15 魔公爵の母上
ぬるいですが、近親相姦的な描写がるので、お気をつけください。
週間ランク55位ありがとうございます!
「旦那様!」
セバスティンは雷に打たれたように、棒立ちになった。
「わっ! 私は……っ! 申し訳ございませぬ! 出過ぎたマネを」
「よい。よいのだ」
リュストレーは美玲を見据えている。小道にしゃがみ込んだまま、自分を見上げている美玲を。
「……下がっておれ」
忠実な家令はものも言わずに立ち上がって去っていく。美玲は黙ってその姿を目で追った。
「……ガウンの裾、引きずってますよ。上等なのにもったいない。それにいい加減、着替えたらどうです?」
公爵の足元に視線を戻した美玲は、静かにつぶやいた。
「前から気になっていたんですけど、あなたちょっと臭います。ちゃんと洗濯しているんですか?」
「同じものを全て二着持っている。一週間ごとにトーメに無理やり着替えさせられる」
「うわぁ……」
子どもより手がかかる人だな!
「せめて三日に一度は着替えてくださいよ」
「下着は毎日変えておる。贅沢だと思うが」
「当たり前でしょ! お風呂は? ちゃんと入ってるんでしょうね?」
こちらの気候は、日本と違って湿気が少ないし、冬だから数日風呂に入らなくても、そんなに匂いは気にはならない。
この異界でも浴室はあるようだし、お屋敷のはかなり立派なものだ。
「風呂は好かない。それこそ贅沢だ。体を清拭するだけで皮膚の健康は十分保たれる。私は別に健康でなくてもいいが」
「健康は大事でしょう! もちろん衛生面もですが!」
美玲のボロ家には家風呂はなかったが、清潔でなければ雇ってもらえないバイトもあったので、清潔には気をつけていた。
しかし、最近は銭湯代もバカにならないので、週に二回はシンクで髪を洗い、裏の土間でたらいに湯を張って体を洗った。
「……で、なんでそんなに自分に苦行を強いてるんです。しかも方向性もやり方も、なんだか間違っている気がしますけど」
「苦行だと?」
「お母さまは結局ご無事だったんでしょう?」
「……ああ、私のしでかしたことにも関わらず、私は咎められなかった。父は失望したようだが」
「まぁそうでしょうね。何があったんです?」
「……母は私を溺愛していた。弟や妹は第二夫人の子供だから、私は母のたった一人の子どもだったのだ」
「第二夫人とかいるんですね。正式に」
「ああ。大陸の国々の均衡を保つために、認められている。しかし、母はどうしても私を王にしたくて、重苦しい義務を多く私に課した」
「あ〜、極端な英才……いや帝王教育ってやつですね」
「狭量な母の愛を負担に思って、私も、父も、母を避けるようになっていた。それが彼女をさらにおかしくしたようだ。表立っては平穏だったが、母は徐々に狂気を帯びるようになって……離宮に静養に出たというのも、ひどく混乱した母を一時避難させるためで」
「そこで何か起きたんですね」
「父や他の弟妹は同行しなかった。ある夜、私が目を覚ますと、母がのしかかっていた。いつの間にか私の寝巻きははだけられ、下半身が露出していた」
「……え?」
「母は、私の夕餉に、自分の眠り薬を仕込んだようだった。だから気がつくのが遅れた」
「……」
「彼女は、私を愛撫していた」
美玲はもう相槌すら打てない。頭がぐらぐらして吐き気がする。
「その後のことは、よく覚えていない。私は大声で叫んだように思う。気ついた時、母の姿はなかった……あとは、セバスティンからきいたろう? 母は数時間後に湖のそばで凍死寸前で発見された」
「……」
美玲は口元を抑えながらうなづいた。
美玲自身も、父親からひどい暴力を受けていたが、幸いというべきか、性的なことはされなかった。
もしそんなことをされていたら、きっと心が壊れていただろう。
「その頃から私の名前の冠に密かに『魔』がつくようになった」
「それは悪口じゃないですか! なんで処罰しなかったんです? 王子様なのに」
「悪口とも思えない。精神を病み始めていたとはいえ、自分の母を殺してしまうところだったんだ私は。しかも、転移という、異能を使って」
「でも、明らかにお母さん、やっちゃいけないことをしでかしてしまって……」
「そうかもしれない。ただな……」
苦い笑いを浮かべてリュストレーは続ける。
「政略結婚だったがあの方は、王妃として、国母としては完璧だったと思う。少なくとも、途中までは完璧であろうと振る舞っていた。父はどちらかというと、鷹揚な方だったから、母は苦々しく思うことも多かったようだ」
「お……お母上はご無事だったのでしょう? 今どちらに?」
「南の離宮でお過ごしになられている。私はもう長いことお会いしていない」
「お父上は?」
「陛下は賢明で寛容なお方である。私の罪をお許しになり、何もおっしゃられなかった。それから直ぐ私は士官学校に入学し、二年後に起きた緋熊の侵攻の際に、参戦を希望した。こんなつまらぬ能力者でどうせ短い命なら、少しでも国の役に立とうと思ったのだ」
「……ご立派だと思います」
なんと応じたらいいのかわからず、美玲はその場限りの応答を返す。
セバスティンの話では、この戦場でも悲惨な出来事があったのだ。
「私が立派だと?」
銀色の瞳が、凄絶な光を帯びた。
「今から語る話を聞いても、そなたはそう言えるだろうか? ミレ」




