22 二人でお風呂!? いやまさか
ざぶざぶざぶ。
浴室は素焼きのタイル張りで、洗濯室も兼ねているので、結構広い。それに、常にたっぷりと湯があるので、暖かさも湿気も十分である。
腰に布を巻いた痩せた男は、浴室ようの低い椅子にべったりと胡座をくんで座っている。そして、袖と裾を捲り上げた美玲に髪を洗い立てられていた。
「あー、もう! なんでこんなに長いんですか! 平安時代の女御か!」
一メートルは余裕で超える、リュストレーの銀髪を細かい泡で包み込む。
「髪を切らないのは我が家の伝統で……」
「なんだかんだ言って、王家と縁が切れてないじゃないですか!
近々王宮から、久々にお客が来るというので、美玲は渋るリュストレーを無理やり風呂に入れたのだ。
もちろん自分がやるとセバスティンは言ったし、トーメも反対した。
しかし、老人の入浴介助に慣れている美玲は、自分がやると言い張ったのだ。無論、自分は服は着たままだし、リュストレーにも局部は隠してもらう。最終的にはリュストレーもおずおずと賛成してくれた。顔を赤めながら。
「母上がお好きだった……この髪をよく櫛けずってくれたものだ」
「あー、はいはい。マザコン引きずってる痛い人だわ。まさに源氏物語!」
「まざこん?」
「いーえ、なんでも。でも戦いの時はどうしてたんです、邪魔でしょ?」
「鎧を着るときは編んで首に巻くのだ。それも我が家の伝統である」
「あーなるほど。防具にもなりますね。あ、下手したら、凶器にもなるかも? あ、いいです。いいです。うわー、このシャンプー? 半分くらい減っちゃったわ。お湯かけますよ! 耳塞いで」
「わかった」
ざばざばざばざば
上質な髪洗用石鹸のふわふわの泡が流れ落ち、つやつやの銀髪が現れる。尻の辺りより長いそれは、タイルの上に渦を巻き、美玲はうっかり踏んずけてしまわないよう、気をつけなくてはならなかった。
「このシャンプーいいですね。トリートメントなくてもすごくサラサラになります」
指通りのいい髪を絞りながら、美玲は感心した。
「体を洗うんで、ちょっと髪を上げますよ」
美玲は長い髪を手際よくまとめると、大きめのタオルで包んだ。
「そなた手慣れておるな」
「まぁ、仕事ですからね。よっと……じゃあ次、体」
「体までそなたが洗うのか?」
リュストレーが体を丸める。まるで少女の方な仕草に、美玲はちょっと可愛いなと思ってしまった。。
「ええ、局部以外は」
「若い娘が、はしたない! ミレ、自分でするから」
「いいえ。あなたがすると適当にするでしょ? それに私は下賎の女ですからね、こんなの平気です」
「悪かった! それは悪かったから訂正する! あ! 何をする」
「この石鹸、大好きです。持って帰りたいくらいです」
美玲は構わずに海綿に石鹸を塗りたくると、リュストレーの背中を洗い立てた。痩せてはいても、筋肉質で広い背中を洗うのは大変だったが、やりがいがある。
「まずはこの脊椎を埋めていきましょう。ちゃんと食べて」
「わ……わかった。また鍛え直す」
リュストレーも明るいところで自分の姿を見て、何か思うところがあるようだ。
「はい、腕! 次、脚!」
「あし!?」
「はい。無駄に長いんですから……あ、さすがに王子様は脛毛少ないですねぇ、でも後で爪も切りましょうね。お腹は……」
「じっ! 自分でする」
「じゃあどうぞ」
「見られていると……妙な気分になる」
リュストレーは、剥き出しの美玲の脚や腕から目を逸らしながら言った。
「王子様が何を言ってるんです。黙ってたらおつきの方が全部洗ってくれるんではないんですか?」
「知らん! あっちを向いておれ!」
そういうとリュストレーは美玲に背を向けて、自分の首から下を洗い始めた。美玲は満足して、僧帽筋や上腕二頭筋の動きを眺めることにした。
「さぁ、湯船に浸かってください。その間にわたしは、衣類を洗濯しますから」
美玲は、大きなタライに水を張り、リュストレーが着ていたものを全部入れると、石鹸を塗りたくって足で踏み始めた。
「足で洗うのか?」
「洗濯機がないですからねぇ。昔はみんなこうやって洗っていたみたいですよ。洗濯板とかいうものもあったみたいですけど、さすがにもう使ってないです」
スカートを持ち上げながら、美玲が元気に足踏みする姿を湯船からリュストレーは見ていた。
見ないようにしていても、健康な脹脛、高々と上がる膝、時折覗く白い太腿にどうしても目が行ってしまうのだ。
リュストレーは美玲を好きだと言い、結婚しようと言った。その言葉に嘘はないが、勢いに任せてしまった感じで言葉だけが先走ってしまった感がある。
だが今はもっと深く、もっと激しい感情が彼の中に生まれ始めていた。
健康で、善良で、辛い過去があっても、常に前を向こうとする娘。
突然、異界に召喚されても、彼女は自分を強く保とうとして働こうとしている。
母の歪んだ愛や、戦場での罪悪感から逃げ、短命という言い訳で自分を守ってきた私とは大違いだ。
「ちょっと! 何を見てんですか? オーバーパンツ履いてるから見ても無駄ですよ」
「……そなたはいつもこうなのか?」
生まれて初めてリュストレーは女の動きを好ましいと思った。
そして、それ以上に魅力的だった。
「いいえ? いつもは機械で洗濯してますよ」
「そうではなく……いつもこのように、聞き分けのない老人や、子どもの相手をしておったのか?」
「え? ええ。まぁそうです。それが仕事ですからね。ああ、もういいですよ。お湯から上がってください。わたしは残り湯で服ゆすいでおきます」
「……」
打って変わったように素直にリュストレーは従った。
「あ、待って。ここで大体拭いておきましょう。幸い上等のタオルがたっぷりあります」
そう言って美玲は、座ったままのリュストレーの髪を解き、大まかにタオルドライをしてから、背中を腕を足を拭いていった。
ぐっしょり濡れた髪は重く、タオルを五枚も使ってしまったが、クルクルと巻き上げて、頭上で包む。なにしろ伸ばすと尻に敷けるほど長いのだ。
「スタイルいいですね! でも、もうちょっと食べて肋骨も隠さないと! あなたとてもお美しいのですから、絶対もっと素敵になりますよ」
「すてき……私が?」
「そうですよ? ご婦人たちから言われたことあるでしょう?」
「……さぁ、女の言葉など聞いてはいなかったからな」
「それが不遜だってんです」
美玲は新しいタオルを勢いよく肩からかぶせた。その拍子にリュストレーが巻いていた腰布がはらりと落ちる。
「うわ! 見てない! わたし何も見てません」
一瞬の沈黙ののち、美玲は大慌てで大判のタオルを引っ被った。
「見てませんからね!」
「……さっきまで嬉々として、私を洗い上げておったくせに、もしかして、そなた処女か?」
「その言葉、日本ではセクハラって言って、かなり顰蹙ものですからね! さぁ、風邪をひかないうちに、新しい服を着てください!」
のっそりと浴室を出ていくリュストレーを見ないようにして、美玲は怒鳴った。




