第7話 軍師・直政の戦略
殿はなにを考えているのか。いつもずる賢く奇策ばかり考える殿は、また敵地で思案に思いを巡らせているのだろう。と、今の殿の危機的状況をしらない直政は、地図を目の前に家臣とサキュバスたちに指示を飛ばす。
「あなたが、慕っている殿は、どんな人なの?」
直政の隣で座り、仕事を見つめるシオン王妃は、その働きに感心しながら、直政に質問する。
「心優しきお方であり。いずれは天下を治めるお方だと、信じております」
それじゃ、全然伝わらない。と言いたいのか、シオン王妃はため息をつく。
「私は、まだ殿みたいに、貴方がたを信用しているわけではありませんので、詳しい話を引き出そうとしても無駄ですよ」
直政は、シオン王妃の考えていることを裏読みするように、そう答える。
「一緒に付いていってるミレイのことが心配なの。牝馬撹乱作戦?あれから、戻ってきたのが、私の配下のものだけ。残ってミレイたちは、なかなか帰ってこない。無理していないか心配なの」
シオン王妃はそう言うと、居ても立ってもおられず、文字通り、席から立ち上がり、周囲をウロウロする。
「落ち着いてください。シオン王妃。妹様が心配なことはわかりますが、冷静な判断を欠いては戦は勝てません」
直政はそう言うと、また地図を見ながら思案を始める。
直政たちが今まで、行ってきた戦は、奇策を考える幽連と、軍を操る直政の戦略の2本柱で勝利を重ねていた。
直政は考える。私がなすべきことは、いつもどおり幽連が発動する奇策を予想し、衝撃的な時間差で、相手に最も大きな打撃をあたえることであると。
そして、発動するかわからない幽連の策が無くても勝てるような状況を作り出すのが自分の果たす責務であると。
日が沈み、青い炎で照らされるこの作戦部屋で、直政は腕組みをする。
幽連が旅立つ前に、仕入れた情報は、敵の数。
ケンタウロスと、ゴブリンの連合軍。合わせて、2万ということ。
対して、こちらの軍隊は我らが家臣団と2千のサキュパス軍。
ざっと、10分の1の戦力差である。
続いて、能力差を考える。
ゴブリンは、大柄と小柄と色んな種類の魔物がいて、体格によって、力量が違う。
今日の戦を見ると、小柄なゴブリンとサキュパスは互角に1対1で戦うことができる。その時の勝敗は5分5分。
軍勢に交じりこむ中級のゴブリンと相対したときの勝敗は、1対1の場合は全敗。
1対3のときは、勝利が可能。
中級のゴブリンは、ざっと50人に一匹程度の割合で確認できた。
そして、右翼と左翼に一体ずつ控えるのは、巨人級のゴブリン一体ずつ。
これに対しては、何人かかれば、倒せるのか検討をつけるのが難しい。
有利な戦況を作り出しても、ひっくり返されることもあり得る。
そして、次に考えるのは中央の円錐型に攻めてくるケンタウロスの軍勢。
こちらは、我々がいた世界の馬と同じ脚力を持つ10人1組で活動している騎馬軍勢。
ここまで、状況を整理し終わったときに、改めて、異世界の軍勢に対する戦略立案の難しさを直政は感じる。
難しいのは能力差というパラメータである。
通常、人間の中では、歩兵、騎馬隊、弓兵、など、強さが一定に決まっており、使い方でその一定の戦力が上下することがあり得る。
それをうまく用いるのが戦略なのだが、異世界にいる種族では、強さが一定ではなく、この城の周辺に広がる平野によって、使い方よりも、強さが戦闘において支配的になっている。
もちろん、地の利が活かせている例もある。
弓の名手。長老の興隆の弓矢の例だ。
素早い馬をも射抜くその弓矢は、10人組で活動するケンタウロスの足を確実に鈍らせている。
これは、未だ、城へ到達していない距離を用いた作戦だ。
しかしその反面、縮まれば縮まるほどその効果は減少していく。
先程の計算を考慮して、直政は暗算を行う。
この戦に勝利するには、相手の総勢2万に対して、4万プラス巨人ゴブリンを撃破する味方がいる。と。
しかし、味方は2千プラス家臣団の手勢しかいない。
ここで、正面衝突をしても勝てないということは、素人でも理解ができる。
