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遊楽生活@異世界にて  作者: YaTaro
12/12

第12話 ご褒美

「なんとか勝てたのぉ」

 ワシはおちょこに入った日本酒を、くぃっと、呑み、隣の軍師に話しかける。


「殿の牝馬撹乱作戦。あれのおかげですよ。開始早々かなりケンタウロスを減らすことができました。全く、いつも変な奇策には、驚きますが。。」


「その奇策に合わせる直政なおまさ。お主の腕も大したもんじゃ」

 ワシは、気分良く、直政に酒を注ぐ。


 ありがとうございます。と、いつもどおりのお硬い会釈をして、直政は酒を呑み、食事をすすめる。


 淡々と、豆を口に運ぶ。直政。

 こいつは、いつも変わらんなと。いや、少し目尻が老けたか?と感傷に浸りながらも、声をかける。


 というか、周囲を見渡してから、耳打ちをする。


「お主の作戦にも驚いたぞ。特に兼昌かねまさの一件は。

 あの後、紅花べにか怒っておったぞ。」


「そうでしょうね。兼昌かねまさも良い演技をしてくれました。」

 そう言い切る直政に対して、ワシはつくづく思う。

 この男を敵に回してはならないと。


 決して調略をされてはならないと。


 自軍の大将を囮に、敵軍を油断させて、大打撃を与え、

 しっかりと、目の上のたんこぶであった巨人級のゴブリンを倒し。

 数だけが暴力の雑兵は、すし詰めにして、自らの城ごと焼いてみせた。


 おかげで死にそうになったが。。


 毎回の戦で感じるが、直政なおまさは一体、どこまで考えていたのだろう。

 シオン王妃の態度の変化も。

 イカロスの襲撃も。

 エルフによる鎮火も。


 かなり先まで読んだ手数になる。


「10分の1の戦力差ですからね。ここまで徹底的に大きい手を使わなければ、勝てませんでしたよ。おそらく。でも、さすがに無理かとも思いました。元の世界では、ここまでの戦力差はなかったですからね。流石に。」


