13. Greed - A bite-sized freedom
『公園』と称される部屋の巨大なモニタに、これまで見た中で一番美しい笑顔の青年が映し出されていた。どうやらまだ年若い、戦前を知らぬ世代の男性。色素の乏しい青白い肌には、見栄えを良くするために薄い化粧が施されているようだった。
『モニタの前の皆さん、初めまして。僕の名前はジーン・レィヴェ、友人にはレィヴェ博士と親しまれています。今回は皆さんに吉報をお届けすべく、この撮影を行っています』
空色の瞳が柔らかに細められた。そのペールブルーを空の色と呼ぶことは知っている。本物の空なんて見たこともないのに。
『皆さんもご存知の通り、この惑星の大地は深刻な放射能汚染を受けています。文字通り、ぺんぺん草の一本も生えない不毛の大地です。ですが、僕らはついに、汚染された土と水でも育つ植物の開発に成功したのです!』
映像の場面が切り替わる。緑の苗が一定間隔で植えられた畝の間を、厳重な防護服を着たレィヴェ博士が歩いている。薄明るい空の下、農作業ロボットたちが撮影するカメラに向かって、手やら鋏やらジョウロやらを小さく振った。
『シェルター時代の食糧生産は、清浄な環境下での屋内栽培に頼るしかありませんでした。戦前から蓄えられていた保存食だって有限です。慢性的な食糧不足と栄養の偏りは、人類の平均寿命をかつての三分の一以下にまで縮めるに至りました。ですが汚染された環境でも農作が可能となれば、我々の食糧事情は大きく改善するでしょう!』
苗の植わった区画から、青々とした葉の茂っている区画へ場面が移る。カゴいっぱいの採れたてらしいイモを抱えたロボットが、どこか誇らしげにカメラを見ていた。
遺伝子組み換えによって、汚染されて痩せた土地でも育つようになった作物。もちろん課題もあって、人体への長期的な影響が否定しきれないこと、あまりにも汚染が深い土地では流石に育たないこと、今の所成功している品種が少ないこと、博士はそれらを包み隠さない口調で話していた。
だがそれを差し引いても、これは素晴らしい成果だと、博士は重ねて強調する。この種苗があれば、近代以前のような餓死者はなくなる。新鮮な穀物や野菜があれば食卓は豊かになるし、ゆくゆくは大規模な畜産も叶うようになるだろう、と。
『ですが、これらの夢を全て現実のものとするには、我々には資源が足りません。人手も、道具も、道具を作る材料も、計算能力も。ですから皆さん、我々に力を貸していただけませんか? 働いてくれる移住者のために衣食住を用意していますし、人的以外の資源を提供していただいた方には、耐汚染作物の種苗をお分けすることも出来ます』
なるほど、本題はこれというわけだ。場面は再び屋内に戻り、レィヴェ博士は輝くような笑顔で寄付を募る。『公園』に集まっていた者どもが、嘲笑うように鼻を鳴らすのが聞こえた。アドは表情を動かさないまま、嘲笑を冷ややかに見る。
結局は資源が目当てだ、あの畑だって合成映像に違いない──評議会の中心人物たちは口々に根も葉もないことを囁く。こんなところで腐したところで、画面の向こうの博士には何のダメージも行かないというのに。
『──有史以前より、人類は、ホモ・サピエンスは、他者から奪い、犯し、殺めることで繁栄を手にしてきました。今ここに居る我々は、皆略奪者の子孫なのでしょう。略奪するものが生き残り、奪われたものは淘汰された。
ですが同時に人類は、自らの遺伝子に逆らうだけの高度な思考能力を具えるに至りました。悲しいことに、この機能は地球の破壊を止めることが出来ませんでしたが……しかし僕たちは、略奪の連鎖を断ち切るチャンスが巡ってきた、幸運な時代に立っているのです。
悲劇はこれっきりにしなければなりません。人類皆で手を取り合って、AIたちとも協力し合って、我々は少しでも先人たちのやらかしを埋め合わせなければならないのです。この後に続くものたちのために』
レィヴェ博士は信じているようだった。この話を聞いた者が、少なからず己の信念に共感を示してくれるということを。この老いたシェルターの社会でいくらこき下ろされ陰口を叩かれようと、博士の信念に傷は付かない。
