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色式遊戯  作者: フユキ
2/2

始まり 2




熱いという感情が可愛く思えるほどに感じる痛覚が、突入したトウヤの肌を炙り、焦がしていく。孤児院の内部はかなり火が回り、教会じみた広場は、巨大な瓦礫と炎がまるで最初からあったかのように、左右に配置された長椅子を踏み潰し腰掛けている。あまりにも凄惨な現場を目の当たりにしたトウヤは、目の前の光景に呆気に取られ、広場の壁際で咽び泣く少女に気付くのに致命的なほど遅れてしまった。


「お…おい大丈夫…か……ッッ!!」


彼我の距離5m程を、黒煙と高熱が立ちこめるなか必死ににじり寄り、眼前約1mにまで差し掛かった瞬間、気付くのが遅かった彼をまるで嘲笑うかのように、大量の瓦礫が間になだれ込み、行く手を阻む。


「クソっなんだよこれ!!」


必死に瓦礫をどかそうと試みるが、触れただけでも皮膚を溶かすほどの高熱を発し、持ち上げるなんて考える気すら起きない程大きく、能力無しの彼には絶望的かつ、明確に少女を救助出来ない事実を突きつけられた。


「おい!おい無事か!!」


必死に声をかけるが、返事はなく、代わりにまるでトウヤを嘲るかのように、辺りに広がる炎がより一層力を増した。


「なんで…どうして……クッ…!」


目の前で救える子を救えなかった悔しさと己に対する怒りが涙となって滲み、彼はその場にへたり込みひとしきり泣いていた。


「…そ、そうだ清子さん……清子さんはどこに……」


先に突入した初恋の相手を思い出し、彼女と合流しようと、自責の念と立ちこめる煙で朦朧とした意識を懸命に奮い立たせながら、彼は歩みを進める。

普段は歩いて20秒もかからない程の距離を覚束無い足取りでフラフラと歩きながらも、奥にそびえる重々しい扉にたどり着き、半ば倒れ込むかのように扉を開けた彼は、目の前に広がる光景に息を飲んだ。


「ッ…!」


とてもこの世のものとは思えない光景だった。炎は消されたのか、燻った匂いが辺りに広がり、かつて子供達と遊び、清子さんが紙芝居を詠んでいたその場所は、瓦礫の山が広がり、簡素ながらも小綺麗に掃除された部屋とは到底考えられないほど凄惨な光景が広がっている。

瓦礫の間隙を必死に縫いながら、部屋と呼ばれた場所の最奥に差し掛かると、身の丈以上に差し迫る程積み重なった瓦礫の山の頂、そこに居た謎の無機質な「何か」が彼の目に写り、驚愕した。


「し、式…神…?」


式神。それはこの彩華国を目の敵にする、敵国である「式魔界」と呼ばれる国が使役する、半人半妖のような所謂化け物だ。大きさは大小様々あり、50cm程の小さな式神はこの孤児院の周りにもたまに現れ、子供達のおもちゃと化しているが、眼前のそれは3mに肉薄するまでの巨躯を持ち、無骨ながらもどこか美しさを持つその洗練された白い装甲が、頭上に開かれた大穴から差す月明かりに照らされ鈍く輝いている。

余りの出来事に唖然としている俺をよそに、佇んでいた式神は音もなくおもむろに動き出し、傍に横たわる何かを片手で掴み、そのまま持ち上げた。


「清子さんッ!!!」


見間違うはずもなかった。この式神と戦ったのか、所々服は切り裂かれ、そこから覗く真っ白な肌から真っ赤な鮮血がとめどなく溢れている彼女は、首根っこを掴まれ苦悶の表情を浮かべながら宙に浮かんでいる。

俺の声に気づいたのか、彼女は頭を懸命に動かし、俺と目を合わせる。彼女は少し驚いた表情を浮かべた後、あの頃子供達に見せていたのと同じ微笑みを俺に送り、何かを喋ろうと口を開いた。


