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コモスタクト ―星々を結ぶ意志―  作者: パンチャー
1章 イヴリス動乱
11/30

監視の赤瞳、反逆の狼煙

前線司令部を制圧し、激戦の一幕を終えたサーモン――北見拓人は、重い息を吐きながらゆっくりとログアウトの操作をした。


VRカプセルのハッチが静かに開く。現実の冷たい空気が鼻を刺し、長時間のログインで乾いた身体を鋭く揺さぶった。


「……喉、カラカラだ」


鉛のように重い身体を引きずり、ベッドの縁に腰を下ろす。足元のふらつきを堪えながら、静寂に包まれた部屋を忍び足で歩いた。わずかな足音さえ、自分の鼓動のように響く。


冷蔵庫からひんやりと光る麦茶を取り出し、震える手でコップに注いだ。冷たい液体が喉の奥をひりつかせ、渇きがじわじわと和らいでいく。


「ああ……生き返る」


だが、心には冷たい影が落ちていた。束の間の安息に過ぎない。明日の戦いは容赦なく迫っている。肩にのしかかる重さは、身体だけでなく魂まで蝕みかけていた。


窓の外では真夏の太陽が照りつけ、熱波が街を焼き尽くす。喧騒を失った街は静寂に包まれ、張り詰めた空気が漂っていた。


テレビ画面には〈プロメテア・ノヴァ〉の名が大きく映し出されている。反逆者か英雄か――賛否が激しく交錯し、SNSは嵐のような混乱に染まっていた。


だが拓人の胸の決意は揺らがない。


「どっちでもいい。俺たちがやるべきことは変わらない」


静かに、しかし確かに呟き、再びVRカプセルに身を沈める。現実の重みを脱ぎ捨て、戦場の熱狂に意識を預けた。


「ログイン、コモスタクト」


――


中央評議会の戦略会議室。冷え切った空気が張り詰め、参謀が正確にホログラムを操作する。


要塞都市〈カーディナル・ネスト〉の戦況マップが浮かび上がった。


「殲滅兵器【バシリスク】。砲撃範囲は半径10キロ。都市の外縁や潜伏エリアを焼き尽くす」


無機質な電子音が響く。


「指令本部は高セキュリティ区画にあり、直接の被害は避けられる見込みです」


参謀の声が続いた。


「だが10キロ圏内の外縁地域には民間区域や補給施設、前線基地が点在し、被害は甚大です。非戦闘員の犠牲も避けられません」


凍りつくような沈黙が会議室を包む。


テミス・アレクシオスは冷徹な笑みを浮かべ、宣言した。


「秩序を乱す者には、監視システム“監視プロトコルΩ”が容赦なく裁きを与える」


重い金属製のドアがゆっくりと開き、精鋭部隊“鋼牙”が足音を響かせて入室した。


先頭のルヴェール・カルディナスは氷のように鋭い眼光を放つ。


「命令があればどこへでも行く。反逆者など一瞬で叩き潰す」


彼らは中央評議会直属の精鋭部隊。かつて都市一つを無血で制圧した伝説を持つ。


テミスはホログラムを睨みながら囁いた。


「秩序は選ばれし者のため──それ以外は塵芥に過ぎぬ」


その言葉が室内に重く響き、狂気の影を落とした。


――


〈プロメテア・ノヴァ〉ギルド拠点。転送装置の霧が晴れ、サーモンが姿を現す。


迎えたメンバーの視線は冷たく、しかし熱を帯びていた。戦況の厳しさが無言の決意となって凍りつく。


「今後の動きを決める」


サーモンが声を発し、全員の視線を集めた。


「ジン、中央評議会とイヴリス軍の戦況は?」


ジン・ハイラルは冷静に分析する。


「中央評議会軍は大型殲滅兵器の準備を進め、〈カーディナル・ネスト〉外縁の半径10キロ圏を焼却する予定。投入まであと数日」


静寂が場を支配し、重苦しい空気が漂う。


「“鋼牙”の投入も濃厚だ。確実に俺たちを狙う」


険しい表情のノクター・ヴェインが続ける。


