始まり 1
「ハァッ…!ハァッ……!!」
白髪黒目の青年が、鬱蒼とした夜の森の中を1人、ナニかに追われ逃げ出しているかのように走っている。服は至る所が焦げ、ちぎれ、最早服としての機能が失われ、走っている彼の額には大粒を超え滝のような汗が流れ落ち、暗い森の中で一際輝き消えていく。その最中、小さな洞穴を発見した彼は、半ば転がり込むように洞穴に駆け込み、心臓が耳元で囁いていると錯覚させる程に荒ぶる心音を必死に抑えながら、今まで起きた出来事を、彼は気を紛らわせるように思い出していく。
「ハァッ…ッ、なんで、なんで俺がこんな目にっ……!!」
時はほんの1時間前に遡る。
『昔々、昔って言っても皆のおじいちゃんが生まれた位の昔、日本のちっさい村に五体の神様が現れました。神様はその村の人達に「力あげるから日本より良くしてくれや」といい、それぞれ火、水、風、光、闇の力を授けました。人々はいっぱい頑張って大きな土地をゲッツ出来ましたが、それをよく思わない人達も居たらしく、その人達は古くからある「式神」っていう、それはそれは恐ろしい、どれ位恐ろしいかっていったら2週間う〇こが出なかった時の便意位恐ろしい化け物を使い、私たちを攻撃してきました。しかァし!それに怯んだりしないのが私たちってなモンよ!私たちは神様から授かった力を使い、勇猛果敢に抵抗しました!バシュウンデュクシ!デュクシ!こうして始まった戦いは今も、死んだ人の遺産相続で揉め合う親戚同士のように日夜繰り広げられているんグホァッ!!』
叫び声と共に青髪青眼の女性が床に倒れた。
「何すんだコラァ!?」 女性。
「いや、紙芝居に私情挟みすぎでしょ。どんだけ便秘してんだよ年増。」
後ろ頭をポリポリ掻きながら短髪白髪の青年が言った。
「だからってトウヤお前ドロップキックは無いでしょうがドロップキックは!私の紙芝居子供に結構人気だかんね!大体アンタは年上に対する口の利き方がなってないのよ!!こないだも★&¥:……」
「紙芝居が人気じゃなくて詠んでる清子さんが面白いんだと思うよ。」
尚もガミガミまくし立てる女性を他所に、彼、白城トウヤは言い終わるのを待つために子供たちに目をやった。
「遺産相続だって〜!かっこいいね!!」 「2週間う〇こ出ない時の恐ろしさと来たら……ヒィッ!」 「あぁ…考えたくないほど恐ろしいな…。」 目と髪の色がそれぞれ違う幼子たちが紙芝居について話し合っている。
(絶対将来まともな大人にならんな……)
トウヤは深くため息をつき、スタスタと扉の方に歩いていく。
「ちょっと散歩してくる」
「ちょっとアンタ!まだ話し終わってな
バタン。
外に出たトウヤは、女性の話を遮った事を意にも介していないような足取りで、近くにあった若木の根元に腰掛け、空を見上げた。
雲ひとつない空。辺り一面に広がる青緑色の草原。木の葉の間から微かに漏れる暖かな光が、心地良い風と共にトウヤの心を落ち着かせる。
(……ここに来て何年経ったかなぁ…。)
ここは五つの『色』が統治する国、彩華国。この国では自身の『色』により、生まれながらにして将来の仕事や地位、序列が決まり、それと同時に差別も生まれる。『色』はそれぞれ赤、青、緑、黄、紫があり、五色が時代と共に混ざり合い、様々な色を持つ人々も多くいる。
(…俺…何の為に生きてるのかな……。)
そんな国で生まれた俺は、白髪黒目、能力無しという前代未聞、異端中の異端の色で生まれ、物心つく前から人から忌み嫌われてきた。親も落胆したのか、当時5歳程であった俺は、誰にも見つからないような深い森の中に捨てられたらしい。その中俺は近くを通りかかったおっさんに拾われ、彼が運営している孤児院に預け育てられ、今に至っているわけだ。
木陰で寝そべりながら物思いにふけっていると、突如目の前が急にぼやけ、次の瞬間俺は顔全面に水を被っていた。
「なーにが散歩よ、少しは反省して仕事手伝ったらどーなのよ。」
嫌なほど水がかかった目を擦り、声のする方へ姿勢を起こすと、桶を持った先程の女性が心底呆れた顔でこちらを見ている。
「はぁ…清子さん、俺の至福の時間を邪魔しないでくださいよ。」
「どうせエロい事で頭いっぱいにしてたんでしょ、むっつりスケベめ」
「そんな女性とはかけ離れた言動するから名前負けしてるって言われるんブッ!!」
言い終わる前に俺の眉間に手刀らしきものが入った。速すぎだろ。ゴリ子さんの方が合ってんじゃないのか名前。
「さっきのと今回の無礼のお返しね。」
手をパンパンと払いながら彼女、清子は言った。立ち振る舞いを弁えたら美人なんだけどなぁ…と思いながら、トウヤは未だ痛みの残る眉間をさすり、痛みの残滓をはらい落とし、眼前のシスターチックの服を着ている彼女に目をやった。
…実際彼女は人付き合いが少ない俺でも分かるほどの美人だった。街に行けば大人気になる事はまず間違いないのに、父親の仕事を継ぎたいからと言ってこの辺境のド田舎にぽつんと建つ孤児院の手伝いをしている。