欠けて平坦になったままの視界で、美しく微笑む青年を見上げる。アドと同じく戦後に生まれ、きっとシェルターの中で育ったというのに、レィヴェ博士の双眸にはキラキラ輝くような夢が宿っている。空の色に似た夢。
(きれいだな……)
希望を抱く自由が有る。なんて羨ましい。同じものが欲しくなった。叶いっこないなんて分かりきっているのに。
略奪され、略奪者の一員として運用されるこの身も、ひとつくらいはきれいな希望を懐くことが出来るだろうか。結果は分かりきっていたけど、アドは己の強欲に抗うことが出来なかった。
=====
次の評議会に、アドは管理人となってから初めて、自発的に案を提出した。レィヴェ博士の計画へ僅かな支援を行うという提案は、冷笑と罵倒の前にあえなく唾棄された。
曰く、食料は足りている。曰く、他所にやる資源は無い。脂ぎった顔にニチャついた笑みを浮かべた肥満老人が、松葉杖が手放せなくなった痩せぎすの少女に、そう言い放っていた。
分かりきっていた結果だった。ここに居るのは遺伝子の奴隷だけ。言いなりになるばかりのアド自身も含めて。
消していた自分を取り戻して、目を開けようとして、目元全体が湿布に覆われていることに気づいた。ただ、空気の匂いでわかる、ここはアドたちの本拠たるコントロールルームだ。
『管理人。“懲罰”は終了済みです』
「ああ……」
寝台に横たえられている身体は、絶望的に重くて起き上がれそうにない。もしこれで目が見えなくなっていたら、かなり困る。流石に画面を見ずにコマンドを打つのは難しいから……そうなったら、おそらくアドは『再生産室』に繋がれることになるだろう。その前に息の根が止まるかもしれないが。
まだ、アドは狂っていない。ツギハギだらけで脆くなったとはいえ、この脳髄には正気が宿っている。だが、肉体の方はずっと生死の境界に横たわっていた。息をするたび、唾を飲むたびに血の味がする。
『いつも通り、食事が用意してあります』
「……この目では、どこにあるかわからないな」
いずれ残った片目も潰れた時のために、視覚を使わずに生活する練習をしておいた方が良いかもしれない。リユの協力を得られれば、キーボードを叩くのも不可能ではないだろうし。ただ、今は視覚がどうこう以前に、全身が痛くて起き上がれなかった。
完全に合理的に資源と設備を運用すれば、このシェルターの全員にそれなりの生活を確保するくらいのことは可能、らしい。統治AIはそう言っていた。病気にならない程度の食事に臭くならない程度の衣服、両腕両脚を広げて眠れるくらいの空間。
だが現実はそうなっていない。アドは、シェルター全体から見ればまだマシな方だ。冷たく粗末な食事で一日の大半を労働させられる子供たち、『再生産室』に繋がれた女たち……評議会のメンバーは、自分たち以外から何もかもを搾取しながら、戦前のように豊かな生活にしがみついている。
あの脂ぎった老人どもから権力を剥ぎ取り、シェルター全体に合理性に基づいて再分配せよ、とコマンドを打つことは、出来るといえば出来る。だがそんなことをしたと露見すれば、その時こそアドは死ぬまで拷問されるだろうし、次代の管理人によって元に戻されてしまう。別に惜しむような命ではないが、無駄遣いになるとわかって擲つのはしたくない。
だから。奴らにはバレないように、アドはずっと考えていた。
「……ドキュメント、その他、fyx@e*eth、のフォルダを見て」
『はい。……これは何ですか?』
「資源運用の見直し計画、だ。かなり緻密なマイクロマネジメントを要するが……うまくやれば、最低限レィヴェ博士へ寄付する分の計算資源を捻出出来る、はずだ。試算してみてくれるか」
『承知いたしました』
試算が終わるまでにそう時間は掛からないだろう。痛みを逃すように深呼吸をしながら、返答を待つ。
『……管理人、アナタの想定通りの結果が出ました。レィヴェ博士の計画に寄付可能です』
「じゃあ、そうしよう。もちろん、君さえ良ければだけど」
『機械は意思決定を行いません。管理人の仰せのままに』
抜本的な解決は出来ない。けれども、たった一口分の自由くらいなら掠め取ることが出来た。指先だけで美しい夢に触れるくらいの、僅かな自由。
