第4話 籠城戦
ワシはいくつもの、戦をくぐり抜けてきた。
道のりは、険しかった。常に、自らが所持している手勢は満足言えるほどではなかったし、物資の量や、戦力で差がついている戦も多くあった。
そのため、わしが繰り出した戦術は、どれも夜襲や、地形を利用した誘い込み、または、城を使った節約戦法など、一対一の状況を避けつつ、確実に勝利を収めていく手法が多かった。
まさに、今の状況「籠城戦」というものは、ワシの常套手段中の常套手段だった。
籠城戦を単に、守りを固めた耐久勝負と思ってもらっては困る。
事実として、耐久勝負というのは、確かなのだが、通常の勝ち戦は、その先の展開を見越して、籠城戦に入る。
その先の展開。
つまりは、味方が着くまでの時間稼ぎ。
または、敵に不利な条件が訪れるまでの時間稼ぎ。
または、心理的な油断を利用した奇襲など。
敵に応じて、守りの戦術と、裏をかく戦術を使い分ける。
これが、籠城戦じゃ。
よって、ワシは、急遽、間借りしたサキュパスの城の作戦立案室で、ココらへんの地形が書かれてある大きな地図に、印をつけていく。
そう。まずは。
「ミレイ。敵の情報を教えてもらえるか?」
「敵は、ケンタウロスと、ゴブリンの連合軍。合わせて、2万と言ったところ」
「2万か。それぞれの特徴は?」
「ケンタウロスは、馬の足に、人の胴体が一体になっている。魔物よ。すごく、足が早くて、剣術も得意。それと、かなりの怪力」
ミレイは、難しそうな顔で、ケンタウロスの絵を書く。
ああ。便器タウロスと同じなのだな。
とわしが、冗談交じりにつぶやくと、横から、ミレイのグーパンチが脇腹を小突く。
「ゴブリンは、大柄と小柄と色んな種類の魔物がいて、体格によって、力量が違うわ。鉄の混紡を持っていて、こんな感じの魔物よ」
ミレイはまた、どくとくなタッチでゴブリンの絵を書く。
そして、軍勢をコマに見立てて、地図の上に配置していく。
気持ち悪いな。この世界の妖怪は。
鬼のような形相に、ワシの顔は引きつる。できれば、会いたくはない。
「では、次に。連合を組んだ敵の狙いは?」
「それは、もちろん。姉さんの身体よ」
「身体?首ではなくて?」
「ええ。身体よ。彼らは、姉さんのエロい身体欲しさに、この国に攻め入ってきたの」
ワシが王妃様の露出度の高い王族の服装を見てしまったせいか、変な間があく。
向かいにいたシオン王妃が家臣の影に隠れた。
「では、ワシたちの勝利条件は、全滅か、シオン王妃を守り抜いて、敵を殲滅というわけだな?ちなみに、こちらの手勢はどの程度おるのじゃ?」
「えっと、離反が増えたせいで、2千ほどしかいないわ」
まさに、絶体絶命。
ワシの額に冷や汗が流れる。
ワシが少し、不安そうな顔つきをしていると、
机を囲む家臣団に目を配ると、皆が、クスクス笑っていた。
「久しぶりの劣勢だな。」
陽気な声で、古株の力自慢の文太は言う。
そして、その表情を見て、思う。
若返ったのは、ワシだけなのか。と。
古株の文太は、40歳程度に見える。
こちらに来る前と、変わったように見えない。
むしろ、チラっと。
弓の名手。長老の興隆の左手に立っている娘・紅花を見る。
あれ、もしかして、興隆の娘さんと同い年になっちゃった。ワシ?
