12 許せん!
「ミレ様、昼食のご用意ができております。お部屋に戻らせませ」
遠慮がちなセバスティンの呼びかけで、美玲はすっかり時間が経っていることに気がついた。
正午を大きく回っている。
「ああ。もうそんな時間ですか! すみません。じゃあ私、部屋に戻りますね、リュストレー様」
「セバスティン、ミレの昼食をこちらに持って参れ」
「かしこまりました」
セバスティンは聞き返したりしないで扉を静かに開ける。ワゴンの上には食事の用意がすっかり整っているようだ。
「え? いいんですか?」
「私は今書きたいんだ」
「けど、あなたは一日二食と伺いましたけど」
「私は食わぬ。気にするな。物語とは生き物で勢いだ。そなたがここにいる方が、直に色々質問できて便利がよい」
そう言っている間にも、セバスティンとトメのテキパキした働きで、横のテーブルに昼食が用意されていく。
こんがり焼いた薄めの四角いパンに(英国風の食パン風だ)、香ばしい匂いを放つ薄切り肉とチーズのようなものが重ねられ、添え物に茹で卵、そして温野菜がたっぷり。白い飲み物はミルクだ。牛の乳かどうかは知らないが。
「わぁ! 美味しそう! いただきます」
扉の前で辞儀をする二人に頭を下げると、彼らは静かに姿を消した。
「すごくいい匂いですよ。でも少し量が多いな。あなたもどうですか?」
美玲が再び背中を向けたリュストレーに声をかけるが、明白に無視をされる。
「こんなに美味しそうなのに」
異界でも、食物が似ているのは、本当にありがたい。
好き嫌いのない美玲は一人でもりもり食べ始めた。話に夢中になっていたが、お腹が減っていたようだ。どんな時でも、美玲の胃腸は丈夫なのである。
けど、取り皿が二枚用意されてる。カップも二つある。
本当はセバスティンさんもトメさんも、リュストレーさんにちゃんとしたご飯を食べてほしいんだ。
そう思った美玲は、大きな取り皿に柔らかいパンと肉、そして野菜をとりわけ、カップに半分ほどミルクを注ぐと盆に乗せ、執務机に持って行った。
「少しは召し上がった方がいいですよ。気分転換にもなりますし」
しかし、リュストレーのペン先は止まらない。
「無用だ」
「脳は、食べた方がよく働くかと。糖質とか」
「逆だ。脳は飢えたほうがよく働く。それに言ったろう。私はこんなものは食べぬ」
「でも……」
「動物の乳など体が受けつけぬ」
インクの染みがある長い指がカップを弾き、硬質な音がした。
「同じく死んだ動物の肉など、食えば性格が悪くなる」
そう言いながら、肉をフォークで刺してカップに落とす。
「柔らかいパンなど嚥下の訓練に悪い」
肉の上からパンを。
「野菜など、豆だけで十分である」
パンの上から野菜を。
カップからあふれたミルクが盆に溢れる。
「な……何をするんですか!」
唖然としていた美玲が我に帰って叫んだ。
「食べ物を粗末に扱っていいと思ってるんですか!?」
「いらんと言うたのに、持ってきたのはそなただろうが。違うか?」
薄い唇が酷薄につりあがった。
「そなたは、私が必要な時に、質問に答えれば良い」
「この食うに困らぬ傲慢貴族のド阿呆くそオタクキモ野郎!」
怒髪天を突く勢いで美玲は怒鳴った。
これだけの勢いで人を罵ったのは、生まれてこの方初めてだ。しかし、リュストレーはさして動じた風もない。
「ドアホウクソオタクキモヤロウ? それはなんだ? そなたの国の罵り言葉か? 汚い発音だが、興味深い」
「知らんわ! この馬鹿公爵!」
美玲は盆を引ったくるように奪い取ると、自分の食器もまとめて抱えあげた。
扉が開いていることは知っていたので、行儀が悪いとは思ったが、足で蹴って開ける。
せっかく人が少しは同情的になったのに、何あの態度! 元気になったら急に元の偉降り貴族に戻っちゃってさ!
よくも人が作ったものを、全部牛乳漬けにしてくれたわね!
なんて思いやりのない! あんな奴が、本気で私の帰還方法なんか探してくれるわけない!
もう絶対助けてあげない! 呼ばれても行かない! 質問にも答えない! 期待した私が馬鹿だった!
たとえ追い出されたって私はここで、この世界で、下働きでもなんでもして生き抜いてやるわ!
下賤の女の根性見せてやる!
美玲は怒りに任せ、長い廊下をずんずん進んだ。
この場面は気に入っております。
加筆して、某国営放送の某大河ドラマのセリフをお借りしました。
完全に同意見だからです。
わかる人はいるかな?
あ、8話に加筆しました。