「全く、恐ろしいわい。どこまで、読んでいたんじゃ。エルフによる鎮火もか?」


「いや、あれは殿が引き寄せた運のおかげですよ。私の作戦は手前で終了していました」


紅花べにかとシオン王妃がそちらに向かうことも想定外でしたし。

 殿や文太ぶんたが生き残ったのも奇跡ですよ」

 直政は、ほっと安堵をしたような息をつく。


 これまでの戦で命を落とすものはたくさんいた。

 今回もそうだ。


 我らの家臣団も死者は出なかったが、無傷ではない。

 今、兼昌かねまさ文太ぶんたは治療を受けている。


 サキュパス側の軍隊は死傷者も多く出た。


 しかし、虐殺されてしまうほどの戦力差だった。

 十分の戦果と言えよう。


 今頃、いつもの流れであれば、

 秘技・熊の手上段の付き・円弧なんて言いながら、文太ぶんたが踊りだしていたところだ。

 やはり、寂しく感じる。


 ここにいる古株は、軍師の直政なおまさと、弓の名手の興隆のみだった。

 二人は、寡黙な性格なのでどうしても、真面目な話が多くなってしまう。


 なんだか、寂しいのぉ。


 ワシは、直政なおまさから視線を外し、周囲を眺める。


 ワシらは、まる焦げになりかけた城の宴会場でサキュパスたちから、おもてなしを受けていた。


 ワシたちの向かいの席には、シオン王妃と、妹のミレイが座り。

 こちらの世界の伝統的な様式なのか、大テーブルを挟んで席が遠い。


 直政なおまさの隣には、宋雲そううん幸長ゆきながが座っていた。


 二人の話は戦のあと、持ちきりだった。


 なにせ、あの巨人級のゴブリンを倒したのだから。

 もはや、ヒーロー同然だった。


「すごいですよね。どうやって倒したんですか。あの巨人級のゴブリン」


「ほんと、カッコ良いです。サキュパスの男たちより、腕も太いし、魅力的ね」


「ダメよ。幸長ゆきながさんには手出さないでね。私たちベストバディだったんだからぁ」


「ずるいよ。アンナぁ」

 牝馬撹乱作戦から戻ってきた美女の一人。サキュパスのアンナは、幸長ゆきながの横にべったり張り付き、手酌を行っていた。


 宋雲そううんの周囲にも数人が群がり、おもてなしを行っていた。



 なんじゃ。あいつら、若いからって、チヤホヤされおって。

 ワシは思わず、頬をふくらませる。


 ワシも若返ったのだぞ、ちょっとや、そっと、何かあっても良いではないか。

 ワシはそんなことは、ダサいので、口には出さずに、ジロジロと二人の姿を見ていた。



紅花べにか。殿に手酌してあげなさい」

 隣から、弓の名手の興隆の声が聞こえる。


「あっはい」

 ハっと気づいた興隆の隣に控えていた紅花べにかが、立ち上がり、

 ガサガサ物音をたてないように、緊張した素振りで、興隆とワシの間に割って入る。


 紅花べにかは、そっと膝をつくと、恐る恐る手酌をしてくれた。

 少し、持ち手が震えている。


 戦でワシと同様に疲れておるのに、申し訳なく感じ、その気配りにワシはお礼を言う。


紅花べにか。」

 戦は、怖くはなかったかの?と声をかけようと思い、もうそんな子どもではないと、

 つい、子ども扱いしてしまいそうになり、言葉を思いとどめる。


「よくやってくれたの。怪我はしていないか?」

「えっ」

 急に話しかけられて、驚いたのか、目の前で手酌をしてくれていた紅花べにかと目が合う。


 彼女の大きく綺麗な瞳は、ワシと目があったと思うとすぐに焦点がずれ、再び、焦点が合うことを繰り返し、酒が溢れる音ともに、紅花べにかは、慌てふためいて、目を背ける。


「ご、ごめんなさい。殿、手元が滑ってしまい。。」

 戦場の凛とした表情とは裏腹に、こんな姿もあるのかと感じながらも、

 もっと幼い頃は、元気に走り回っていたっけ。と、またまた感傷に浸る。


 ワシは嬉しかった。


 こんなにも大きく育ってくれたこと。

 ワシと一緒に戦場をかけ回れるようになったこと。


 まるで自分の娘のように可愛がった。

 そして、想う。

 こうして、皆、生きた痕跡を残して死んでいくのだと。



「よいよい。気にするな。」

 ワシは、優しくその場を諌めようと、声をかける。

 自らの着物の裾を持って、周辺を拭こうとしていた紅花べにかの手を掴んで、制止する。


「あっ」

「そなたの綺麗な着物を汚すことはない。こんな粗相はワシの着物で十分じゃ」

 ワシは、服の袖を持って、すぐに拭いてみせる。


「殿が、殿になった理由。なんだか、わかった気がします」

 紅花べにかは、そうつぶやく。


「えっ?なんじゃ急に」

 ワシはそう言われて、なんだかむず痒くなる。


「殿は、私が生まれたときには、もうすでに若殿になっていて。

 なんだか、それが当然のように感じていました」

 紅花べにかは、ワシが触れた感触を確かめるかのように、自らの手を重ねる。


 そう言って、宋雲そううん幸長ゆきながの方や、周囲を眺める。

 サキュパスたちは、恥というものがないのか。

 公然と、若者二人の肩を揉み出して、至れり尽くせりだった。


「すいません。手酌はできなかったので、私も肩くらい、お揉みしますよ。」

 そう言って、紅花べにかは、ワシの背中の方に回り、肩に手をかける。


「すまないな。そなたも立派な戦果を上げた武将だというのに」

 そう言いながらも、ワシは、思う。


 いくら娘のような関係であっても、ワシらと同じように対等に扱わなければいけないのではないかと。


 つまり、宋雲そううん幸長ゆきなががサキュパスから、おもてなしを受けているというのに、紅花べにかがおもてなしをする側というのは、なんだか可笑しいのではないのか。と。


「殿。思ったより肩こり無いですね。父より全然無くて、驚いてます。」

 耳元から紅花べにかの声が聞こえる。


「殿。いったい、お幾つに若返ったんですか?」


「んん。それは、ワシもよく分かっていないのじゃが、昔、30歳のころに戦場で負った、肩にある古傷も消えているのは確かじゃ。

 ところで、お主から見て、ワシはいくつくらいに見えるのじゃ?」


「えっと。。私と、同い年くらいに見えます。お肌もピチピチですし。」


 え、紅花べにかと同い年?