「トウヤ…達者に暮ら―」


続きはなかった。月明かりに照らされながら、ゴキリという小さくも重い音が響き、式神から手を離された彼女は瓦礫の山を力無く下り、俺の近くまで転がってきた。


「……えっ…?」


一瞬何が起こったのか分からず、呆けていたトウヤだが、静かに目を閉じる彼女を見た途端、今起こった出来事をようやく理解したのか、近くに横たわる彼女よりも白い顔で絶叫した。


一度パニックになってしまえば後は早かった。元来た道を脱兎の如く駆け出した彼は、他のものに目もくれず、何のあてもなく未だ燃え盛る孤児院から逃げ出した。


 ――――


そして今、洞穴に逃げ込んだ彼は荒ぶる心臓と息遣いを懸命に整えながら、これまで起こった事を思い出すと同時にその場にうずくまり、子供のように咽び泣いていた。


どれほどそうしていただろう。いつの間にか、別の生き物のように激しく拍動していた心臓も今では静かに脈を刻み、形容し難いほどの感情を含んだ涙も枯れきったが、俺はその場を動こうとしなかった。

それからさらに時が経ち、月がちょうど真上に差し掛かってきた頃、俺はフラフラと立ち上がり、重い足取りで歩き始めた。


(助け…助けを呼ばないと…。)


俺が何も出来ない、何も出来なかったのは嫌ってほど味わった。ならせめて、せめてこの状況を打開出来る人を求めて、辺境の森の中をあてもなく彷徨い始めた。

――もちろんそんな人はいる筈もなく、その最中でくるぶし程の深さの小さな川を見つけた俺は浅瀬にしゃがみ込み、透き通るように綺麗な川面を覗いた。


白髪黒目。未曾有の『色』に生まれた俺の忌々しい顔が、月夜の下ではっきりと映し出される。その顔を見た俺はどうしようもなく腹が立ち、自分自身を否定するように川底まで頭を打ち付けた。2度、3度。

額が切れ、血がぽたぽたと流れ落ち、透明な川水を淡い赤色に染めてもなお、打ち付けるのをやめなかった。


俺は弱い。弱いから目の前の出来事に足がすくみ、救える人もろくに救えず、弱いから恋した人でさえ簡単に奪われる。惰眠を貪るだけのクズ。ただの穀潰し。

幾度となく繰り返した後悔と怒りをため息にのせ、すくっと立ち上がった俺は小川を下るようにとぼとぼと歩こうとした。


刹那。


どこか聴いた事のある轟音と凄まじい衝撃が、トウヤの後方およそ50m程の場所で炸裂した。間髪入れず吹きすさぶ暴風にトウヤは足を取られ、そのまま吹き飛ばされるかのように河原の上を転がる。

全身を打ち付ける痛みと頭を揺さぶられたショックで危うく意識を手放しかけたが懸命に堪え、霞む視界で音の方向に目をやる。

上から降ってきたのか分からないが、地面はクレーターのように大きく抉れ、その大きさに比例するように濃い砂煙が辺りに立ち込めている。


「ハァ…ハァッ…!」


俺は音の主を知らなかった。いや、知りたくなかった。前に広がる光景が夢だと必死に願った。

だがそんな願い虚しく、未だ立ち込めている砂煙の中、青白い光が2つ、妖しげな輝きを放った。


その瞬間、縫い目1つなかった砂煙が真横に両断され、蜘蛛の子を散らすように掻き消えた。


「…やめろ」


俺は必死に現実を否定し続けた。


「やめろ!」


窪んだ大地からゆっくり、ゆっくりと真っ白なナニかが起き上がっていく。


「やめろ!!!」


俺は頭を抱え目を瞑り、地団駄を踏む子供のように同じ言葉を叫び続け、眼前の現実を否定し続ける。


そんな俺をよそに、完全に起き上がったソレは、静かに空を見上げ、その白い巨躯に月の光を満遍なく受けるように、悪魔は大きな伸びをした。


式神。

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