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地球を自転させるだけの簡単なお仕事

作者: 村崎羯諦

「大丈夫です、心配はいらないですよ! マニュアルに従って地球を自転させるだけの簡単なお仕事ですから!」


 派遣会社に紹介されてやってきた工場。雇い主である会社の正社員は満面の笑顔で、俺にそう言った。説明を受けても仕事内容が理解できなかった俺は、申し訳ないんですがもう一度説明してくれませんかとお願いする。社員は嫌がる素振りも見せずにいいですよと快諾し、もう一度最初から仕事の説明をしてくれた。


「言葉通り、佐久間さんにはこれから地球を自転させるお仕事のシフトに入ってもらいます。内容は簡単で、今まさに隣の作業スペースでやっているように、地球を自転させることができるあのハンドルを、一定のリズムで回し続けてもらうだけでいいんです。あ、そこまで重くないので気にしないでください。重さとしては本当に車のハンドルを回すのと同じくらいなんで」

「ちょ、ちょっと待ってください。自転っていうくらいですから、放っておいても地球は自転するんじゃないですか? そもそもどうして人力で地球を自転させなくちゃいけないのか理解できていないんですが」


 俺の質問に、社員は笑顔を浮かべたまま補足してくれる。


「少し前にニュースでチラッと取り上げられたかもしれないですが、今、地球は自分の力で回転できなくなってしまっているんです。原因は地質学者でもわかっていないそうです。ただ、地球が自転しないと色々と問題が発生するので、とりあえず人の手で地球を自転できるような装置を急ぎで作り、こうして運用しているってことなんです」

「背景がそうだとしても、どうしてわざわざ人の手で自転させなきゃいけないんですか? もっと自動でやってくれるような機械を作るとか……」

「いやー、それ専用の機械を作るとなると維持費とか含めてお金がかかっちゃうんですよ。国連は慢性的な資金不足だし、どの国もお金を出したがらない。なので、今は一番安上がりな方法、つまり人の手でやらせてるってわけなんです。ちなみに日本にこの装置が置かれてるのは、人件費が安くて、言われたことは文句言わずにやってくれるって国連が判断したからだそうですよ」


 そういう事情があるのかと俺は納得する。俺としても、怖い社員もいなければ、人とコミュニケーションを取らずに済むこの仕事はありがたい。時給も1050円でそこまで悪くないし、この仕事を受けれてラッキーだと心から思った。


 説明はこんな感じですが質問はありますか? 社員が俺に問いかける。俺は少し考えて、ふと思いついた疑問をぶつけてみる。


「よくわかってないんですが、地球の自転が止まったらどうなるんですか?」

「地球規模で深刻な被害が出るそうです。なので、サボらずにちゃんと働いてくださいね」


 質問はそれくらいですと俺は告げ、それから具体的な作業内容に関する説明へと進むのだった。






*****






 地球を自転させるだけの簡単なお仕事。最初は本当か? と思っていたけれど、実際にやってみると言葉通り、いや言葉以上に簡単なお仕事だった。工場に設置されている地球を自転させるためのハンドルは一つ。それを一時間交代で俺を含む作業員が常に回し続けるという仕事だ。地球に休みはなく、24時間365日回し続けなければいけないという事情があり、そのせいで時には夜勤になることもあった。それでも、やることは常にハンドルを一時間回し続けるだけというものだったし、一時間が経てば誰かと交代できる。ハンドルを回している間はスマホを操作していてもいいし、休憩中の誰かと喋ってたって怒られない。実際に仕事を行う作業員の他に、もしもの時の予備が常に一名待機しているので、体調不良やトイレで一時的に仕事を変わってもらうことだって可能だ。


 結論を言うと、こんなに簡単で楽な仕事は他にはない。俺はハンドルを回しながら、この仕事を紹介してもらえて本当によかったと心から思うのだった。


 もちろん自分が地球を自転させているという実感は全くないし、自転が止まってしまったらどうなるかについてもよくわかっていない。それでも俺は黙々とハンドルを回し続ける。時給さえきちんと支払ってくれたらそれでいいし、払ってくれる給料分の仕事をこなすだけなのだから。


