべきことは変わらない」
静かに、しかし確かに呟き、再びVRカプセルに身を沈める。現実の重みを脱ぎ捨て、戦場の熱狂に意識を預けた。
「ログイン、コモスタクト」
――
中央評議会の戦略会議室。冷え切った空気が張り詰め、参謀が正確にホログラムを操作する。
要塞都市〈カーディナル・ネスト〉の戦況マップが浮かび上がった。
「殲滅兵器【バシリスク】。砲撃範囲は半径10キロ。都市の外縁や潜伏エリアを焼き尽くす」
無機質な電子音が響く。
「指令本部は高セキュリティ区画にあり、直接の被害は避けられる見込みです」
参謀の声が続いた。
「だが10キロ圏内の外縁地域には民間区域や補給施設、前線基地が点在し、被害は甚大です。非戦闘員の犠牲も避けられません」
凍りつくような沈黙が会議室を包む。
テミス・アレクシオスは冷徹な笑みを浮かべ、宣言した。
「秩序を乱す者には、監視システム“監視プロトコルΩ”が容赦なく裁きを与える」
重い金属製のドアがゆっくりと開き、精鋭部隊“鋼牙”が足音を響かせて入室した。
先頭のルヴェール・カルディナスは氷のように鋭い眼光を放つ。
「命令があればどこへでも行く。反逆者など一瞬で叩き潰す」
彼らは中央評議会直属の精鋭部隊。かつて都市一つを無血で制圧した伝説を持つ。
テミスはホログラムを睨みながら囁いた。
「秩序は選ばれし者のため──それ以外は塵芥に過ぎぬ」
その言葉が室内に重く響き、狂気の影を落とした。
――
〈プロメテア・ノヴァ〉ギルド拠点。転送装置の霧が晴れ、サーモンが姿を現す。
迎えたメンバーの視線は冷たく、しかし熱を帯びていた。戦況の厳しさが無言の決意となって凍りつく。
「今後の動きを決める」
サーモンが声を発し、全員の視線を集めた。
「ジン、中央評議会とイヴリス軍の戦況は?」
ジン・ハイラルは冷静に分析する。
「中央評議会軍は大型殲滅兵器の準備を進め、〈カーディナル・ネスト〉外縁の半径10キロ圏を焼却する予定。投入まであと数日」
静寂が場を支配し、重苦しい空気が漂う。
「“鋼牙”の投入も濃厚だ。確実に俺たちを狙う」
険しい表情のノクター・ヴェインが続ける。
「鋼牙か……死んだら復帰できない。戦力半減は避けられん」
ジンは告げる。
「イヴリス軍は一時撤退したが被害は約二割。融合型機械化歩兵を三倍規模で投入予定だ」
絶望がギルドホールに広がる。
「二正面作戦か……洒落にならんな」
皆が苦々しく頷く。
だがマリア・エストレーヤは毅然と立ち上がり、凛とした声で言った。
「分かっている。状況は厳しい。でもまだできることはある」
セラ・フェルクリアも端末を操作しながら続ける。
「数で劣るなら動きで翻弄すればいい。これまでもそう戦ってきた」
ジンが提案した。
「サーモン、情報収集のため要塞都市内部へ潜入を」
「危険すぎる」
「分かっている。だが内部情報なしでは打つ手がない。死ぬつもりはない。蘇生アイテムも持つ」
ジンの真剣な眼差しにサーモンは決意を固めた。
「分かった。ただし危険なら即撤退だ」
「了解」
サーモンは皆を見渡し、力強く言い放つ。
「反逆者? 上等だ。俺たちは未来を切り開く者だ」
その瞬間、ギルドホールに断続的な警報が鳴り響く。
「艦隊接近! 鋼牙が向かっている!」
管制室の声が切迫感を伝える。
「動くぞ!」
サーモンの号令と共に、メンバーは戦場へ走り出した。
緊張に包まれたギルドホール。
モニターに映る敵艦隊は確実に拠点を狙い、迫っていた。
「“鋼牙”の先遣隊だ。正確に位置を把握している」
眉間に皺を寄せジンが呟く。
「奇襲ルートは塞がれたかもしれない」
ルディア・クロムウェルはホログラムを睨み、言った。
「情報漏洩か──」
「奴らは、俺たちの動きを“見ている”」
サーモンの脳裏にかつての“赤い点滅”が蘇る。
(あの瞬間から誰かに監視されている感覚があった)
監視AIか、テミス直属の狙撃手か。いや、俺たちの“選択”を注視する“何か”の存在が胸を締め付けた。
正体は誰も知らない。ただ確かに奴らは、こちらを意識している。
「反逆者? 上等だ」
サーモンは全員の顔を見渡し、強い覚悟を込めて叫んだ。
「俺たちは未来を切り開く存在だ。誰かの決めた正義なんて要らない」
「自分たちの手で道を切り開く──そのためなら“秩序”など粉砕してやる」
静かな決意が場を満たす。
頷きが一人、また一人と重なった。
ルディアは拳に力を込め、武器を握りしめる。シリウスは歯を食いしばり、セラは端末を起動し集中を高める。ジンは不敵に微笑み、ノクターは背後を固める。マリアは民衆の声を掲げる準備を整えた。
「プロメテア・ノヴァ、全員に告ぐ」
サーモンは拳を強く握り締めた。
「行くぞ、“道なき道”を進む時が来た」
その瞬間、システムウィンドウが突然自動で開いた。
誰も見たことのない深紅の警告ウィンドウ。
その中心で、“赤い点滅”が淡く光を放つ。
<システム警告:選択権限“解除”><監視プロトコル─Ω(オメガ) 起動──>
システムが放つ真紅の警告がギルドホール全体を赤く染め上げる。
画面中央の“赤い点滅”の向こう側で、確かに何か巨大な意思が静かに、しかし確実に――
だが、その正体は誰も知らない。
(──これは、惑星ウラニア全域を見守る、あるいは制御する“何者か”の目か……?)
サーモンも仲間も、明確な答えは持たず、胸の奥で不安が膨らんでいく。
敵か味方か、裁きの手か、監視者か。
全ては謎のままだ。
「時間がねぇ、動け!」
迫り来る脅威にサーモンの号令が轟く。
メンバーは再び戦場へ走り出した。
――見つめる“何者か”の視線が、彼らの未来を静かに揺らしていた。
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