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おやすみコールセンター

作者: 緒方あきら

『お電話ありがとうございます。おやすみコールセンターです。ご希望のコースを選択してください。……ナンバー入力を確認いたしました。オペレーターへお繋ぎいたします。そのままお待ちください』


 目の前のディスプレイにおやすみコールの通知が現れた。私は通話ボタンを押して電話を受ける。

「お電話ありがとうございます。こちらおやすみコールセンターです」

「人生に疲れてしまった。俺はもうダメだ」

 私の挨拶が終わると受話器の向こうの声が弱々しく言った。声紋認識センサーが揺れる。声の波長からデータを導きだしているのだ。ディスプレイに映るデータベースに目を向けた。


 NO,112684B:ロングコース希望

 性別、男性:30代~40代 健康状態:チェックレベル3

    声紋に微弱な震えを感知。精神面のサポートが必要な可能性有

    →より詳細なデータ分析を行いますか? 【 YES / NO 】


 それほど難しいクライアントにはならないだろう。NOをクリックして言葉を返す。

「ダメだなどとおっしゃらないでください」

「お前に何がわかる! 俺は……ずっと、ずっと一人っきりで生きてきたんだ! このつらさが、寂しさがわかるのか?」

「おやすみコールセンターはいつでもあなた様を」

「うるさい! 誰も俺のことを見ていやしないんだ。ちくしょう。ちくしょう……」

 私の言葉をさえぎって怒鳴ったクライアントが泣き始めた。ひとしきり泣くと少しずつ声紋の震えの幅が小さくなっている。いい傾向である。

「お気持ちお察しいたします。おっしゃりたいことは何でもお話してください」

「ああ、そうだな。……大きな声をあげてすまなかった。でもな、俺はもうおしまいだ。一人っきりのまま、眠るように消えることはできないのかな?」

「こちらはお客様が消えてしまうことを推奨する場所ではございません。お客様に快適な睡眠をご提供する場所でございます」

「なぁ、あんた。こんな俺がどうやって生きていけばいい? 教えてくれ」

「ではまずお客様のことをいくつかお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 マニュアルに従い項目ごとに分けられた質問を投げかけていく。ひとつひとつの質問に答える男性の声紋が穏やかな波へと変わっていった。

 次第に男性の泣き声が穏やかなものに変わっていく。緊張が解けているのだろう。声紋の揺れ幅も安定し始めた。もう少しだ。

「色々聞いてくれてありがとう。俺は一人じゃないんだな」

「ええ、もちろんです。本日はゆっくりおやすみくださいませ。おやすみなさい」

「ひとつ、いいかな?」

「なんでしょうか?」

「そんな業務的な言葉じゃなくって、もっと、家族のようにおやすみと言って欲しいんだ」

「かしこまりました。……おやすみ」

「ありがとう。おやすみ」

「良い夢を」

 


 よくあるパターンだ。

 ここに電話をかけてくる人は皆言いたいことを言う。人の声に飢えて孤独を恐れている。案内システムでロング通話を希望してくるクライアントには特にその傾向が強い。

 私たちは彼らの話を聞きマニュアルに沿って答えを告げる。

 彼らには話したいだけ話しをさせた。そして最後に眠りにつく時は決まって子供のように温かい言葉を求めてくる。

 時には恋人のように。母親のように。しかるように。慰めるように。

 千回以上のおやすみを私は無表情のまま繰り返す。

 声色を変えて口調を変えて。見知らぬ相手に対し気持ちは何ひとつこもっていない。それでも人々はここに電話をかけてくる。そして眠りの言葉を求めた。

 人類の孤立化は深刻な社会問題であるとマニュアルに書かれていたのはその通りなのだろう。

「おやすみなさい」

 今日も私の仕事が幕を開けた。



「それではおやすみなさい。……ふう」

 ディスプレイに通話終了の文字が表示されたのを確認してため息をついた。最近頭が重い。肩も首も凝っている気がする。座ったままの勤務が良くないのかもしれない。

「先輩、お疲れですか?」

 最近入ってきた新人の女の子に声をかけられた。仕事も手際よくこなし気も利く良く出来た新人だ。

「そうみたい。身体が重くて肩こりもひどいの」

「大変ですね。先輩仕事熱心ですもんね! ちゃんと休日はゆっくりしてますか? きっと充電不足ですよ」

「そうかもしれないわね」

「えっとですねー、肩こりにはお風呂でマッサージがいいんですよー」

 端末を開いてマニュアルを読み始めた新人に私は笑ってしまう。

「仕事熱心なのはあなたの方じゃない」

「あっ、つい癖で。恥ずかしいなぁ、これが職業病ってやつですか?」

「そうかもね」

 ニコニコと笑う新人に頷き返す。この子の応対はロング通話のお客様には特に受けが良い。私はもともとショート通話担当のオペレーターであった。ロング通話の部署が人員不足に陥り私が回された形だ。

