森の奥
それはある冬の夜の出来事でした。
深い森の奥の奥に、降り積もった雪を搔きわけながら進むひとりの少女の姿がありました。
家を出たのはまだ明るい時間でしたが、森は深く進むうちに日が暮れてしまったのでした。
それでも休むことなく、少女は森の奥へ、奥へと足を運びます。
冷え切った足の先はもう感覚も無く、その足の運びは雪の上を引き摺るようで、その足跡からも彼女が疲れ果てていることが見て取れました。
灯りといえば僅かな星のひかりだけ。
ですが、あたり一面を覆い尽くす雪は、僅かなひかりを照り返してほのかに輝き、かろうじて少女は自分が向かうべき方向を知ることができました。
森の奥には怪我や病気をした動物たちが必ず食べに来るという薬草が生えているのです。
少女は病気の弟のために、どうしてもその薬草が欲しいのでした。
やがて少女は、一頭の大きな白い鹿に出会いました。
「お若い人、そんなにくたびれて何処へ行くのだね?」
嗄れた声で、鹿は少女に向かってそっと訊ねます。
その喋り方はゆっくりで、彼がとても年をとっていることがわかりました。
「薬草を探しているのです。弟が病気なの。ここは森の動物たちを癒やす薬草があると聞きました」
「……ああ、お嬢さん」
鹿は悲しそうな溜め息をつきました。
「お探しの薬草ならいかにも、ここにある」
老いた鹿は前脚で雪を搔き、その下から現れた鮮やかな緑の草を示しました。
少女はやっと、求める薬草まで辿り着いたのです。
けれど、少女は悲しそうな鹿の様子が気に掛かり、喜ぶことができませんでした。
鹿はゆっくりとその場に膝をつき、ひどく疲れた様子でその場に横たわりました。
「可哀想なお嬢さん。これはきみが望んでいるような万能薬ではない。……これは毒草だ。どんな怪我も病気もたちどころに楽にしてくれる、我々にとっての救済だ」
そう言って、横たわったまま鹿はゆっくりと草を食みました。
「そんな…!」
少女は鹿の側に駆け寄り、思わずその体に触れました。温かな毛皮の下で、鹿の体が細かく震えているのがてのひらから伝わってきます。
「それではあなたは死ぬためにここに来たのですか」
「私はずいぶんと長く生きた。もう楽になったっていいだろう?」
弱々しく響く鹿の声には微かに、笑みの気配がありました。
「きみと出会えたのは僥倖だった。ひとりきりで往くものだと思っていたから。きみにとっては災難だったろうがね」
「災難だなどとは……」
「そう言ってくれるかい。弟のためにこんな山の奥までやってくるくらいだもの。きみはとても優しい人なのだね」
鹿の声は今にも消え入りそうです。
少女はどうしたらよいかわからず、ただ鹿の体を撫で続けました。
その時。