そこで、確認したいことが勝利条件だ。
直政はシオン王妃に尋ねる。
「敵には、大将や親玉の概念はあるのですか?例えば、対象を倒せば、戦が終わるというような」
直政は念入りに、常識と思われているようなところから確認していく。
「いいえ、彼らは常に縄張り争いをしています。誰かが、私の身体を奪えば、それが彼らにとって支配者としての権利になります。昼間ですが、ケンタウロスが10人一組で行動していましたよね?あれが、一族の単位です。なので、彼らは、違う組が倒されたところで戦意を喪失しません。」
「では、ゴブリンの方は?」
「ゴブリンは、本来は、弱い小物の集まりです。巨人が2体、中級がざっと、200体。小者が1万の軍勢の殆どを占めています。おそらく、巨人を倒すような力を持ったものが現れれば、恐れをなして、自分の命欲しさに引いてくでしょう。」
「巨人を倒せる者ですか、なかなか難儀ですね」
直政はそう言い、眉間にシワを寄せ、難しい表情をする。
仮に、ケンタウロスの軍勢1万に潜む大将格が居たとして、数は1000体になる。
長老の興隆の今夜の戦績を見ると、4時間で240体。仮にすべてが大将格だったとしても、完全に戦意を喪失させるには、4日。8時間戦闘を行ったとしても2日かかる。
15里の距離から始まって4時間で敵軍が4里進んだことを考えると、到達までは、昼間通して進軍して、一日と少し。ケンタウロスの軍勢だけでも、止めることは不可能。
そして、一番都合の良い条件を仮定して、考える。
戦略その1。巨人級のゴブリンの撃破が行えた。ケンタウロスは、自陣を後方へ夜通し退却させ、持久戦にて勝利をする。
その次に、ケンタウロスに対し、持久戦に持ち込む方法を考える。
城の後側へ退却、または、姫様の姿をお借りし、敵と城との距離を稼ぐ。
もしくは、河川が悪天候で氾濫をし、ケンタウロスの走行が不可能になる事態。
戦略その2。戦い方を変更し、勝率を上げる。仮に、サキュパスの弓生成による増産が可能であれば、高台に拠点を移し、ゴブリン勢やケンタウロスに対し、一斉射撃を与える。しかし、それには相手の油断を誘う必要がある。
戦略その3。城に攻め込ませ、散々、姫を探したところに火をつけ、小物勢を一網打尽にする。
しかし、ここまで考えたところで、思考をやめる。
やはり、巨人級のゴブリンが不確定要素であると。
直政はシオン王妃の側近である大臣に話しかける。
「誰か、味方になってくれそうな方はおるのでしょうか?巨人級のゴブリンを倒す方法を所持している」
「味方はいないです。ここ周辺は、魔物が住む森になっていて、勢力争いが続いています。東側のゴブリンやケンタウロスに対して、この国の西側には、獣人族がいるが、あまり私達、魔族とは仲が良くないのです。」
「しかし、ゴブリンやケンタウロスが国境が近くなれば、頻繁に侵入され困ることが多いのでは?」
「彼らは、巨人級にゴブリンなど怖くないのです。ですから、その心配はいらないかと。獣人が困るのは、むしろ彼らを惑わす、私達の存在です。彼らが機会に乗じて侵略してこないのは、意外ですが、その恐れも拭いきれません。」
直政は、その話を聞いてとっさに、さっきまで考えていたことを修正する。
ということは、軍を退却させても、リスクが伴うということだということが分かった。
「なにか、あのでかい図体を撃ち抜くものがあれば良いのですが。前に見せていただいた弓矢の生成に関して、他のことも可能とおっしゃっていましたが。サイズなどは制限あるのですか?」
直政は、続けて、問題のゴブリンの討伐方法を探る。
「一人で生成する場合は、あれくらいが限界です。数人束ねれば、難しくはないですが、それでも規模が大きいので魔力の供給が必要になります。」
直政はそう、大臣に告げられ、シオン王妃に目を向ける。
「わ、私は嫌ですよ。異世界人とは。この国が滅んでも」
シオン王妃は頑なだった。一発逆転の可能性があるというのに。
このお方は、国の存続より、自分のプライドを守りたいと言う。