 ってことは、17とか18っていうことなのだろうか。。


 先ほど、手酌をしてくれたとき、紅花べにかの体格というか、胸元を見るに、すでに女性らしい体つきになり、2次性長は済んでいるようだったが。


 まぁ、戦場に出るのだから、それは当然か。


「殿に貰って頂けるのであれば、儂も安心して逝けますなぁ」

 興隆が、ワシと紅花べにかの会話に口を挟み、思わず、せっかく呑んだ酒を吹き出しそうになる。


「おい。興隆。ワシみたいなオジちゃん貰ったら、紅花べにかが可哀想だろう」

 ワシは話を聞き流すために、そう言ってみせる。


 娘のように可愛がっていた紅花べにかに嫌われるのは正直、辛い。


 老兵の楽しみなのじゃ。

 若い者とお話ができるのはッ!!


 そんなことを考えつつ、さっきまで肩もみをしてくれていた手が、気づけば止まっていて、背中の方にいるはずの紅花べにかの声がパタリとやんだのが、怖い。


 心労が絶えないな。。


 そんなことを思いながら、ふと手元から向かい側の席に目を向けると、

 ミレイと目が合った。


 特徴的な長いまつ毛をパチパチさせたと思えば、終いには目を細め、口元をニヤつかせる。


 あやつ、楽しんでおる。。。


「ん?」

 ミレイのそんな仕草に目を取られていると、背中をなぞられる感触がする。


 指先で何か文字を書いているようだった。


 紅花べにかのクスっという笑い声が聞こえる。


 そして、一言。


「心配しなくて良いですよ。殿。」

 そう言って、立ち去る紅花べにかの足音とともに、ミレイがパチンと指を鳴らすのが見えた。


 すると一気に、大テーブルが小さくなり、というより全体の空間が縮まるように、今まで離れていた向かいのミレイたちとの距離が縮まる。


「家族団欒(だんらん)の時間は終わった?」

 ミレイは嬉しそうにそうつぶやく。


 こやつ地獄耳か。


「そんなんではない。そろそろ本題かの?」

 ワシは周辺の状況を確認しながら、眼の前のサキュパスと対峙する。


 気づけば、大宴会場は、小さい個室へと変化し、目の前にはミレイとシオン王妃。

 こちらは、ワシと直政なおまさの二人だけになっていた。


 まったくどうなっていることやら。


「まずは、御礼を。」

 そういうと、シオン王妃とミレイは、座ったまま頭を下げる。


「この度は、我が王国を救ってくださり、ありがとうございました。」


「無事に戦に勝ててよかった。少々、ハプニングが多かったが。

 そなたたちとの協力がうまく行ったおかげじゃ。顔を上げてくれ」

 ワシはそう言って、戦を総括しつつ、ジョークを織り交ぜる。


 シオン王妃たちは顔を上げると、話を続ける。

「本当に感謝しても、感謝しきれないです。

 何か、御礼をしなくてはいけないと思っているのですが、どのようにしたら良いでしょう?」


「いやいや、御礼なんて。ワシも自己満足でそなたたちを助けたのじゃ。

 恩義など、なにも気をやむことはない。」

 ワシは、そう返事をしようと決めていたかのように、返答し。最初にこの世界に乗り込んだ理由を思い出す。


 やっとのことで、一国一城。築いた城は、山城で優雅の欠片もない。タダの要塞。

 昔、共に暮らした、隣家の幼馴染も、元服(成人)の日に戦火に散り、

 将来を約束した想い人も、運が悪く遭遇した盗賊にレイプされた上に、殺された。

 もう、親父が死んだ歳に近づいた。

 夢は道半ば。


 そう。二度と後悔をしないために。

 眼の前の命を。

 今にも、こぼれそうな命を見捨てないために、ここへ乗り込んだ。


 そして、今、二人は命をつないで、ワシの目の前に座っている。


 それで良いのだ。

 大国を治めるのも難しいが、救いたい命を守りきるのは、おそらくもっと難しい。

 今回は、それができたのだ。


 ワシがそう満足をしていると、横から直政なおまさが口を挟む。


