20 なにもかもすっ飛ばし!?
「そなた、今、私のことが好きと……」
リュストレーは繰り返した。
「い、いやっ! あの確かに言いましたけれども、それはつまり一般的な意味で……」
「私も好きだ」
リュストレーは美玲の言い訳に、耳も貸さずに重ねた。
「……は?」
「私もそなたのことが好きだ。ミレ」
「……あ、ああ! ありがとうございます」
美玲は気を取り直した。
あー、びっくりした。
それって私と同じで、一般的な意味……ってことよね?
異性に好きって、ましてや、こんな美男に好きって言われたことないから、一瞬心臓止まるかと思ったわ〜。
「私たちは似ている。お互い自分が好きではなかった」
リュストレーはあくまでも真面目な顔だ。
「……それは、そうかもです」
「あの時、私はそなたを呼び、ミレ、そなたは私に応えた」
「真っ暗な倉庫でいきなり名前を呼ばれたら、普通反射で返事しますよ」
「だから、私と結婚しよう。ミレ」
美玲が言語能力を回復したのは、たっぷり呼吸五回分の後だ。呼吸していたかどうかすら怪しい。
「……すみません。今なんておっしゃいました?」
「結婚しようと言ったのだ」
「ケッコン」
ケッコン……?
まさか血痕じゃないよね?
「あのー、それって結婚、ですか? 一般には男女が結ばれて夫婦になるという?」
「無論だ。そなたは私が好きで、私もミレが好きだ。相愛なら否やはあるまい」
「いやいやいやいや! あります! 否やはありますって! それにあなた、女は嫌いだと言ってたでしょう!?」
「それは私が、この世界の貴族の女しか知らなかったからだ。ミレはそのどちらでもない。今までの私の立場だと、愛のない政略結婚が普通なのだ。ならば、そこに愛があるのなら十分ではないか」
「いいこと言ってる風情で、さらっと愛とか言わないでください! 男女の愛って、そんなに急に芽生えないでしょうに!」
「急に芽生えたのではない。もしかしたら、種はずっと埋まっていたのだ」
「美しい比喩ですが、ちょっとびっくりしすぎたので、整理しましょう。とりあえず落ち着くために、食事を片付けてしまいましょう。せっかく美味しいのに、残すのもったいないから」
本当は食欲など吹き飛んでしまったが、残すことは主義ではない。美玲は淡々と食べ終えた。
いつもの通りに日常をこなすことは大切なルーチンワークだ。現に美玲は落ち着きはじめている。
テーブルが綺麗に片付いてから、美玲はリュストレーに向き合った。彼も大人しく自分の分を食べ終え、おとなしく美玲を待っていた。
「えっと、リュストレー様、さっきおっしゃったことは本気ですか?」
結婚という言葉を口にするのが気恥ずかしく、美玲はその言葉を避けて尋ねた。
「そうだ。私はそなたと婚姻したい」
今度は結婚じゃなくて、婚姻かぁ〜。言葉を変えても同じ意味だよねぇ。
「でも、身分が全然違いますよね。私は言った通り、日本でも庶民です。お身内が許さないのでは?」
「伝えたら驚くかもしれない。だが、問題ない。私はもう王家の籍から外れている」
「けど、あなたがそう思っているだけで、やっぱり身内の情とかあると思うんです」
「そなたは身内の情など、信じてはいないのではなかったか?」
「……う」
美玲は言葉に詰まった。
リュストレーは、先ほど我を忘れて口走ってしまった美玲の言葉から、彼女の過去を推察している。
「信じていないというか、ほとんど記憶にないのです。父や母から愛された思い出が」
「なら、私が愛する」
「は」
「ミレを生涯愛すると誓おう。そなたは私の殻を壊し、新しい扉を開いてくれた」
「〜〜〜〜」
美玲は真っ赤になって頭を抱えた。
さっきから心臓の鼓動がおかしい。怖かった時や、怒った時とは全然違うふうに鼓動を打っている。
汗が噴き出て顔を上げられない。
どうして、こういうことさらっと言えるかなぁ。この美男子は!
これじゃあ、テンプレ乙女小説そのまんまじゃないか!
お育ちが良すぎて、庶民の思考が追いつかない!
「それに、怒る時の様子が非常に魅力的だ。毎日怒られてもいいほどだ」
長い腕を伸ばし、リュストレーは真っ赤に染まった美玲の頬を緩く摘んだ。
そんなことをされても嫌ではない自分に、美玲は再び泣きたくなる。
「そ、そんなこと言って……臍を曲げてたじゃないですか〜」
「……不満なのか? もしかして膝をついて申し込めばいいか? それとも、何か高価な品を……」
「いっ……いえ! どっちも必要ありません。必要なのは考える時間です。なんたって、私は日本人ですし、日本人はシャイな国民性なんです。少しだけお時間をいただけませんか?」
「かまわない。どのくらい必要だ?」
ようやく顔を上げた美玲を、銀色の瞳が受け止める。
「そ……そうですね。そうだ! 今お書きになっている物語を二人で完結させて、本にしましょう! やり始めたことは完成させないと次に進めません!」
「ああ……なるほど」
「それに! 私はやっぱり日本に帰らないといけないと思うんです。少なくとも一度は。帰る方法の探究も、一応続けてもらえますか?」
「そうだな……そう言ったな。確かに」
リュストレーは、少し物憂そうに眉を寄せていた。
「気乗りはしないが、それも約束しよう。もしかしたら、王宮の研究院を探せば何か出てくるかもしれない。異能者の記録も、日記もあるはずだ」
「研究院? そんなものがあるんですか?」
「ある。我が家は妙な能力者が出る家系だと言ったろう? 実は私も少しは調べたことがある。まさか、異界から人間を召喚するとは思っていなかったが」
「……」
そういえば、転移能力がある人は、短命だって言ってた。
しかし、そのことは今触れない方がいいと美玲は思った。
「わかりました。じゃあ、一緒に頑張りましょう? まずはどこから進めますか?」
美玲の声は自分で思うより明るいものだった。
よければ「ブックマーク」に入れていただくと、糸の目に触れる機会が少しは増えるのです。
よろしくお願い申し上げます。