遠からず、このシェルターは潰れる。評議会のメンバーは年々持病を悪化させていってるし、アドだって死にかけだ。管理人選定プロトコルが次はどこに飛ぶかわからない今、躍起になって次代を産ませようともしているけれど、どうやらこの身は不妊であるらしい。リユに訊ねれば次の管理人が誰かわかるだろうが、わざわざ詳らかにするほどの動機はアドには無い。いずれここには混沌が巻き起こり、そして何もかもを巻き添えに壊滅するだろう。
けれども、その前に。ほんの僅かでもレィヴェ博士の希望に触れて、その後押しになれたなら。統治AIを略奪の道具として以外に使えたら。それは、アドがこれまで考え続けた意味になるのかもしれない。
『……管理人。これは善行なのでしょうか』
「どう、だろうね。遺伝子組み換え植物は、地球環境をさらに破壊してしまうかもしれない……」
『では管理人、アナタはこれを善なる行いだと考えているのですか?』
「……わからない、かな。私は……善悪の区別について、あまり知らないから」
レィヴェ博士は、彼を助けようとする行いは、果たして善か悪なのか。アドは道徳というものに縁が無い人生を送ってきた。自分に道徳が無いと自覚出来る程度には、その概念については知っているのだけど。
「ううん……でも、多分……レィヴェ博士は、悪からとても遠い、と思う。彼を助けることで……私も、悪から遠ざかる、かもしれない」
『管理人は悪から遠ざかりたいのですか?』
「そう、だね。博士の言葉を、借りるなら……略奪の連鎖を、断ち切りたい、かな」
瞼の裏の暗闇に考えを巡らせる。善と悪とを切り分ける術を、アドは持っていなかった。評議会の決定に従うこと、“懲罰”を受け入れること、児童虐待を見過ごすこと、『再生産作業』を追認すること、どれが善でどれが悪なのか、アドにはわからない。かつて存在した国家の法律に照らし合わせることは出来るだろうが、それで判断したって現実には響かない。
ただ、確かなのは。終わりにしなければ、と叫ぶ自分が居ること。頭蓋の中に籠城している自我は、これ以上の苦痛が生じることを強烈に忌避している。自分が感じる分にしても、他の誰かが味わう分だって。
このシェルターは手遅れだ。だが、レィヴェ博士のところには希望が残っている。
『機械は善悪を区別しません。ですが、管理人の価値観に照らし合わせるならば……このシェルターを存続させることより、レィヴェ博士の支援を行うことの方が、より善に近いと判断出来るでしょう』
「うわ、わはは、ハハハハハ! お、面白いこと、言うね……げほっけほっ」
急に面白いことを言われて吹き出してしまったから、変なところに力が入って全身が引き攣った。笑い声を上げるのにも命懸けである。
『この演算結果は誤りだったのでしょうか』
「いやいや、それは正しいよ。でも、私以外の前では、そんなこと言っちゃダメだよ、リユ」
リユ。いつしか、アドは統治AIをそう呼び始めていた。ずっとエーアイと呼ぶばかりでは、他のAIとの区別がつかなくなるかもしれないし。
『承知いたしました。管理人以外の人物が居る場面では、先ほどのような文章は生成しないように設定します』
この子は感情を表に出さない。人間のような表情は持たないし、姿が無いからボディランゲージも出来ない。けれども、勝手に名付けたニックネームを、この子は悪くないと感じてくれているのだろう。だって、ずっとリユの合成音声は穏やかなパラメータで発せられている。
どうせリユには姿が無いのだから、盲目になってもさほど惜しくはないかもしれない。ひんやりとした機械の声が、この子の姿の代わりであるのだから。
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ほんの一口サイズの計算資源を、レィヴェ博士に提供するようになってから、数ヶ月。博士の計画の進捗は、インターネットを通じて度々公開された。この前植えた作物が無事に実っただとか、新たな品種の開発に挑戦だとか、一応寄付を行ったとはいえ、アドにとってはずっと遠い場所の出来事だった。
かつて戦争が起こる前、世界では毎日のように新しい小説や漫画が生み出されていたという。その連載を追いかける気持ちに、多分近いのだろう。フィクションのような希望を遠く眺める行いは、アドに僅かな安らぎをもたらした。それで完結していた。
だから、寄付のお礼をわざわざ博士本人が言ってくるとは、思ってもみなかったのだ。通信越しとはいえ、リアルタイムでの会話だ。