「そうですね。御礼ですか。悩みますね。。」


 っておい。直政なおまさそこは、きれいにチャンチャンで良いではないか。

 この物語も終わりでよいではないか。


 ワシのそんな気持ちをよそに、直政なおまさは話を続ける。


「ちなみに、我らの通ってきたゲート。あれは、どのような仕組みなのですか?」


 ん?ゲート?

 一体、なんの話をしているのだ?


「おぬしらも、ワシと同じ。便器から来たのじゃろ?」


「便器?なんのことでしょう?私は、ゲートから入ってきましたよ。」

 直政なおまさはそう言いながら、ミレイと顔を合わせる。


「幽連は、勝手に便器から入っただけで、他のみんなは、ゲートって呼ばれる異世界と通じている場所から、来たのよ」

 ミレイは笑いながらそう答える。


 そういえば、ワシだけ変なとこに転移していたな。


 それはそういうことか。と、今更ながら思い出す。


「膨大な魔力を使って開いた扉よ。そんなおいそれとは、開けないんだけど。

 実は、サキュパスの魔力が貯蔵されているタンクがあってね。それを使って開いた極大魔法よ。

 あ、もちろん。あなた達が帰る分の魔力はとっておいてあるわ。

 安心して。」


「なるほど。。」

 直政なおまさは、そう言われて、頷く。


 こやつは、またなんか悪巧みをしているのかのぅ。

 ワシが直政なおまさの方を眺めていると、ふいに直政なおまさがこちらを向いて、目が合う。


 そして、何か思いついたのか。

 シオン王妃に向かって、直政なおまさは話し始める。


「ご無礼を承知でお話いたしますが。

 ご《《結婚》》というのは、どうでしょうか?

 最初、縁談が持ちかけられたと、どこかでお聞きいたしましたが」


「なっ」

 ワシのうろたえる声が漏れながらも、シオン王妃が返事をしようとすると、

 変わりにミレイが口を挟む。


「あれは、この国を救うための手段よ。あくまで。

 私の思いつきだった。お姉ちゃんの気持ちも考えないで、反省しているわ」

 ミレイはそう言って、謝る。


 期待はしないでくれと。


「ワシも調子のって回答してしまったが、気にせんでくれ。直政なおまさ

 ミレイだけじゃない。ワシも元の世界の一国一城の主であるのに、軽率であった。

 すまぬ」

 少し、本気にしていたような直政なおまさをワシはなだめる。


 そして思う。これ以上、傷をえぐらないでくれと。


「そうですか。残念でしたね。殿」

 直政なおまさは、こちらを、わざとらしく睨んで、相手に聞こえるように言葉を発する。


 そう、ワシは好きと言われてOKしたのに、すぐ振られた男のようだった。

 惨めである。


「あっ」

 なにか言葉を発しようとしたシオン王妃と、目が合う。

 そんな目で見ないでくれ。


 申し訳無さそうな雰囲気がひしひしと伝わる。


「いやいや、勘違いせんでくれ。これが報酬なんてありえない。

 せっかく国が救われたのじゃ。シオン王妃は、自分の人生を愉しめば良い。」

 ワシは一生懸命、落ち込んでいるシオン王妃を励ますために、言葉を尽くす。


「そこまで、言うなら、報酬は無しで良いのかしら?」


「ええ。殿が意固地なので」

 ミレイと直政なおまさは会話をすすめる。


 ミレイは、シオン王妃とどうする?と、目を合わせ、話を切り出す。


「でも、なにもしないのも流石に申し訳ないから。

 おそらく、今日が最後の夜になるでしょうし、せめて、思い出になるように

 配下のサキュパスを寝床に連れて行くわ。」


「サキュパスらしい。恩返しですね。それなら、殿も納得でしょう」

 ミレイの回答に直政なおまさは笑う。


「問題ない」

 ワシはそう答える。


「じゃあ。この話は、おしまいね。最後の日くらいよ良い夢を見てね。幽連」

 ミレイはそう言って、また面白げにニヤけると、指をパチンと鳴らした。




 ****


 ここは?