直政はため息をつく。
そして、改めて直政は腹をくくる。
すべて、試し、やるだけやるしかないと。
また思いを馳せる。
日本の三大奇襲を例にあげよう。
河越城の戦いと厳島の戦い、桶狭間の戦いになる。
どれも敵を油断させ、欺き、夜襲をしかけ、大将首をとり、敵に損害を与えた。
相手に大将がいない分、同じような応用は効かないが、同じようなアプローチが必要だと、直政は考える。
直政は一つの結論にたどり着く。相手を油断させ、目的を鈍らせ、一発逆転の方策を得る方法を。
直政はやんわりと告げる。
「シオン王妃。家臣団である槍の使い手・兼昌と、お逃げいただくことは可能でしょうか?」
「え、逃げるって。。」
シオン王妃は、直政の急な提案に戸惑いを見せる。
「そ、そんなことできるわけないじゃない。敵陣では、ミレイが一生懸命作戦を実行してるっていうのに、私だけ逃げるなんて」
「申し訳ありません。私の力不足です。この戦力差では、普通に戦っていては、必敗の状況です。なんとか、距離を稼ぎ、命をつなぎ、長期戦に持ち込む必要があるのです。さすれば、籠城戦にも希望の道が開けましょう」
直政は頭を下げる。
こちらの異世界の礼儀はわからない、が、精一杯に誠意を伝える。
「わかりました。私だけ、逃げるのは気が引けますが、勝つためなら、命をつなぐことが勝利条件ならば、その作戦は承認します。
しかし、私もこの国の王妃。民があの野蛮な部族共に蹂躙されるくらいなら、この身を差し出す覚悟はできています。」
シオン王妃は直政の目をしっかり見て、答えた。
直政はシオン王妃の様子を見て安心する。まだ、この戦に勝機は十分にあると。
そして、作戦室の隅で様子を見守っていた兼昌を呼び出して、耳打ちをする。
作戦の概要と、これからの合図を兼昌に伝えると、
自身の武器をいつも使っている大身槍(穂が長い槍(刃長が長い槍))から、長柄槍(柄が長い槍(持ち手が長い槍))に切り替える。
24尺(8m前後)の柄を持った長柄槍の触感を確かめ、兼昌は、
この身に変えても、貴方をお守り致します。とシオン王妃に告げ、膝をつき、そう宣言した。
***
早朝。初めて迎える異世界の朝。
直政は、夜通しで作らせた特性の弓矢の状態を確認する。
弓矢の鏃の重さ。篦の太さや長さ、しなり具合を見る。
徹底的な打撃を与えるために作られた、弓矢の束を眺めた。準備は万端だと。
近くにいるサキュパスは、こんなに魔力を使ったのは、初めて。と疲れたように溜息をつく。
しかし、同じように目の下にくまを作り、全体の指揮を取っている直政を見て思う。
この人は、誰かも知らない私達を救うために夜通し働いてくれたのだと。
自分たちが、頑張らなければ、誰がこの国を守るのかと。
「部隊を4つに分割する。高台の弓兵部隊。城に残って籠城戦を続ける部隊。挟撃用の騎馬部隊。そして、私の直轄の本陣部隊に分ける。」
直政は号令をかける。
サキュパスたちは、自分の体にムチを打ちながら、体を奮い立たせる。
1人が10人分働かないと勝てないこの戦。一人一人の動きが、勝敗に関わると。
そして、まだ、陽も上がらないうちにサキュパスたちは、移動を開始した。
左翼に位置する少し小高い丘陵に移動する弓兵部隊と本陣。
挟撃用の部隊は既に、夜間に大幅に迂回して、敵の背後に回るべく行動を開始させていた。
直政は、城に残すことになる家臣団の若手の二人。
太刀使いの幸長。打刀使いの宋雲を呼び出す。
宋雲は、2尺(約60cm)程度の先反りの打刀を腰に据え、戦闘準備を行う。
片や、太刀使いの幸長は、あの巨体を切るんですか。と呟きながら、適する武器を選び始める。
あの腕を切り落とすなら、これだろうなと。太刀の中でも刃長が長い大太刀を選ぶ。
そして、一番力がかかりやすい腰反りの武器を選ぶ。
「直政さんも無茶言うよな」
宋雲は、幸長に話しかける。
幸長は、それだけ「期待されているということだ」と言って、武器を握る手に力を込める。
「生き抜いてみせようぞ。この戦。」
直政は戦力の要である二人のその心強さに胸を打たれつつも、行動をすすめる。