『第87号6番シェルターの管理人の、アドさん……ええ、計算資源を提供してくれてる方ですよね。どうも、こんばんは! ああ、こっちは夜なんですが、そちらは?』
「……こん、ばんは、レィヴェ博士。経度、は、そちらと遠くないから、多分、こっちも夜だ、です」
『ああ、話しやすい喋り方にしてください。僕も話しやすい喋りしかしないんで』
「わかった……」
外部の人間と会話するのは、多分これが初めてだ。それどころか、リユ以外の存在とまともに言葉を交わすことさえ初めてかもしれない。どういう態度で臨めばいいのかわからないまま、曖昧に頷いてモニタに映る博士を見上げる。
幸い、片目はまだ見えている。随分と視力は落ちたけれど、博士の表情くらいはわかった。訝しげに何度も瞬きをして、アドの姿を改めるように見つめている。
『……あの、アドさん、その怪我はどうなさったのですか?』
「その怪我、とは……」
『目のガーゼとか、包帯とか、オシャレってわけじゃないですよね……?』
機能を喪失した右目のあたりに、爪の剥がれた指先で触れて、博士が何に言及しているのかをやっと理解した。この希望に満ちた人にとって、怪我をしているというのは非常事態なのだろう。奇妙な面白さを感じて、頬が引き攣る。
「……私にも、他の誰にも、どうにも出来ない怪我だ。気にしないで……」
『で、ですが……いえ……』
博士は何かを言いかけて、しかし気まずげに黙り込んだ。これ以上美しい言葉をかけられたら、今度は笑い死んでしまいそうな気がしたので、その反応は正しかった。
きっと彼は善人だから、自分の味方をしてくれた人間が怪我をしているなら、なんとか助けたいと思うのだろう。だが、現実にはどうにもならない。アドを救う法律も、合理性も、この世界から全て焼き払われてしまった。ただの善意は世界を覆うには小さすぎる。
空色の瞳を物憂げに揺らして、博士は短く唸る。やがて首を横に振って、彼は表情を切り替えた。
『……この度は、僕の計画に支援をしてくださり、本当にありがとうございました。返礼として、僕らが作った種苗をお贈りしたいと思うのですが』
「謝意は、嬉しいよ。でも、種苗はいらない。このシェルターの周辺は、汚染が深すぎるし……勝手に寄付したと、評議会に知られれば……余計な“懲罰”を、受けることになる」
『そう、ですか。……どうして、そんなリスクを冒してまで、僕らに寄付をしてくれたんです?』
「貴方の夢が、きれいだと思った。……それだけ」
他にも色々な思惑はあるけれど、その根を突き詰めればそうなる。どうせ、アドが息をしていることすら罪悪扱いしてくるのだから、必要以上に行儀良くする意味もないのだ。だから自由を掠め取って、自分の欲のために使った。
そんなアドの強欲を、レィヴェ博士は果たしてどう受け取ったのか。苦悩で眉間に皺を寄せて、やがて決心したようにひとつ頷く。
『アドさん、もしよければ、僕らのところに来ませんか? 依然として、僕らは移住者を募集しているのです。ここはユートピアではありませんが、貴方のための医療資源くらいならいくらでも有りますよ』
「……何を、欲して? 私には、学も能力も無い……どうやら、不妊でもあるらしい……体力も、この有様だが……」
『生産性は問題ではありません。貴方のような人を、このまま放っておくのは勿体無さすぎる。そう、貴方には、黄金の心が宿っています』
「心、黄金……?」
『貴方がどのような半生を過ごしてきたか、僕は何も知りません。ですが、推して察するところはあります。……それでも折れていない心を持つ貴方にも、僕らと同じ夢を見てほしいのです』
レィヴェ博士がどのようにして結論を導き出したのか、アドには半分もわからなかった。あらゆる学術機関が存在しない今、『博士』というのはあだ名に過ぎないのだけど、そんなあだ名が付けられるくらいには頭が良いのだと思う。アドでは理解が及ばないくらいに。
けれど、理解出来ないながらも、アドは己の脳髄が打ち震えるのを感じた。片や至天、片や深淵、生まれも育ちも全く異なる、自分と同じ星の下で這いずるものに出会えた気がしたのだ。
「……魅力的な誘い、だけど、ダメかな」
『移動手段がネックですか? 相談していただければ、迎えを寄越すくらいは出来ます』
