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私、死んだの?

 黒い視界が白く変貌し、少しずつ色づいていく。

白い部屋。ふかふかのベッド。そして、知らない黒髪の女性。

「大丈夫?」

その女性は優しく語りかけてきた。

少し頭は痛いが、手足はいつも通り動くようだし、上体も容易に起こせた。

「はい。大丈夫です。あなたは、」

「私は(あんず)。この世界の迷い子の母よ。」

この世界の迷い子——、この世界は現実のものではないの?

「ここは、どこですか。」

「私には敬語を使わなくていいわ。私をあなたの親として接して。」

「うん。それで、ここはどこ?」

「ここは私の家。そして、この世界は地球とは似て非なる場所。」

地球上ではないらしい。私は針千本のような現状を飲み込まざるを得なかった。

「あまり、顔色がよろしくないようね。今は落ち着いていこうね。」

落ち着けるはずがない。もちろん、ここが私の知っている日本ではないことで、動揺を隠せないという理由もあるが、杏や私ではない足音が聞こえるのが気になって仕方ない。どうやらそれは私のいる部屋に向かっているらしかった。

「おーっす!」

豪快に部屋の扉が開く。その後ろには、ショートボブの明るめな女の子が、コップが4つ置いてあるトレーを持っているのが見えた。

その子は私たちのいるベッドの方へ向かうと、杏にはコーヒー、私にはレモネードを差し出してきた。

「それ、好きなんでしょ。」

その快活な声を発する少女は私の好物を持ってきた。それは偶然なのだろうか。

「どうしてわかるの?」

私が問いかけると、

「フフフ、実は私、他人の心が読めるのです!」

人の心が読める少女がこんな得意げになるかね。私が今まで読んだ創作物において、他者の心が読める者は、人に嫌われ、他人との接触を拒んでいる設定がほとんどだった。ゆえに眼前の自信家に何か裏があるのではと疑った。

「疑ってるでしょ、嘘じゃないもんね~」

私の疑念がバレた。彼女の読心術は本当らしい。自分の能力を受け入れ、こうも気丈に振る舞える気概があるのかと感心と畏怖が沸き起こった。

「そうだ、まだ名前を言ってなかったな。私は(すもも)。そして後ろの子が(はく)。」

そういって、李はドアの近くにいる内気そうな少女を指した。

いつからいたんだろ。李に気が囚われていたせいか、まったく気が付かなかった。

「どうも、白です。」

その長髪のポニーテールはほかの二人に比べて人見知りなようだった。

「君の名前は?」

李が問いかけてくる。人の心が読めるのはやはり嘘だったのか?私には彼女が分からない。

「私は、在。」


「そういえば、私たち、同じようなヘアピンをしてるわね。」

ヘアピン?私は杏の言葉を疑い、手鏡を求めた。受け取った手鏡を見ると、奥にいるもう一人の自分は、確かに前髪の右側に炎のヘアピンを飾っていた。

なんだこれ。

私は予想もしない状況に気味が悪くなり、強引にそれを外そうとした。しかし、外れるどころか、びくともしなかった。

「あー、それどうやってもとれないんだよねー。白は何か知ってる?」

「・・・知らない。」

「そういうことで、取れないヘアピン仲間としてこれからよろしく!」

「あ、よろしく。」

私はめちゃくちゃなネーミングセンスに笑い、緊張がほぐされた。この子たちも私と同じ境遇かもしれない。


「ところでさ、在。君は線路の端で倒れてたけど、どうやってここに迷い込んできたの?」

「何かちょっとしたことでもいいから、思い出せることはあるかしら。」

倒れていた・・・?

私は過去を思い出してみる。

「・・・なおは?」

私の中に激しい喪失感が舞い戻ってきた。

こんなことをしている場合じゃない。私はなおのことしか考えられなくなっていた。小奇麗に整っていた私の視界の中で光が錯綜し始め、話し声を忘れ、レモンの匂いを忘れ、杏を忘れ、李を忘れ、白を忘れ、ついには我を忘れて、焦りばかりが煮えたぎってきた。それに応答するように、手中の飲み物が私の抑えきれない動揺を表現するように、激しく蒸発してきていた。

ひどく混乱していると、冷たく、やわらかい感触が私の手を包んだ。感触の元をたどると、白だった。

「私には、これしかできないから・・・。」

その沸き立ったレモネードは、たちまち止んだ。

「ありがとう、白。私ひどく取り乱していたみたい。」

冷徹そうに見えた彼女が、少しだけ暖かく感じた。

「それより、そのぶくぶく。どうやってやったんだ?」

私の手を当てたレモネードが沸騰していたのは、私のせいなのだろうか。

「自分のヘアピンの柄と、特別な能力が対応しているのね。李が他人の心を読めるのは、紫色のハート型のマークをしたヘアピンのせい。白が飲み物を冷ますことができるのは、氷のマークをしたヘアピンのせい。そして、在が飲み物を温めることができるのは、炎のマークをしたヘアピンのせいね。」