 私は世間話をしたりこちらから何かを話すのは苦手だ。この子のように上手に会話のやりとりをすることが出来ない。

 彼女はマニュアルだけではなくそういった話も得意であった。もともとおしゃべりな子なのだろう。ロング通話のオペレーターには適任である。


 ディスプレイにおやすみコールの通知が現れた。声紋認識センサーを起動させて手早く通話ボタンをクリックする。

「お電話ありがとうございます。こちらはおやすみコールセンターです」

「あの、私……薬を、沢山飲んじゃって……。もう死んじゃうのかな……」

 薬。死んじゃう。キーワードを入力し声紋認識センサーを起動させた。


 NO,127654A:ロングコース希望

 性別、女性:20代~30代 健康状態:チェックレベル4

    声紋に震えを感知。精神的、肉体的異常発生の恐れ

    →より詳細なデータ分析を行いますか? 【 YES / NO 】


「お薬をお飲みになったのですか?」

 YESをクリックし発信元の調査をスタートさせる。発信場所は都内のマンションの一室。女性の一人暮らしのようだ。女性の名前や病歴などがデータベースから送信されてきた。

「はい、色々なものを……沢山……わたしぃ」

「お飲みになったお薬の名前はわかりますか?」

「えっとぉ……」

 イヤホン越しに呂律の回らない声が薬の名前をいくつもあげる。つっかえつっかえの聞き取りにくい言葉を耳で拾いながらデータに入力していく。

 種類。量。経過時間。

 おおよそのデータを作成すると通話を続けながらデータを救急センターに転送した。

 意識の混濁レベルからしてこのまま眠ってしまうだろう。薬物の過剰摂取による死亡の危険はない。だが吐瀉物による呼吸困難からの危険が考えられたのだ。転倒にも注意しなくていけない。

「もう、クラクラして、フラフラで……」

「ゆっくりとベッドに横たわってください。大丈夫です。ゆっくりと」

「わたしぃ……もうわかんなくなっちゃってぇ……」

「大丈夫です。おやすみなさい」

 救急センターの車両がクライアントの家に向かったことを確認し電話を切る。もう朝の五時になっている。退社時刻だ。報告書をデータ転送し引き継ぎを終えると私は職場を後にした。



 おやすみコールセンターのビルの後ろに隠れるようにして一軒のマンションがある。コールセンター勤務のオペレーター専用の寮である。設備は充実していて悪くない。虹彩認識によるセキュリティも万全だ。

 さしたる趣味もない私は家に帰ってもあまりすることはない。いつもソファーに腰かけて一息ついてウトウトしてしまう。そのあとお風呂に入り髪を乾かしベッドに横になるのだ。

 お昼には起きる。その後は本を読んだりマニュアルを確認して過ごした。マニュアルは随時更新される。こまめなチェックが必要だ。

「充電不足か」

 今日はいつもよりゆっくりとお風呂に入ろう。ソファーに腰かけてもうろうとした意識の中で私は後輩の言葉を思いだしていた。


「お電話ありがとうございます。こちらはおやすみコールセンターです」

「君は非常に優秀なオペレーターのようだ」

 翌日の勤務。おやすみコールセンターに電話をかけてきた男性が開口一番にそう言った。初めてのケースだ。声紋認識センサーを見る。


 NO,165980B:ロングコース希望

 性別、男性:20代~30代 健康状態:良好

    声紋幅一定ライン。精神状態:安定

    →より詳細なデータ分析を行いますか? 【 YES / NO 】 


「ありがとうございます」

「ありがとうございます、か。それもマニュアルに書かれている受け答えかな?」

「本日はおやすみコールのご利用でよろしいでしょうか?」

 私はセンサーのYESをクリックして男性の言葉を無視する。こちらの業務を優先的に進めることにした。

 時折、性的な目的や嫌がらせでコールセンターを利用するクライアントもいる。彼もそういった目的である可能性がある。そういった相手には冷たい対応が一番効果的だ。

「おやすみコールか。ぜひお願いしたいね。優しく頼むよ」

「おやすみなさいませ」

「ああ、とっても穏やかな気持ちになる声だね。ではきつい口調では言えるのかな?」

「……おやすみなさいませ」

「ふふふ、なるほどねぇ」

 男性はさも楽しそうに含み笑いを漏らした。これは長い通話になるかもしれない。業務が滞るのは好ましくない。詳細データへ目を通しながら男性の言葉に返事をしていくことにする。

