Anomariaの生誕
――ちゃん、
何かが聞こえている。
――お姉ちゃん、
誰かが私を呼んでいる。
――お姉ちゃん、在お姉ちゃん!
聞き慣れた妹の声に揺り動かされている。
「お姉ちゃん!もう演劇始まるよ!」
「うぇ!?演劇ぃ!?」
私は思わず大声を出してしまった。すると、左側に座っていたなおが、小さな声で私に
「静かに!ここは劇場だよ!」
と怒鳴ってきた。
広い部屋。私たちを頼りなく照らす星々。今にも開かんとする眼前のカーテン。そして、舞台を一望する私。
どうやら私達は劇場の客席に座っているらしかった。
見慣れているはずなのに、不自然な光景に呆気に取られていると、なおが心配したような顔で
「どうしたの?まさか記憶喪失にでもなった?」
「まさか」
「じゃあ、自分の名前は憶えてる?」
「一条 在。」
「年齢は?」
「15歳。」
「好きな飲み物は?」
「レモネード。」
「どうやってここに来—―」
ブ――――――
舞台の幕が開ける音だ。私はなおに問いかけた。
「今から何の舞台が始まるの?」
「『Anomariaの生誕』だよ。」
『Anomariaの生誕』―――
どこか、聞き覚えのある戯曲だが、どんな内容だったか忘れてしまったな。
私は夢か現かもわからぬ劇場の中、妹の右手に自分の左手を覆い、妹から生み出される熱を感じ取った。
***
舞台の幕が上がると、そこには、現代人である私たちが、よくイメージするような勇者と魔王が立っていた。
「どりゃあ!!」
の掛け声とともに勇者は魔王を斬った。
「ぐわあああああ!!!!」
斬られた魔王は、最期の言葉を言い放った。
「なぜだ、お前も、新しい、せかいを、ほしい、と思、わ、んの、か・・・」
「私は新しい世界に興味がない」
魔王は死にゆき、勇者は一息ついた。
「これで、人々が手を取り合う平和な世界を守れた・・・!」
魔王を倒した勇者は、母国のみんなに勝利を告げるために、王国に帰ったようだ。勇者は国民に囲まれ、
「勇者様!」
「おかえりなさい!勇者様!」
「魔王を倒すなんてカッコいい!」
と称賛された。勇者はそれに答えるように軽く手を振った。
勇者は王都の城へ向かった。
勇者は王室へ向かうと、王が玉座で待ち構えていた。
「よくやった、勇者ナンシーよ。魔王が死んだ今、我々は早急に国を復興せねばならない。割れた橋、血塗られた街、枯れた土地。まだまだ機能してない場所が多すぎる。お主も手伝ってはくれないだろうか?」
「承知しました、陛下。」
「ありがたい。では仕事内容について話そう。君に行ってほしいところは、マリアという今やひどく血塗られた街だ。その街の民に、十分な衣食住を与えられるよう協力してほしいのだ。」
「マリア、という街ですね。具体的には何を協力すれば・・?」
「それは現場に行けばわかるだろう。それから地図は後ほど渡す。出発は明日だ。頼んだぞ。」
「は、はい。」
ナンシーは少し戸惑いながらも、王室を後にした。
翌日、
ナンシーは馬車を使って王国を出発し、血塗られた街らしいマリアに到着した。
そこでは少しは整備されてきているものの、荒廃し、赤く染まっているがれきで埋め尽くされていた。街の人はひどく困窮し、復興支援している人々も、街の患者の看護やがれきの撤去などに追われていた。
ナンシーは景色に圧倒されたようで、ただ突っ立っていた。
「こんなところに私一人加わったところで、国の状況が大して良くなるわけでもないな・・・。」
ナンシーは唖然としていると、後ろから誰かが服を引っ張ってきた。後ろを振り返ると、この街の者であろうか、一人のやせ細ったボロボロの少女がいた。
「ねぇ、あなた、あたしたちを助けてくれる人?」
「ああ、私は君たちを助けてあげたい。」
「なら、ついてきて。」
「それは、できない。」
「どうして?今もママやパパが怪我で苦しんでるのに!」
「君たちを救いたい気持ちは当然ある。しかし、他にも復興せねばならぬ場所が多くあると聞く。ここで私が君の両親など、街の人の治療に専念したところで、状況はあまりよくならないだろう。」