時計のヘアピンをしている杏が説明してくれた。

彼女らがどのようにこの力を制御しているか気になり、問うてみた。李は実際に能力を使っていろいろ試していて、杏はそもそもあまりコントロールできず、白は答えなかった。

とりとめのない回答だ。私はこの能力に対し、どのように向き合っていけばいいのか。


「私はまだ、君が線路の横で打ちひしがれてた理由を聞いてないぞ。」

「李!あまり無理をさせないであげてよ。」

「いや、気遣いはいらないよ。」

私は再び思い出してみる。倒れた理由を。

「踏切のそばで、電車に轢かれた。」

三人は驚愕していた。それはそうだ。人が電車に轢かれて生きているはずがない。しかし、電車が無慈悲に私の元へ駆けつける様子、あのとき感じた全身の衝撃、私の記憶が事実と主張していた。

「しかし、もし電車に轢かれたのが本当だとしたら、なんで生きてんだ?」

その通りだ。なぜ私は死んでいないのだろう。手元のレモネードに口をつけて、小休符を挟む。

ここの世界は私が轢かれた世界と同じなのだろうか。

確かめなければ・・・

私の身体はすでに真相に迫らんと駆け抜けていた。

「ちょっと、まって!」

私を止める声を無視して、部屋を出て、家を出て、頼りの景色を探した。

 

 太陽が私を照らし始めている。

きれいな景色だ。私に降り注ぐかすかな光は、植物は顔を出し、虫どもは目覚める、生命の朝を伝えていた。

「『春はあけぼの』から始まる物語*1があったっけ。」

何にもないと思われていた私にも、何かを想い馳せることができる。壮大なパノラマの存在により、私はこの世界に身を投げてもいいと気すらした。


「おーい。」

後ろから、李が見えた。橙の光に照らされている彼女は、より一層元気な印象を与えた。カメラを持っていたら、すぐさま画角に収めて、飾っていただろう。李にはどんな役が似合うだろうか。

「やっと見つけたよ。急に走るなって。」

「ごめん。」

「おう。それより、君が倒れてた場所教えてあげるよ。踏切のそばではなかった気がするけど。」

「ありがとう、杏と白は?」

「あの二人は方向音痴だから、道案内には向いてないよ。」

私は言われるがまま、李についていくことにした。その間、この世界についていろいろと教えてもらった。李たちも元々はここで生まれたわけではないこと、李も前の世界のことはほとんど覚えていないこと、ここの住人は基本的に白髪であること、私たち以外にも黒髪の女性がいること、杏の夫の存在等。

なんだか、こうして同年代の女の子と一緒に話すのはずいぶん久しぶりな感じがする。


 歩くこと15分後、

「ついたよ。」

そこには見慣れない線路が続いていて、踏切などは見えなかった。電車に吹き飛ばされたのだろうか。

私が電車に轢かれた場所は、踏切の近くなんだけどなぁ。

「踏切ならここの近くにあるよ、ついてきて。」

李は人の心が読めるんだった。李としゃべるときは口開かなくていい?

「だめ。それは対等じゃないよ。」

会話できてるんだからいいじゃん。

「会話はできるけど、私は声を聴きたいよ。」

「はーい。」

私は彼女の望む通り、間抜けな声で返事した。心は読めるが、あえて会話の体をなしていることで、人の負の心情による恐怖を減らしているのかもしれない。


 私の倒れた場所からさらに歩くと、私を守ったはずの踏切があった。

「そうだ、私たちって結構共通点あるじゃん?」

私には彼女が分からない。

「何が言いたいの?」

「もしかしたら、私も死なないのかな~って。」

「は?」

何を言っているんだ。轢かれるのは痛いよ。やめたほうがいい。

「痛いのは関係ないよ。死ぬか否か、それが重要だよ。」

私ではもはや、あの得体の知れぬ好奇心を止めることはできなかった。

私の意思とは反して、踏切が周期的に鳴き始めた。

「お!ちょうどいい!私轢かれてくるから、見ててね!」

見ててって、電車に強く打たれた人間を目で追うってこと!?私の視界が新鮮な肉塊の入場を拒絶していた。あぁ、時は非情だ、こんなときでも通常通り運行するのだから。

「じゃあね~。」

こんな軽薄な投身自殺があるか!

「この、馬鹿ぁ!」

次の瞬間、李は迫りくる轟音とともに消えた。


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*1 「枕草子」冒頭から引用

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