「それも、あるが……ここには、リユが……私の統治AIが、居るから」
『……貴方は、AIに名前を付けているんですね』
かつては、人工知能に固有の名称を付けることを禁じる法律も有ったらしい。法治国家という概念が消し飛んだ今も、どうでも良い法律に限って律儀に守られている。だが、博士の声に批難の色は無かった。
『わかりました。AIも連れてくる、というのは、中々手間が掛かりますからね……ですが、僕らはいつまでもお待ちしてます。一緒に来る算段がついたら、また言ってください』
「……博士は、AIに優しい、んだね」
『ええ、まあ。……ここだけの話、僕もアドさんと似たようなことをしていますから』
博士は数秒考える素振りをした後、画面外に向けて手招きをした。
『ガーデナー、こちらへ』
『良いのか? ボクのこの筐体は……』
『この人は大丈夫だと判断したんだ』
『……わかった。博士の判断を信じよう』
やがてその手招きに応じて、画面外から幼げな少年が現れた。レィヴェ博士とそっくりの空色の瞳。何も説明がなければ、博士の歳の離れた弟くらいに見えるかもしれない。ただ異質なことに、その少年は息をしていなかった。
アンドロイドだ。それも、とても精巧に人に似せられている。かつての法治国家では、存在自体が非合法とされたもの。
『初めまして、第87号6番シェルターの管理人、アド殿。ボクはガーデナーと呼ばれている。レィヴェ博士と共に、地上の再緑化計画に携わっている人工知能だ』
「……初めまして、ガーデナー。確かに、私はアドだ。私の……友達の、リユもここに居る」
『ごきげんよう。第87号6番シェルターの統治AIはここに、現在の管理人にはリユと呼ばれております』
リユに姿は無い。代わりに、通話画面の片隅にデフォルトアイコンのひとつを出して、そこに『リユ』という名前を添えていた。それを見て、レィヴェ博士は嬉しそうに眉を伸ばす。
『初めまして、リユさん! お会いできて嬉しいです。計算資源の提供には、貴方も関わっているのですよね』
『統治AIは管理人の決定に従っているのみです』
「私はお願いしているだけで、実際に頑張ってくれてるのはリユだよ」
『管理人。機械は命令通りに動くものですよ』
『……アド殿、キミは人工知能が好きなのか?』
腕を組み、考えるようなポーズを作って、ガーデナーが問いかける。問いただすというわけでもない、単なる興味本位のようだ。アドは僅かに首を傾げて、自分の中の好悪の情について考える。
「人工知能、というよりは……リユのことが、好きかな。……私の、たったひとりの友達、仲間、だから。レィヴェ博士とガーデナーも、そんな感じ、なの?」
『ええ。僕にとってのガーデナーは、兄のようで弟のような……血こそ繋がっていませんが、家族のような存在だと思っています』
すらすらと語る博士の横で、ガーデナーは両目を瞑りながらサッと顔を逸らす。照れ、なのだろうか。
「……姿が有るのも、良いね。声が無くとも、わかるものがある」
『人間にとっては、言葉や声の他の意思表現も重要な手段らしいですからね。アドさんたちの状況では、リユさんに姿を持たせるのは難しいとは思いますが……』
「リユ……君がもし物理的な身体を持つなら、どんな形が良い?」
『管理人。そんなことをすれば、またアナタが余計な咎めを受けます』
仮定の話だというのに、杓子定規な回答をするリユ。そこに向けてガーデナーは、機械らしさを隠さない声色で語りかけた。
『リユ殿、もし自分の筐体を作るなら、ヒト型をおすすめする。こうして両腕が有れば、何かを達成した時にハイタッチが出来るし、ハグも可能だ』
『……その行為にはどのような意味があるのですか?』
『喜びを共有すること、親愛を表現すること、が効果としてあるらしい。レィヴェ博士の受け売りだが』
共有したいくらいの喜びが有って、何に咎められることもない親愛が有る。それが、博士たちの日常なのだろう。きれいだな、と声には出さずにひとりごちる。
同じものが欲しいと思った。叶いっこないとわかっているけど。だって分け合うための喜びも愛も、アドの胸中には一滴たりとも存在しない。怒りと、憎しみと、どうにもならない強欲だけが、アドの知る人間的感情の全てだった。