「じゃあ、何しに来たの?」
「・・・、君に力を与えに来た。」
「え?」
「頭を貸してごらん?」
少女は半信半疑で頭を差し出した。すると、ナンシーは自分の手から緑色の光を生み出し、それは少女の頭の上に乗せられると、少女の髪の上で、赤い十字のマークを持つヘアピンに変貌した。
「そのヘアピンは治癒の力の源だよ。ぜひ君の両親に試してやるといい。両親の治癒をするところまでは私もついていくよ。」
「う、うん」
少女はあまり信じていない様子だった。
ナンシーは少女とその両親のいる医務室に立ち寄った。今、両親はどちらも苦しそうに横たわっていて、側にいた看護師は疲労を露にしていた。
「あの、少しそこを開けていただけませんか。」
「今患者さんを治療していて、手が離せないのです。」
看護師はこちらを振り向かなかった。少女がナンシーの後ろから出てきた。
「あたしがママとパパを治す!」
そういって、少女は両親の傷口に手をあてた。すると、傷口はみるみるふさがり、両親は元気を取り戻していた。
「ママ!パパ!」
少女は回復した両親を見て、突然抱きついた。少女の母親が私を見上げた。
「あなたのおかげですね、ありがとう・・・。こうしてこの子を抱けるのもいつぶりだったか――」
抱き合い、ひとつになった家族は泣いていた。
「少女よ。君にはまだ仕事が残っている。この街の住人全員を治癒するのだ。」
「ちゆ?さっきのママとパパにやったことと同じ?」
「そう。できるかい?」
「うん!やってみる!」
「そうかい、頼んだよ。」
ナンシーは少女の頭を撫でて、血が拭われるであろう街マリアを出て行った。
ナンシーはそれから、人気がない森の中に入った。
「世界にはこのような力なき人が数多くいるということか・・・。」
「世界をいち早く復興させるには、私の命を犠牲にして、すべての力を民に譲るしかないようだ。」
ナンシーは自分の死がちらついたようで、身震いを起こした。
「・・・ここから進んでしまうのが、怖い。」
私も、これからどう進めばいいか分からない。
「私は、まだ死にたくない。」
いつの間にか、ナンシーは縮こまっていた。
「しかし、世界はすぐさま復興されるべきだ!いつ彼の魔王と同じ思想を持つ者が暴れだしてもおかしくない。そして、その場合、私一人で対抗できるかどうか・・・。」
上手側を向いていたナンシーは、私がいる方向に振り向いた。
「私が、やるしかない!みんなのために!」
ナンシーは両手を天に掲げると、両手からたちまち大きな光が生まれ、スポットライトが、ナンシーから客席全体に向けられた。
***
そのとき、突如今まで感じていたなおの手の温もりが消え、よすがのない恐怖が私を襲ってきた。
なお、あなたがいなければ・・・・!
恐る恐る左を向くと、なおはそこにはいなかった。
「なお・・!どこにいるの!?」
なおを見つけるまでは、じっとせずにはいられなかった。
私は席を飛び降り、劇場内を走り回った。
「なお、なお!」
どれだけ捜しても、なおの気配はなかった。
もしかして、妹は次の舞台を望んでいたのかも。
私は直感に吸い込まれるように、舞台裏に入ってしまった。
舞台裏の中は、下手側には茶色のアパートが、上手側には塗装が剝がれている古びた一軒家が見え、奥には、舞台裏にしては広すぎるくらいに道が続いていた。
「この道の先になおが・・・!」
すぐさま足を運び、舞台裏中を捜し回った。求め歩いた。見つけようと試みた。
足が完全にくたびれて、私を運ぶものは何もなくなった。なおを見つける未来がかすんでいった。なおがいなくなる、喪失感ばかりが私の身体を埋め尽くしていた。
「なお・・・、なお・・・!!」
私は我慢できずその場に崩れこみ、線路を模した、舞台装置の上で泣いていた。
私が周期的に空虚なリズムを奏でていると、誰かが私に呼応してくれる気がしていた。
棒状の舞台幕が私を守るように、閉じていく。
舞台装置だけが私を癒してくれる・・・。
そう思った次の瞬間、なにか大きいものが急速に迫っていき、私を粉々に轢き裂いた。