「鋼牙か……死んだら復帰できない。戦力半減は避けられん」


ジンは告げる。


「イヴリス軍は一時撤退したが被害は約二割。融合型機械化歩兵を三倍規模で投入予定だ」


絶望がギルドホールに広がる。


「二正面作戦か……洒落にならんな」


皆が苦々しく頷く。


だがマリア・エストレーヤは毅然と立ち上がり、凛とした声で言った。


「分かっている。状況は厳しい。でもまだできることはある」


セラ・フェルクリアも端末を操作しながら続ける。


「数で劣るなら動きで翻弄すればいい。これまでもそう戦ってきた」


ジンが提案した。


「サーモン、情報収集のため要塞都市内部へ潜入を」


「危険すぎる」


「分かっている。だが内部情報なしでは打つ手がない。死ぬつもりはない。蘇生アイテムも持つ」


ジンの真剣な眼差しにサーモンは決意を固めた。


「分かった。ただし危険なら即撤退だ」


「了解」


サーモンは皆を見渡し、力強く言い放つ。


「反逆者? 上等だ。俺たちは未来を切り開く者だ」


その瞬間、ギルドホールに断続的な警報が鳴り響く。


「艦隊接近! 鋼牙が向かっている!」


管制室の声が切迫感を伝える。


「動くぞ!」


サーモンの号令と共に、メンバーは戦場へ走り出した。


緊張に包まれたギルドホール。


モニターに映る敵艦隊は確実に拠点を狙い、迫っていた。


「“鋼牙”の先遣隊だ。正確に位置を把握している」


眉間に皺を寄せジンが呟く。


「奇襲ルートは塞がれたかもしれない」


ルディア・クロムウェルはホログラムを睨み、言った。


「情報漏洩か──」


「奴らは、俺たちの動きを“見ている”」


サーモンの脳裏にかつての“赤い点滅”が蘇る。


(あの瞬間から誰かに監視されている感覚があった)


監視AIか、テミス直属の狙撃手か。いや、俺たちの“選択”を注視する“何か”の存在が胸を締め付けた。


正体は誰も知らない。ただ確かに奴らは、こちらを意識している。


「反逆者? 上等だ」


サーモンは全員の顔を見渡し、強い覚悟を込めて叫んだ。


「俺たちは未来を切り開く存在だ。誰かの決めた正義なんて要らない」


「自分たちの手で道を切り開く──そのためなら“秩序”など粉砕してやる」


静かな決意が場を満たす。


頷きが一人、また一人と重なった。


ルディアは拳に力を込め、武器を握りしめる。シリウスは歯を食いしばり、セラは端末を起動し集中を高める。ジンは不敵に微笑み、ノクターは背後を固める。マリアは民衆の声を掲げる準備を整えた。


「プロメテア・ノヴァ、全員に告ぐ」


サーモンは拳を強く握り締めた。


「行くぞ、“道なき道”を進む時が来た」


その瞬間、システムウィンドウが突然自動で開いた。


誰も見たことのない深紅の警告ウィンドウ。


その中心で、“赤い点滅”が淡く光を放つ。


<システム警告:選択権限“解除”><監視プロトコル─Ω(オメガ) 起動──>


システムが放つ真紅の警告がギルドホール全体を赤く染め上げる。


画面中央の“赤い点滅”の向こう側で、確かに何か巨大な意思が静かに、しかし確実に――


だが、その正体は誰も知らない。


(──これは、惑星ウラニア全域を見守る、あるいは制御する“何者か”の目か……?)


サーモンも仲間も、明確な答えは持たず、胸の奥で不安が膨らんでいく。


敵か味方か、裁きの手か、監視者か。


全ては謎のままだ。


「時間がねぇ、動け!」


迫り来る脅威にサーモンの号令が轟く。


メンバーは再び戦場へ走り出した。


――見つめる“何者か”の視線が、彼らの未来を静かに揺らしていた。



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