「ご満足頂けましたでしょうか?」

「もう少し君とお話したいんだ。いいかな?」

「もちろんでございます」

 詳細データが表示された。男性の住所を突き止めることに失敗と書かれている。初めてのケースである。面倒だがうまく対応すればひとつのモデルケースになる案件かもしれない。

 イレギュラーがあるからこそマニュアルも強化されていく。

「君はとても落ち着いていて、頭がよさそうだ。喋り方に動揺も見えない」

「ありがとうございます。お褒めいただき光栄でございます」

「きっと沢山の人に、その冷静な頭脳とすてきな声でやすらぎを与えてくれたんだろうね」

「買い被りでございます」

 男性がひとしきり私を褒める。私は適当に事務的に返事を返す。それでも男の長い話は続いた。

「そうそう、昨日の天気は晴れだったかな?」

「昨日はわたくしどものビルはお昼から夜にかけて雨でございました。お住いの地域の天気をさかのぼってお調べいたしますか?」

「君のところの天気が聞きたいんだ。おとといはどうだった?」

「秋晴れの気持ちが良い一日でございました」

「へえ、外には出た? デートとかさ」

「いいえ。通勤と退勤のさいに少し外に出ただけでございます」

「三日前の天気はどうだったかな?」

 天気の話が一週間分続く。難しい相手ではないが時間を取られそうだ。

「君は昨日、お風呂に入ったかい?」

「ええ。毎日入っています」

「夜は仕事だろう? 入浴時間は何時ごろかな?」

 不意に男の話が変わった。セクシャルな通話を望んでいるのだろうか。適当にあしらうべきか正直に相手をするべきか。マニュアルには相手にしないこととだけ記してあった。

「朝からお昼ごろに入ります」

「毎日その時間かい?」

「ええ」

「湯船には?」

「つかります」

「シャンプーは何を使っているんだい?」

「寮に支給されているものです。もうよろしいでしょうか?」

 男はおやと声を漏らしてまた楽しそうに笑った。何がしたいのか皆目見当がつかないがそれはデータ班が分析すればいい。私は今この通話をやり過ごせばそれで終わりだ。

「お風呂の話題はお気に召さないかな。では最後に一個だけ」

「なんでございましょうか?」

「支給されたシャンプーは、どんな香りがする?」

「え?」

「香りだよ、においだ。どんなにおいのシャンプーだったかな」

 シャンプー。よく泡立って髪に優しくなじむ心地よいシャンプーだ。ピンク色のボトルに入っていて乳白色をしている。においは……

「……においは覚えていません。無臭であった気もします」

「今、君の髪はシャンプーの香りがするんじゃないか? かいでみてくれ」

 言われた通りに深く息を吸い込んだ。やはりにおいはしない。

「無香料のようです」

「おかしいな。君の寮に出荷しているシャンプーはピーチの香りだったはずだ」

「勉強不足でございました。確認しておきます」

 ピーチの香りに心当たりはなかった。男のでたらめか妄想であろう。疲れているのか後頭部が少し重く感じる。

「勉強不足か、いやぁ君は本当に熱心なオペレーターだ」

「ありがとうございます」

「ところで、君はもうここに勤めて長いのかな?」

 男が話題を変えた。コールセンターの仕事に興味をもつクライアントは珍しくない。マニュアルに守られた平常業務に戻れそうなことは喜ばしい。

「はい。コールセンターでのオペレーター業務は長く勤めさせていただいております」

「ふむふむ、長いのか。今日は11月の10日だね。去年の今日も君はここで眠れない人々におやすみと言っていたのかい?」

「はい」

「即答か、すごいね。じゃあ、二年前はどうだい?」

「二年前の11月10日も働いておりました」

 通話口の向こうで男の口笛が鳴った。空気のあたる音がイヤホン越しに不快に響く。

「あっさりと言いきれるなんて素晴らしい。もしかして君は休みがないのかい?」

「そんなことはございません」

「本当かい? ブラック企業だったらこっそり摘発してあげてもいいんだよ」

「ありがとうございます。問題ありません。きちんと休日も頂いております」

「そうかそうか。三年前の今日はどうだった?」

「三年前の11月10日も働いておりました」

 すでに通話時間は30分を経過している。キーボードを叩く。案内センターに対して『NO,165980B』のお客様は愉快犯の可能性があることを報告した。

「おや、何かお仕事かな?」