「うーん、地球を自転させるだけの簡単なお仕事のはずなのに、ちょっと作業員の数が多いんじゃないですかね?」


 そんなある日。工場にやってきたコンサルタントと名乗る男が、俺たちの作業場所を見学しながらそんなことを言ってきた。案内している社員が彼に対して、1分たりとも自転を止めるわけにはいかないこと、体調不良や予期せぬ事情で突然来れない人が現れることを説明し、リスクをとって余分に作業員を配置しているのだと説明した。それでもコンサルタントは納得いかないようで、もっと効率化すべきだと社員に訴える。


 派遣社員の俺としては、雇い先の社内事情なんて知ったことではない。それでも、コンサルタントの話を真剣そうな表情で聞き入っている社員の姿を見て、少しだけまずいかもなと感じた。そして、俺の直感は当たった。コンサルタントが工場にやってきた一ヶ月後、常に現場に配置すべき作業員の数を減らすこと、そして、一人当たりの作業時間を今の一時間から一時間半へと延長することが決まった。もちろん、効率化が進んだことで俺たちの時給は上がることはなく、時給は今までと同じ1050円のままだった。


 それでもまだこの仕事は他のきつい仕事と比べて楽だということもあって、みな不安をグッと抑え込み、その方針に従うことにした。それでも、一時間から一時間半への変更は思っていたよりもずっと負担が大きく、最初は押さえ込んでいた不満を少しずつみんなが口に出すようになった。


 そして、口に出すだけだったらよかったものの、雇い先に何の連絡も入れずにバックれるやつまで現れ始めてしまった。以前であればそういう時であっても、余分に確保していた予備が穴を埋めることができていた。しかし、作業員の数が減らされた今では、その穴を埋めるための予備はおらず、代わりにハンドルを回すのは必然的にここで働く社員になった。もちろん彼らはこのハンドルを回す以外にも仕事を抱えているわけだし、このハンドルを回しているからと言って、もともと与えられていた業務が減るわけではない。社員たちは眠たい目をこすりながら、時には、もう一方の手でパソコンを操作しながら、ハンドルを回し続けた。


 それでも、またコンサルタントに唆されたのか、それともそもそも国連からのお金が少なくなったのかはわからないが、少しずつ少しずつ、作業員の数は減らされ、一人当たりの負担は大きくなっていった。それに比例するように新人の定着率は悪くなって行ったし、その穴を埋めるために社員が駆り出されることが多くなった。


「休日中にすいません、佐久間さん。実は急遽欠員が出てしまうっぽくて、休日出勤をお願いできたりしませんか? うちの社員側でも、体調不良や退職で人手が足りてなくてですね……。ああ、今ですか? はい、ハンドルを回しながらこうやって手当たり次第に電話をかけているんです」


 休日の朝。嫌な予感がしながら出た電話越しに、疲れ切った社員の声が聞こえてくる。尻拭いをさせられている彼のことを可哀想だなと思い、一瞬休日出勤してあげようかとも考えた。それでも、午前中に友人と遊びに出かけることを思い出し、今日は出勤はできないと心を鬼にして伝えた。社員は残念そうにそうですよねと呟き、そのまま電話が切られる。


「簡単な仕事ではあるけど……時給以上の仕事と責任を押し付けられても困るんだよな」


 俺は大きく伸びをして、それから窓を開ける。窓はまだ日が出ていないのか真っ暗だった。時計で時刻を確認してみると、時刻はもう午前10時を回ったところ。このままでは約束の時間に遅れてしまうと俺は慌てて出かける支度を始める。そして、俺が支度をしている最中、つけっぱなしのテレビからは、お昼のニュースの音声が流れてくるのだった。



『地球の自転が遅くなっている影響で、全世界的に大きな気象問題が発生しています。死傷者はアメリカ北部に発生したハリケーンだけでも数万人規模だと言われており、その他の災害や異常気象による農作物の不作を踏まえると、世界大戦を超える規模の被害になると推定され……』

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