 気がつけば、ワシは寝床に横になっていた。


 あれ、さっきまで4人で会話をしていたはずだが。。

 周囲は薄暗く。


 部屋の四隅に明かりが灯され、一室が暗くならないように彩っていた。

 布団をどけて、ムクっと体を起こす。


 これが話していた夢の中なのだろうか。


 甘い煙が焚かれて、ふかふかな布団で。

 まる焦げの王城とは、思えない出来だった。

 そのまま、寝ても良かったが。


 それくらい疲れは溜まっていたが、配下のサキュパスを《《寝床》》に連れて行くわ。

 そう言われていたので、ワシは、まだ夢の中で気を失ってはいけないと、意識を保つことに集中する。


 煙が充満する中で、しばらく経つと、もしかして、ここからさらに、

 夢の中の夢に落ちないと、サキュパスに会えないのかと考え始める。


 やりかたが全然わからんん。


 そう考えていた矢先。ワシから見て左側から、なにやら声が聞こえる。


 ふっふふーん。


 うむ。間違いなく聞こえる。

 さらに耳を澄ます。


 ふっふふーん。


 来たぞ。


 ついに待ちに待った時間がッ



 ふっふふーん。

 その声とともに、おじゃまします。と声が聞こえ。

 左側の壁だと思われていた白い壁が段々と透けてくる。


 コツコツと足音が聞こえる。


 よいしょ。と、靴を脱ぐ音が聞こえると、次第に声が近くなった気がする。


 白い壁は、段々と人影のシルエットを映しだし、緊張感を作り上げていた。


「私、こういうの初めてで。粗相しちゃったらごめんね」


「いゥいや。そんなの気にせぬぞ。気持ちがあれば、十分じゃ」

 ワシは突然、声をかけられ、うろたえながらそう答える。


 鼓動が高鳴る。


 心臓が心臓では無いようじゃ。


 そのシルエットに目を凝らすと、はらりはらりと、服を脱ぎだしているのが確認できた。


 す、すごい。


 ただの影なのに、輪郭はぼやけることなく。豊かだった。


 服の凹凸も形状も想像できる。


 そして、ふと勘付く。





 あと一枚ではないか。


「どうしよう。やっぱ、恥ずかしいぃ」

 シルエットが順調だったその手を止めた。


 その声がワシの耳奥に響く。

 だめだ。ダメだ。もう欲情が抑えきれなかった。


 ワシは布団から立ち上がって、その壁と向き合う。


 そして、その壁に両手をつき、なんとかその輪郭を捉えようとするが、

 返ってくるのは硬い感触だけだった。


 声をかける。


「落ち着くのじゃ。恥ずかしくはない。さぁ。見せておくれ」

 ワシはその精細なシルエットに話しかける。


 あぁ。なにがどうなっているのか。

 外から見れば、ただのシルエットなのだろうが。


 ワシにはわかる。

 この空気の淀み。

 緊張感。


 仄かな体温。


「そうじゃな。恥ずかしければ、ワシから脱ごう。」

 そう言い、ワシは帯を緩め、着物を脱ぎ捨てる。

 ふんどしを外して、もう一度、声をかける。


「さぁ。どうじゃ。これで、一緒じゃ。ワシもおぬしと同じじゃ」


 ふふっ。


 気がほぐれたのか、シルエットの笑い声が聞こえる。


「やはり、あなたはどこまでいっても、紳士なのですね。

 そう言っていただけるのは、この世界では珍しいです。

 自ら、位を落とし、今の私と同じ立場で接するというのは」


「もちろんじゃ。種族は違えど、ワシらは同じ生きるもの同士。

 この世界に生まれ、もがくもの同士。

 きっと、想いは同じはずじゃ」


