#4 恋を知らない人魚
彼女の名前はミナ。海底で3000年生きている人魚です。
ミナは人間になって恋をすることに憧れていました。いまは愛する人のそばで微笑んでいます。
帽子をかぶり、水色のワンピース着て彼が来るのを待っています。ほっそりした人間の足は、ミアの宝物です。
三年前
今日は水族館に行きます。この恋を成就させないと、私は泡となって消えるでしょう。
ミナは螺旋状の海底都市に住んでいました。
深い深い海の底には何層もの世界があって、コード3014地区に所属していました。属性は人魚です。
ミアはいま留学中で、人間界を勉強をしています。地上に上がった人魚達は仮の姿で過ごします。
魚の部分を、特殊なスプレーで一時的に人間の姿に変えています。水に濡れてスプレーが落ちると戻ります。
ミアは大家族で、皆は海底都市に住んでいます。
人魚界は自由意志が尊重されているのでどこへでも行けるけど、人間界を選ぶ人はあまりいませんでした。
なぜなら、いままでの事例だと報われないことが多いからでした。何に報われないかって?
それは、人間との恋愛。人魚達は恋愛ゲームを楽しむためにこの世界へ留学します。
留学先の寮母さんは、人間界のエキスパートでした。
ミナはわくわくしていました。なぜなら、今日は初めてのデートだからです。
この恋愛ゲームの目標はプロポーズをされて結婚すること、振られると泡となって留学終了となります。
ただ、プロポーズは形だけではだめで心が伴ってない場合は泡になります。注意事項は把握しました。
水族館の前で待っていると、長い髪の男性が現れました。
タキシードを着たら似合うだろうな、とミアは思いながら、その男性の後について館内を見て回りました。
ちょうど、アザラシのところへ来たときに彼は言いました。「ミアさんはどんな男性が好き?」
ミアは、アザラシを横目に「アザラシのような、賢い水陸両用の」と言いかけて
「あなたみたいな、髪の長い男性」と答えました。
髪の長い男は笑うと「ミアさんって面白い人だね」と言いました。
心がときめかないとミアは思いました。
何故だろう。髪の長い男性はとても外見は良いのに何かが足りない。何だろう。
水族館を見終わる頃には「この人は恋の相手ではない」とわかってしまいました。
次の日、ミアは水族館に昨日のアザラシを見に来ていました。
「アザラシさんこんにちは!」話しかけてみましたが返事はありません。
次の日もまた次の日も、毎日通いました。水族館の中にいると心が落ち着きました。
ミアは水族館では有名な存在となりました。
私はアザラシが好きなのだろうか、それも何か違うなと思いました。
アザラシの瞳をじっと見つめていると一瞬、黒い瞳の奥に宇宙が見えました。
「そんなにアザラシが気になるなら、エサをあげて見るかい?」と飼育員のおじさんが言いました。
魚をあげようと、アザラシの瞳をじっと見つめると、ミナの意識はアザラシの瞳に吸い込まれていきました。
魚、魚、魚。キラキラした魚が群れをなして泳いでいるのが見えました。
私は恋をしたことがないから、恋する感覚を知りたかったのだけど、無理みたい。
魚の群れは宇宙空間を泳いでいて、見えない驚異から逃げています。
すると一匹、ピョンと群れの中から飛び出した魚がこちらにやって来て言いました。
「君みたいな人魚は常識ではなく、心のままに動いたほうが上手く行くよ」
群れから離れた魚と元の水族館に戻ると、アザラシは魚をモグモグと食べていました。
帰ってから寮母さんに報告すると
「今度、この寮で大きなパーティーがあるからそれに参加するといいよ」
「ある程度人魚に理解がある人のほうがいいからね」
そのパーティーは、人魚と人間の交流のためのパーティーでした。
「文化が違うのだから、お互いのことを学ばなきゃだめだよ」
それから、ミアは人間の事を学びました。
パーティー当日、ミアの目の前に男性が現れました。水色のワンピースを褒めてくれました。
一緒にワインを飲んだり、会話を楽しみました。
髪の長い男性より親しくなりましたが、それでもこれは恋ではない気がしました。
寮母さんに話をすると
「困ったもんだね。でも、学費をもらってるから、泡になられちゃ困るし」
寮母さんから、ある場所の地図と申込書を渡されました。
そこは、人間と人魚限定の結婚相談所でした。
申込書には、人間と結婚するための条件がいくつも書かれていました。
「男性は容姿が綺麗なミアに声をかけてくるから、あとはミアの心が動けばいいんだよ」
「心を動かすとは、相手に心を奪われることだよ」
「心を奪われるためには、相手の良いところを見つけてごらん」
「優しいところ、見守ってくれるところ、なんでもいい」
一年後
ミナは同じ留学生の紹介で人間の男性と出会いました。
彼は34才。もうすぐ結婚します。彼は彼女のことを人魚だとは知りません。
ミナは彼のことが好きで好きでたまりません。
朝も、昼も、夜も、彼が気になって他のことが集中できなくなってしまいました。
「よかったね、ミナ。それが恋っていうものだよ」寮母さんは言いました。
「でもね、ミア。決して、相手に心を全部奪われないこと。そのバランスが大切なんだよ」
ミアは水族館の前で彼を待ってます。遠くから、彼が走ってこちらに向かってくるのが見えます。
ミアの前まで来ると、ひとこと言いました。「ミアさん、僕と結婚してください」
ミアは微笑んでうなずきました。