なんだか。複雑な気持ちである。
そして、また襲ってくる地震に一同が、フラつき、シオン王妃が怯えた表情をしているのが見て取れた。
「と、とにかく。一刻の猶予もないようだ。ワシと、ミレイ、直政は残って、ほかは、今いる手勢の応援に向かえ。作戦は、あとで伝える」
承知。
そういうと、ワシの家臣たちは、王宮の大臣たちに案内されて、戦場に赴いた。
10分の1の戦力差を埋めるには、相当な労力を要する。
大将級のものがいれば、可能だが。雑兵の大半は、そこまで力を有してはいない。
何か、自分たちのリソース以外から、戦力を補強する必要がある。
そう考える矢先に、軍師の直政が、ミレイに質問をする。
「つかぬことを御聞きいたしますが、サキュパスの軍隊というのは、どの程度強いのでしょうか?」
「そうね。もともと、戦闘に特化した種族ではないの。魔法を使って、他の国との力の均衡を保っていたから。私達の母が大魔法使いだったんだけど、亡くなってから、均衡が保てなくなったわ。王宮の魔法使いは、あなた達を呼びよせるために魔力を消耗してしまったし、今できることといえば、こんな事くらいだわ」
ミレイはそういうと、なんだか呪文のようなものをつぶやくと、手のひらに紫色の光を集め、なにか物体を作り出した。
ミレイが作り上げたのは、弓矢だった。
「私達は、想像したものを作り出せる力を持ってるの。もちろん、魔力は消費するけど、これくらいだったら、いくらでも作れるわ。」
ほお、これはすごい。と、軍師・直政がミレイの作り出したものを眺める。
しかし。
そう、ワシは、思いを巡らせる。
物質が作り出せたところで、人手不足が解消するわけではない。
弓矢は放たれることなく。城内に貯まる一方だ。
「まさに、猫の手も借りたいといったところか」
ワシは、少し肩を落とす。
間違いなく劣勢。
こんなに、劣勢の状況で戦ったことは無いのぉ。
砲弾でまるで場内が撃たれているように、城が振動している。
これは、なんだ?と横のミレイに話しかけると、巨人級のゴブリンが、近づいてきているとのこと。
あっさり、凄いことを言ってくれる。
城が踏み潰されるまで、一刻の猶予も無いということか。
さっきから、汗ダクダクじゃ。
冷や汗祭りじゃ。
直政も厳しそうな顔をしている。
ワシは、目を凝らして、何か地形にヒントが落ちていないかと、地図を読み取り始める。
そして、この城から、5里ほど、離れた地点に川が流れていることに気づく。
この川が氾濫すると、なれば、地形に沿って、ケンタウロスが攻め入っている平野に流れ込まれる。
ケンタウロス。。。ミレイの絵から察するに。
要するは、馬じゃろ。馬。
馬なんじゃから、沼地は走れないはず。
そして、横にいるミレイに聞く。
最近の天候は、どうなんじゃと?
ミレイは驚いた様子で、なんでそんなこと聞くの?と言いたげに、返事をする。
ここ最近は、日照り続きよ。
まぁ、私達は、食事とか別の手段で取れるから、関係ないけど。と。
別の手段って。なんですか?と、そのまま聞きたくなかったが、きっと、魔物特有の手段だろうと、察してそれ以上深堀するのをやめる。
直政。とわしが声をかけると返事をする。
「そうですね。もし、雨が降れば、河川が氾濫すれば、殿のご推察どおり、ケンタウロスの勢いは一気に落ちるでしょう。そして、その弓矢。丸太に変えられれば、さらに良いでしょうな」
直政は、いつものように顎髭をいじりながら冷静に答える。
さすが、直政じゃ。わしの思いを汲んでさらに、アイデアを足してくれる。
「なるほど、丸太ね。できるわよ。今は大きくはしないけど」
ミレイは頷いて、手元の弓矢を小さい木の棒に変えてみせる。
よしよし。
わしは頷く。
これで、籠城戦にすることの意味ができてきた。
つまり、耐久戦の後にある、一発逆転。囲碁の盤上をひっくり返す作戦。
そう、ワシたちはもう既に詰んでいるのだ。だから、そういう作戦がいる。
「天候が変わるまで、耐久できるかじゃな?」
「無理ね。」
そうあっさり、ミレイは答える。
「あなたの世界では、どうなのかは、知らないけど、ここの地域は極端に雨量が少ないのよ。それこそ、神の運に頼るか、大魔法が使えない限りはあり得ないわ」
うん?
そして、ワシの長年の戦歴による勘というものがすぐさま働く。
ワシたちの”おまんまは”と?