「あなた、みたいな人がいるのかと。

 最初に会ったときは、驚きました。

 そんな綺麗事。優しい言葉が次々出てきて、耳を疑いました。


 でも、ここは二人だけの空間。


 裸になれば、もう嘘なんてつけないですよね?」

 彼女は、そう言い、納得をしたように、下着を脱ぐ。


 パンツを脱ぐとき、少しかがんだときに大きなシルエットからお尻が浮かび上がる。

 よく見ると、付け根から尻尾が生えている。


 よいしょ。


 そう聞こえたとき、しゃがんだために、豊満な乳房が浮かび上がる。

 その凹凸まで見える。


「おぉぉ」

 ワシは思わず、声が漏れる。


「素晴らしい。誠にお綺麗じゃよ」

 ワシは、額を壁に押し当てながらも、そのシルエットを褒め称える。


 ふふ。ありがとう。

「誰かに見せたのは、初めてよ」

 そう言われて、ワシの恥部も起ち上がる。


 なのに。なのに。

 どうして、まだ、壁が壁のままなのじゃ。


 ワシは、壁に体を密着させる。

 冷たい壁は、次第にワシの体温と同化し。

 温かいぬくもりに変化する。


 ふふっ。嬉しい。

「そんなに必死になってくれて。」


「当たり前じゃ。こんな焦らされたのは、初めてじゃ」

 ワシは、漏れ聞こえる吐息など気にせずに会話をつづける。


 彼女のシルエットが、動く。

 まるで、お互い壁越しに抱き合っているように。


「ちゃんと触れたい。そなたに触れるのは叶わないのか?」

 ワシは、なにか覚悟を決めて、そう質問を投げかける。


「その。。言いづらいんだけど」

 そう言われて、ワシの気持ちは落ち込む。


「ミレイから聞いたんだけど、あなた、私の裸を見て、血を垂らしていたって」


 え?ミレイ。


 なぜ、その名前が。


 裸?


 血?


「もしかして、そなた。。。」

 ワシは、壁から一歩離れて、全身をもう一度眺める。


「シオンよ。気づかなかったの?」


 そして、その重大な事態にワシの心は高揚する。


 さっきまで、4人で会話していたではないか。


 あっ。。そう言って、

 なにか言葉を発しようとした彼女の仕草が。

 戦場で太陽の光で照らされた彼女の笑顔が。

 濡れた着物と彼女の姿が、思い起こされる。


 その彼女が、今、壁越しに、しかも裸で目の前にいる。


「誠か?」


 ふふっ。

「まことよ」

 彼女は、面白げにワシの言葉を使って返事をする。


「ワシはてっきり、嫌われたものかと」

 ワシが自信なさげにそう言うと、彼女は返事をする。


「嫌ってなんかない。むしろ、好意的よ。その努力に報いたいと思って、役割を交代してもらってココに来たのよ」


 そう言われて、嬉しくなり。

 つい、ワシは大きな声で、ありがとう。とお礼を言う。


 しかし、彼女は、焦って声を上げる。

「シッ。バレちゃうとイケナイから。もう少し、静かに」


 す、すまぬ。

 そう言いながらも、ドキドキが止まらない。

 彼女の吐息が交じった声は、とても魅力的だった。


 信じられなかった。あの彼女だと思うと、先程よりリアルに感じる。


「で、この壁がある理由だけど。私の裸を見て、血を垂らしていたでしょ?

 覚えてる?」


 そう言われて、ワシはイカロス襲来のことを思いだす。

 眼の前が、充血して、確かに地面に血が垂れていた。


「おそらくなんだけど、あの状態であれだと、言いづらいけど。

 私の裸を見たら、あなたは出血死するわ。」


 えっ。


 そんなことある?