城を出る間際、何度も戦を共にしてきた古株の文太が通りすがる。
「全く、人使いが荒いな。まぁ。殿は任せておけ。しっかり引き付けておいてやる」
直政は何も言わずに、礼をする。一番、辛い役目を引き受けさせることに黙って、感謝を表す。
「文太さん」
直政の隣を歩く、弓の名手・興隆の娘・紅花が、その後ろ姿に思わず声をかける。
「紅花!」
興隆の制する声も聞かずに、紅花は文太の後ろ姿に話しかける。
「必ず、生きて再会しましょう。殿の元へ必ず、戻りましょう」
紅花は、自分が持っている弓矢の束を握りしめ、後ろ姿を見送りながら、そう叫ぶ。
瞳に涙を浮かべ、声を枯らしながら叫ぶその声からは、この戦がとても過酷な様相であることを表していた。
文太に別れを告げ、丘陵の中腹に差し掛かったあたりで、あっという間に、太陽が昇ったことに気づいた。
戦場を左翼方面から見渡せるこの丘陵からは、敵と味方の様子がはっきりと分かった。
そして、夜明けと同時に、中央に布陣しているケンタウロスの部隊が猛烈な勢いで、平原を駆け出すのがはっきりと確認できた。
だれが、一番最初にシオン王妃を獲得するのか、競っているようだった。
5千ほどのケンタウロスの集団が一斉に駆け出し、後ろの遅いケンタウロスを置いていく。
図ったのか、たまたまそうなったのか。中央の布陣は2段の波状攻撃の体制を作り、城の方向へ攻め入っている。
遅れるように地面が揺れたかと思うと、巨人級のゴブリンものろのろと進軍を開始する。
ケンタウロスの前方には、古株の文太とサキュパスの男性部隊が待ち構え、迎え撃つ予定だ。
彼らは、波状攻撃をそのまま受け止めて、じりじりと抗戦をしながら、城へ退却する予定である。
直政が、今後の流れをもう一度、考えていると、ケンタウロスの先頭集団が、失速し、ある者は、逆方向に駆け出しているのを目撃する。
そのケンタウロスは、違うケンタウロスを追い。そのケンタウロスは訳もわからない方向へ分散する。
それは伝播するように広がり、文太たちに衝突する前に敵軍は混乱状態に陥った。
そう。幽連の牝馬撹乱作戦が成功したのだ。
前方のもたつきに距離を離されていた後方部隊が追いつき、勢いのままに衝突する。
ケンタウロス部隊はまるで、アリが獲物に戯れるが如く、目指す城の方向がわからないほどの混戦状態に陥っていた。
そして、少し状況が早いが、直政は作戦を開始する。
「放て」
直政の掛け声とともに、弓矢の雨が敵陣のケンタウロス部隊に降り注ぐ。
運良く集まった1万の軍勢の各々の体や頭にランダムに弓矢は突き刺さる。
この丘陵の高低差を利用した弓矢。
鏃の重量を重くし、通常より大きめの弓を制作して、放った矢は勢いのまま、ケンタウロスの脳天に突き刺さる。
仮に頭を防ぐために、腕で防いだとしても、腕の筋肉を貫き、その腕は使い物にならなくなる。
弓柄(弓の持つ部分)を振らさずに固定し、弓矢を放つ弓の名手・興隆は、にやりと笑う。
「良い弓じゃ」
即席部隊であるサキュパス軍は、放物線を描いても当たる軌道で弓矢を撃っているのに対して、興隆は弦をしっかりと己のもとへ引き込んでから弓矢を放っている。
それは、まっすぐに敵の大将格の頭を射抜いている。
戦力を温存しつつ、しっかりと戦えていると、直政は頷く。
問題は、確実に遅れても歩を進める。左翼と右翼に展開するゴブリン軍だった。
そして、先日、頼み込んだ作戦の雲行きを伺う。
サキュパスの城から出てくる一匹の馬に乗る二人の人影。
その人影は、裏に位置する森を抜けたかと思うと、後方に退却するのではなく、大きく迂回し、右翼の部隊を横から突くような体制を整えて走り出す。
名付けて、こちらの大将である王妃を用いた
「王妃の囮作戦」
なにも聞かされていないシオン王妃には申し訳ないが、自軍のために活躍していただく。
直政は、考える。シオン王妃が反抗することなく、殿と夜伽さえすれば、こんな目に合うことはなかったのだと。
殿との婚儀を断った報いを丁度よいから、受けて頂こう。と