食糧は無いのか?と。
ミレイは、わしの表情から察するように答える。
「安心して、あなた達の食糧は確保してあるわ。言ったでしょ。私達は、なんでも作り出せるの。」
そういうと、ミレイはまた、手のひらに紫色の光を集め、なにか物体を作り出した。
ただし、生命以外は、と付け足して。
そして、手の平の上に作り出したのは、豆のようなものだった。
「合成物質みたいなものよ。栄養にはなる」
ミレイはそう言って、ワシに作り出したものを一つ渡し、食べてみろと、ジェスチャーしてみせる。
ワシは、言われるがままに豆のようなものを口の中に放り込み、奥歯で噛んでみせる。
豆が潰れる音がして、中から、液体のようなものが漏れ出したのが理解できた。
いきなりだったので、思わず呑み込み。
おえ。と嗚咽してみせる。
苦い。と。
なんじゃこれ。こんな不味いものがあるのか。戦時中だから、許そうと思うが、昆虫食のような味だった。
たくさんあるから、よく食べてはいたが。。。
そして、ふと、気になる。
なぜ、ケンタウロスや、ゴブリンは繁殖をしているのかと。
横にいるミレイに聞いてみる。
「サキュバスは、その、分かったんじゃが。ケンタウロスやゴブリンは、どのようにして、ご飯を食べておるのじゃ?」
「うーん。あいつらのことは、考えたくもないけど、きっと、共食いじゃない?」
いや、でもこれでは、これだけの軍勢になっているだけの、理由が思い当たらない。
そもそも、本当に、ここは日照りの国なのだろうか。
ワシはそう考えながら、5里ほど離れた、川沿いを見る。
干乾びているわけではないのに。
。。なにも思いつかん。違和感だけが、頭の片隅に蔓延る。
異世界特有なのだろうか?と。
そして、さらにケンタウロスの攻略作戦を考える。
現在、展開されている敵の軍勢は、中央に突破目的のケンタウロスの軍勢。さらに右翼と左翼に足は遅いが、ゴブリン部隊が控えている。
「ケンタウロスの指揮系統はどうなっておるのじゃ?」
「10人1組で、行動しているようだわ。分かりやすく頭に甲冑をつけているのが、そうだわ」
そう言って、ミレイは、城の窓際に案内する。
地上、3階ほどの場所に位置するこの部屋からは、ケンタウロスがこちらに走り込んでくるのが確認できる。
あー。あれか。ケンタウロス。
そして、その速さに驚く。そう。思ったより速い。ワシが所持している馬より速いと。
しかし、やはり、小回りが利かないように見える。進み方も馬特有の片足が出ずっぱりの走法。
そして、想像通り、一本だけ、まるで流れ星のような見惚れるような弧を描いて、飛んでいく弓矢がある。
流石じゃな。いつ見ても、惚れ惚れする。
おそらく、ワシの家臣。弓の名手。長老の興隆の弓矢であろう。
指示を飛ばさなくても、察したのか、分かりやすく頭に甲冑をつけている大将格の胸・心臓あたりを撃ち抜いている。
ワシの戦いはいつも、劣勢が多かったためか、大将格を見抜いて、急所を狙うことも多かった。
射抜かれたケンタウロスは、次第に失速し、後続のケンタウロスを巻き込みながら、倒れる。
目の前が把握できなかったケンタウロスは、玉突き事故のように、順番にコケていく。
よしよし。わしは頷く。これで、しばらくは時間が稼げるだろうと。
問題は、左翼と右翼に展開する巨人級のゴブリン2体。
ざっと、15里ほど離れた距離にもかかわらず、でかい図体が確認できる。
この部屋と、同じ目線ということは、3階建て分。
このゴブリンが到着すれば、ひとたまりもない。ということは一目瞭然だった。
気づけば、来た時間が遅かったせいか、巨人級のゴブリンの背に日が暮れそうな太陽が映る。
「夜は、どうしておるのじゃ?」
「夜は、彼らは夜目が効くから、攻めて来れるはずだけど、いまのところ来ないわ。まぁ、余裕で勝てる相手に夜通しで、攻めたりはしないわよね」
なるほど。
油断が生じていると、ワシは感じ取る。
この戦に勝利するためには、盤上を狂わせる一手がいる。
直政にまかせておけば、おそらく、水攻めや効率の良い軍の仕切りはやってくれるだろう。
ワシは任せたぞ。と直政と目を合わせる。
直政は、ハッと、頭を下げる。
ミレイ。わしは声をかける。ワシはこちらの世界に来た瞬間に味わった。ピンク部屋の体験を思い出す。
「この城のとびっきりの美女10人を集めてくれ」
ミレイは、ワシの思いついた作戦はなるべく避けてきたのに。と、嫌そうな顔をする。
続いて、シオン王妃の表情を見ると、怪訝そうな顔をしている。
ミレイは、仕方ないのね。と頷く。
「エロい身体欲しさに群がってきた、野獣共に一泡吹かせてやろうぞ。
名付けて、牝馬撹乱作戦。」
ワシはそう、啖呵を切ると、ミレイと、呼び寄せた忍者の半蔵と共に、美女に会いに、赴いた。