 ワシはその事実に驚く。


紅花べにかちゃんが、あなたを目隠しして止めたのも、その異変に気づいたからよ。

 もともと、王族の血を引くサキュパスの血は濃いから。

 仕方ないけど。」


 そうなのか。そう言われて、ワシは思わず、ぐったり、その場に座り込む。

 壁に寄りかかり、隣りにいる彼女を眺める。


「ごめんね。なんか、すごい期待させちゃったよね」

 彼女はワシと同じように壁越しに座り込む。


 壁越しで長椅子に座ったかのように横並びになるワシたち。


 しかし、不思議と、寂しい感じはしなかった。

 声や影の形に、先程より親近感が湧いた。



「あの。。あのとき、嬉しかった。

 私が《《覚悟》》を示すために裸になって、あなたが着物をかけてくれたとき」


「あれが、戦の勝つための条件だったはずなのに。

 私のために別の選択肢を考えようとしてくれて。」


 そして、彼女は息をつき、大切にこの言葉を伝える。


「ずっと言おうと思ってて、ありがとう。あなたの優しさが嬉しかった」

 彼女がそう言うと、壁の足元に少し隙間が生まれる。


 細い。白い手がその隙間から、ワシの部屋に伸びてくる。


「あなたの手、握っても良い?それくらいだったら大丈夫なはずだから」

 そう言われて、ワシがその手に触れようとすると、彼女の手は少し動き、指先で探るように、ワシの手を上から重ねるように握る。



「あたたかいね。あなたの手」

 彼女のくすっと笑う声が聞こえる。


 手の握り方から、彼女の優しさが伝わってくる。

 まるで包み込むような、優しさが。


「どうして、あのとき、別の選択肢を考えてくれたの?」

 彼女は、ワシに問いかける。



「なぁに。そんな恩着せがましい理由じゃない。

 実はな。ワシの世界にも伝統というのがあってな」


 うん。


 彼女の優しい相槌が聞こえる。



「一種の占いや願掛けみたいなもんなんじゃが、

 ダメなんじゃよ。戦中に、情事に及んでは。


 そうすると、戦が始まる前や終わったあとは良いんじゃがの。

 なぁに。命を落とさないがための願掛けじゃ」

 ワシはそう言って、笑う。


 そして感じる。

 お互い、分からないことだらけじゃな。と。



「それ、ほんとなの?」

 彼女は、くすくす笑いながら、問いかける。


「ほんとじゃよ。禁止じゃ。禁止ぃッ」

 ワシも調子に乗って、ふざけた口調で返す。


 まるで、お互いの立場を忘れたように会話をしていた。



「おかしな人。まぁ、いっか。それが理由でも」

 彼女は笑う。そして、つぶやく。


 それでも。 嬉しかったよ。



 しばらく。沈黙の時間が流れる。

 しかし、なぜだか心地が良かった。


 その空間が壊れないだろうという安心感があった。


「寝床さ。壁越しに近づけて、一緒に寝ない?」


「もちろんじゃ」

 ワシは、頷き、一度、彼女の手を離して、布団をこちらに運ぶ。


 その間、なんだか、ずっと握っていた手が離れて、胸が締め付けられた。


 物音を立てながら、二人で寝る準備をし、布団に横になり。

 また、吸い寄せられるように手を握った。


「ふふっ。なにも言わないで、手、握っちゃったけど、今日はこのまま、寝てもいい?」


「もちろんじゃ」

 幸せだった。


 幸せすぎて、同じ言葉しか返せなかった。


「しばらく、この世界でゆっくりしていってよ。もう少し、一緒に居たい。」


「ああ。良いぞ。」

 ワシは迷わずに返事をする。


 子守唄のような声じゃの。


 甘い香りが効いてきたのか。

 戦の連続で疲れたのか。


 疲労は、横になった途端に襲ってきていた。


 まぶたが自然と、重くなる。


 安心感が、眠りをいざなう。



 最高の夜だった。

 満足感が心を満たす。


 まるで夢のようだった。









 そう、夢のようだった。





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 近況ノートにあとがきを書き始めました。

 ぜひ、フォローしていただいて、読んでいただけたら嬉しいです(*^^*)


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