17 刹那の攻防
残酷な表眼があります。
それは燃え盛る炎ではなく、盛りを過ぎて鎮火に向かいつつある火。
だが、十分に明るかった。
だから見えた。
広場に倒れる女、子ども、老人の死体が。
小さな集落だった。彼らは緋熊の国の人間ではなく、国境の森に昔から住む少数民族だ。
夕食時の家から引きずり出されて斬られたらしく、小さな子どもの死体にはスプーンが握られているものもある。
「な、なんで?」
しかし、戦場となった森の東からはかなり離れているはずだし、緋熊軍の進軍ルートではないから、普通なら村人達が巻き込まれることはない。
丸太でできた家は焼け落ち、すでに炭化しているものもある。畑や家畜小屋も見る影もない。村は無惨な姿で滅んでいた。
「誰か! 誰か生きている者はいないか?」
小さな村だから、探し回るのは容易だ。燃えるものを燃やし尽くした火は、周囲の森の生木を燃やすほどの勢力はない。
「誰か!」
村の一番奥の大きな小屋──おそらく村長の住まい──だけは、さすがに頑丈な造りで、まだ全ては燃え尽きてはいなかった。裏手に回ってみると、裏口の扉が外れているが、まだ燃えていない内部がわずかに見える。
「誰かいるか!」
リュストレーは入り口に向かって叫んだ。
「誰だぁ、お前は」
左の茂みからぬっと現れたのは、緋熊の軍服を着た男だ。暗い森を背に、その姿は異様なまでに大きい。更に背後に二人いる。
「その銀色の長い髪。ははぁ、わかった。お前、銀獅子の王族だろう。お殿様は戦が怖くて逃げ出したかぁ」
「だがこれは我らにとって好都合」
男の指摘はある意味正しく、リュストレーは反論できない。
「お前たちが村に火を放ったのか?」
「ああ?」
彼らは、リュストレーを取り囲んでいたが、やがて最初に現れた男が、嫌な笑いをその髭面に浮かべた。
炎の灯りを受け、その姿はまさに緋熊の名の通りだ。
「ああ、そうだ。俺らが焼いた。東の戦いじゃ、もう少しで勝てる戦況だったのに、いきなり現れた銀獅子援軍に陣形の横を突かれ、浮き足だったこの村の民兵どもが後先も見ずに逃げ出したのさ。おかげで、この村の男どもを率いていた俺の部隊は総崩れ、俺の出世も台無しになった」
「……」
「まぁ、逃げた奴らも多分銀獅子の弓兵にやられちまったが、俺はこの森をよく知っていてな。獣道を伝って、うまくここまで逃れてきたってわけだ」
「出世の希望が消えた腹いせに、同じ村の女や子どもを殺し、村を焼いたのか?」
「そうさ。まぁ、小せぇ村だから、大した数じゃあなかったが、ちょっとスッキリしたところ……」
男の鼻先にリュストレーの抜き身があった。
「この鬼畜が!」
「おーお、この王子様、本意で俺たちとやる気だぜ! ちょうどいい、敵の大将首とやりあえるなんてな! お前、指揮官だよな!」
髭面が笑った。
「見ろよこのお美しい姫将軍様をよ! さぞかしお強いんだろうぜ!」
「この首持って帰りゃ、民兵率いるよりよっぽど褒美がもらえる」
他の二人もリュストレーを嘲笑いながら、剣を抜いた。刃から血が滴り落ちる。
「お顔だけは勘弁してやるぜ!」
左側に回った男が切り付けた。リュストレーが右利きと見ての判断だろう。戦い慣れている。
なんとか躱したが、すかさず右の男が脇腹を狙う。
リュストレーは焦っていた。
士官学校で厳しい訓練を受け、成績は優秀だったが、そこに立場に対する配慮がなかったとは言えない。何より、彼には今回が初めての実戦で、経験が少なく、直接敵兵と切り結んだこともほぼなかった。
「そらっ!」
「くっ!」
完全に彼を舐めきった二人の兵士は、交代で攻撃を仕掛けてくる。髭面の男はそれを大笑いで見ていた。
リュストレーは次第に押され、まだ燃えている村長の家の正面まで後退させられる。
「もうめんどくせぇな、一思いにやっちまえ!」
「そうだな。お姫様にしちゃ頑張ったほうだしな。褒めてやる……うお!?」
不意に男の体が大きく揺らぐ。
家の中からずるずると這い出してきた老人が、自分の杖を男の足に絡ませたのだ。これは完全に不意打ちだった。
そしてリュストレーはそれを見逃さなかった。
傾く男の胴を勢いよく払うと、その勢いのまま体をひねり、返す刃で驚いて固まったもう一人の頭を、真上から割った。
リュストレーの白い軍服に、真っ赤な返り血がざぶりとかかり、二人の男が一瞬でどうと倒れる。
「……やるじゃねぇか、クソ王子様が」
緋熊の大男がのそりと近づいてくるのがわかる。手にはリュストレーの倍くらいありそうな大剣を引っ提げている。
「まぁその前によ!」
男は二歩で小屋に迫り、倒れながらも睨み上げる老人の背中に刃を突き立てた。老人はうめき声も立てずに絶命する。
「こいつが村長さ。叩っ斬ったはずなのに、しぶてぇ爺いだ」
「……おのれ」
顔に流れる血を袖で拭いながら、リュストレーの瞳は銀色に光った。
「おお! いい目をするじゃねぇか。人殺しの目だ。だが!」
髭男は大剣を振りかぶった。
重さと膂力で押そうというのだろう。リュストレーは自分がこの男の攻撃を受け切れるとは、とても思えなかった。
……ここまでか。だが!
「死ねぇ!」
「炎よ! 飲み込め!」
二人が叫んだのは同時だった。
瞬間、大男の姿はかき消え、続いて燃える小屋の中から叫び声が聞こえた。
「なっ、なんだ! 何が起こった!」
老人の死体の向こう、燃える小屋の中央に男が踊り狂っているのが見えた。足元から腰えと炎が這い登っていく。
「ぎゃあああ! 何をやりやがった! この王子様よう! 待ってろ、今すぐ……」
怒り狂った男が、リュストレーの方へと踏み出した瞬間、大きな音を立てて小屋が崩れ落ちた。
煙と火の粉が辺りを明るく照らす。
その只中に、リュストレーは呆然と立ち尽くしていた。
すみません。なかなか甘くならなくて、でも、ちゃんとしますんで。