「…清子さん。」
僕の前に佇む彼女に対し、唐突にトウヤが話を始めた。
「何よ急に、告白?答えはノーよ。」
「清子さんに告白する人なんてゼロですよ。野蛮だし。」 手刀。しかも結構イイの。
2度立て続けにくらった手刀に半ば悶絶しながら、トウヤは続ける。
「俺ってなんで生きてるんですかね。」
そう聞くと、今まで前で立っていた清子さんが、ため息をつきながらズンズンと俺の隣まで歩き、同じ木の下に胡座をかいて座った。
「アンタまたそれ?つまんないね。」
彼女は口をへの字にまげ、聞きたくないかのように手をヒラヒラと振りながらも、外で遊ぶ子供たちに目をやりながら、口を開く。
「アンタがその髪色と目に生まれたことで、どんなに酷い仕打ちを受けたかは知らないわ。どんな辛い思いをしたかも知らない。でもね、アンタは虐げられてきた人達を思いやれる心がある。ここにいる子供たちもアンタみたいに差別で捨てられ、暴力を振られ、見放された子ばかりよ。普通なら一緒に過ごすだけでも嫌になるはずなのに、アンタは18になって1人で生きていける位の歳になってもここを出ていかず、ココの手伝いをしてくれてる。その心があるだけでも、街のクソ共よか生きるべき人よ。」
彼女の話を聞いていると、思わずポロッと口を滑らした
「…清子さんって、たまにはいい事言いますよね。」
「うっさい」
微笑みながら彼女は手刀を繰り出した。だがその手刀は先程の2発と違い、蚊も殺さぬ程の威力で俺の髪に触れ、形を変えクシャッと撫でた。
やっぱり彼女は優しい。暴力を振るう事もあるが、俺の事を思い、不器用なりにも寄り添ってくれる。そんな所を俺は尊敬し、そんな所に俺は恋をした。
「ハァ…」
少し小さく息を吐き、すくっと立ち上がったトウヤは、おもむろに孤児院とは反対の方向、森の方に向かって歩みを進める。
「ちょっとどこ行くのよー。」
「ちゃんと散歩してくる。」
「ちゃんとってなんだよちゃんとって。」
彼女は微笑み混じりの呆れ顔を浮かべ、それ以上トウヤを止めることなく孤児院に戻って行った。
そのままスタスタと森の方に歩き続ける俺にふと、感じたことの無い不思議な気持ちがよぎった。
(なんだ…気配のような…)
訝しみ、辺りを見渡すが何もなく、不思議な気持ちもすぐ過ぎ去ったため、特に考えず散歩を続けようとしたその瞬間、鼓膜を直接叩かれたような轟音が響いた。
「ッ……!?!?」
頭を揺らす爆音を必死に手で抑えながら、音の鳴るほうへ振り向くと、孤児院が夕焼けの暗がりを煌々と照らしながら燃え、石造りの屋根には隕石が降ってきたかのように大きな大穴が空いている。
「え……。」
絶句し、佇む俺の耳に、聞き慣れた大声が横から聞こえる。
「ちょっと…なんなのよコレ!!」
清子さんだった。よかった。彼女は居合わせていなかったのか。
「清子さん!無事だったのですね!」
そんなことを聞くと切羽詰まった声で叱られた。
「私の事はどうでもいいのよ!それより子供達よ!助けに行かないと!!」
鬼気迫る顔を浮かべる彼女は突如右手を前に突き出したかと思うと、その手のひらから175ある俺の身長を優に越すほどの水球を生み出した。
――魔法。それは神がこの彩華国にもたらした文字通り神業。この国で生まれた子には、色に応じて様々な物質を操り、生み出すことが出来る力を与えられる。出力や、絶対的な魔力量は、それぞれの純色に近ければ近いほど格段に跳ね上がる為、純色に近い者「色者」は人々から尊敬、畏怖される戦士として育てられる。――
(…俺は授かれなかったけどな……)
顔に手を当て深くため息をついた俺をよそに、清子はその水球を3つの大きな水流に分け、それぞれがまるで大蛇のようにうねり、瞬く間に孤児院に回っていた火を消していった。
がしかし未だに消える気配のない猛火をみた彼女は、脇目も振らずに建物へ猛然と駆け出した。
「ちょ…危ないですよ!しっかり鎮火してからじゃないと!」
「そんなうかうかしてられないのよ!子供達を助けないと!!」
聞く耳も持たず彼女は走りながら体全体を水のベールで包み込み、燃え盛る炎の中を果敢に飛び込み、奥に消えていった。
「お、おい正気か……」
いや、正気なのだろう。彼女は子供達「に」対しては誰よりも優しく、どんな事でも手放したりしなかったからな。…俺にもちょっとはああいう目をくれてもいいのにな。くそ。
いやバカか。そんな事考える暇なんてない。まずはどうやって中に入り、子供達と彼女の安否を確認出来るか考える事が第一優先だ。そのまま入るか?いやバカ、魔法でも使えないと無理に決まってる。でも他に策は…うーん…
未だ消える気配が全くない炎の壁の前であれこれ考えていると、突如彼女の叫び声が聞こえた。
「キャァァァァァアア!!!!」
「ッッ…!!」
もう考えるな。覚悟を決めた俺はがむしゃらに走り、炎の中に駆け込んだ。