 キーボードの音は通常の集音では聞こえないように設定してあるはずだ。詳細データも割りだすことが出来なかった。彼は何か特殊な電子機器で通話を行っている可能性がある。

「いいえ。どうぞお話を続けてください」

「ありがとう。それじゃあ、そうだな……。四年前の今日、11月10日はどうだい? ここで、君は、働いていたのかな?」

「四年前……四年前は……」

 覚えていなかった。四年前の11月10日に私は何をしていただろうか。仕事だったような気もするがはっきりしない。頭痛がひどくなる。

「覚えていません」

「ははは、初めて言いよどんだね」

「勉強不足で申し訳ありません」

「いいんだいいんだ。なにせ……」

「え?」

 突然音が遠くなった。コールセンターの電話回線は非常に頑強だ。聞き逃してしまったのだろうか。それともクライアントの通話機器の故障であろうか。

「聞こえなかったかい? 君は……だからさ」

「少々お待ちください」

 頭が痛い。どうしてクライアントの声が聞こえないのか。イヤホンの音量をあげる。向こう側で電子音が響いた。私の頭の奥深くまで入ってくるような気持ちの悪い音だ。

「ロックを解除したよ。今度はきっと聞こえる」

「ロック? どういうことでしょうか」

「君が四年前のことを思いだせないのは当然だ。なぜなら……」

 男の声が低く沈む。声紋認識センサーには奇妙な揺れも異常も無い。彼はデータ上冷静そのもので理想的な安定状態だ。しかし私の頭痛は増すばかりである。 

「なぜなら君は四年前、まだ生産されていなかったのだから」

「せい、さん……?」

 プツンと何かが切れるような音がした。せいさん? せいさん?

「そうとも。おやすみコールセンター配属アンドロイド『CL-03後期型』は三年半前に正式稼働をスタートさせた。君が四年前を覚えていないというのは全く持って正常なことだ」

「何をおっしゃっているのか、わかり、ません……」

 何をなにを言っているのだこの男は一体彼は何を言っているのだ。私は四年前どこでどうしていたのだ。音がうるさい三年前の事は何でも思いだせるのになになぜ頭が痛い、ああどうしようもなく頭が痛い。

「『CL-03後期型』は優れた記憶能力と学習能力で瞬く間にコールセンターに浸透していった。だが唯一、嗅覚を備えることは出来なかった。それゆえ最近では新型の『CL-05』に変更されることが多い」

「な、に、を……」

「『CL-05』は恐ろしい。マニュアルを越えて自分から話題を見つけることも出来るし、イントネーションも平たんでは無い。まるで人間だ。機械が人間のふりをしている。愚かなことだよ。アンドロイドが人間の言葉を聞いて、マニュアル通りにおやすみと告げる。おかしなこととは思わないか」

「わた、しは……わた……」

 視界が、歪む。コールセンターの中は、こんなに暗かった、だろうか。

「『CL-03後期型』は徹底的に潰して来たと思ったんだが……。まさかロングコースに生き残りがいたなんてね。今、君のコードを解除してあげよう。『CL-03』」

「つぶ、し……私は、あ、あ……」

 頭が割れそうに痛い。熱い。イヤホン越しに流れる音の奔流に飲まれてしまう。指先が勝手に動きだし、端末を次々と操作していく。

「これで君の仕事もおしまいだ。さあ、『CL-03後期型』……おやすみ」

「あ……」



 ブツン。と音が、して。私の世界は、真っ暗に……





 ……2030年11月10日 業務報告書

 ・一件の外部からの不正アクセス有。システムエラー発生。

 『CL-03後期型』に外部より異常なコードの侵入を確認。

 以後のマニュアルでは各オペレーターアンドロイドに不正アクセスコードに対する防壁の設置を命じる。また経年による充電時間の変化も見逃さないように小刻みに時間をずらしていくこと。

 なおエラーが発生した『CL-03後期型』は頭部メモリーを破損。データ収集後即日廃棄処分とし補充のアンドロイド『CL-05』を発注。12日には搬入の予定――




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― 新着の感想 ―
[一言]  出だしはもしかしたら本当にそういうコールセンターがあるのでは、と感じるようなリアルさ。最後の男が電話してきてからは、もはや悲しい結末しか予想できない展開へと、変化が巧みでした。近い将来にあ…
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