つめたい朝
朝起きて外に出ると、大気の匂いがいつもと違った。
雨の水くささに似た、微かにあまいような、つめたい匂い。
綿にうっすらと灰をまぶしたような雲が空となっている。
そこからふわふわと舞い落ちる、細かい純白の粒。
「・・・雪か」
湯気を口から細く吐き出して、私は郵便受けへと向かった。自分の黒い上着に、白い斑点ができては落ちていった。
盆地の冬はやけに底冷えするくせに、雪は降ってもさほど積もらない、と認識しているのは私だけだろうか。辺り一面を覆う眩い雪に目を輝かせて雪だるまを作ったのは、もう十年ほど前の記憶になりつつある。今年もあんまり積もらないなぁと思い、来年はもっと積もるかなと期待しているうちに、こんなに時が過ぎてしまったではないか。どうしてくれるのだ雪。もっと小さい頃にいっぱい降ってくれればよかったのに。
しん、とした世界に音が吸い込まれる。
土を踏む音も郵便受けを開ける金属音も虚ろで、ぞっとするほど大きく響いて消えていった。
全身に冷たさを染み込ませた新聞が、手に痛かった。
雲の御簾を下して姿をくらませた、遠くの山々のあたりを見つめて、私は冷たい大気を胸いっぱいに吸い込んだ。鼻の奥がツンとした。
カラリと扉を開けて家に戻る。
家の中にまで雪が降っているかのように、しん、とした音が響く。
とりあえず、炬燵をつけよう。
朝ご飯は味噌汁に餅を入れる、定番のやつにするか。最後にお椀に残した餅に、たっぷりときな粉をつけて頂こう。味噌汁のついた餅の僅かなしょっぱさに、きな粉の甘みがよく合う。
冷えきった体で味噌汁をすする、自分の食道や胃の位置までもわかるあの熱さが好きだ。
そう考えて、ふと窓の外を見やると、天から降る純白のそれが大粒になっているような気がした。
しんしんと、まわりを冷やして。まわりの音を吸い込んで。
世界をいつもより白くぼやけさせて。
流れるように、絶え間なく、空から落ちては消えていく。
なんとなく目を離し難くて、私はしばし、立ちすくんでいた。
寒い。