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手まりの森(第二章)  作者: 羽夢屋敷
5/5

戟 ~呪い/ 05~


気が付くと佐伯は

濃霧に包まれた不思議な世界に居た。


それは夢か、

はたまた幻か……


佐伯はその白い世界で

手まりの歌をうたいながらまりをつく

アキらしき少女と

〝さらし首〟にされた6つの生首に

遭遇したのだった。


  挿絵(By みてみん)



  7月 6日 8時03分 比叡 祓衆本部。


 「それを拾っちゃだめだ!」


 鈍色の香の煙が立ち込める薄暗い和室で悪夢から眼覚めた葉月は、一声とともに上体を跳ね起こした。

「!……は、葉月さん?………お、おーいっ!葉月さんが目を覚ましたぞーっ!」

 葉月の枕元で正座の姿勢のままうたた寝をしていた若い青年は、まる三日間昏睡状態にあった葉月が突然目を覚ました事に驚き、仲間たちにそれを知らせるべく転げる様に部屋から飛び出して行った。


 ――ズキン!――


 頭に割れるような痛みを感じ、葉月は顏をしかめる。

「何が起こった?……浄めの儀式に入ったはずだったが……」


 しばらくすると、黒色の作務衣を着た行者を筆頭に、在住医師と数人の若い修行者が駆け込むように8畳間になだれ込んでくる。葉月はぼやけた視線で周囲を見回し、枕元に自分の眼鏡を見つけるとそれを素早く鼻梁にのせて言葉を発した。


「……天野か。……なぜ僕はここに?………」


 葉月は先陣を切って部屋に飛び込んできた同い年位の作務衣の行者に向って問いかける。

 相手の方は相手の方で〝信じられない〟といった様子で、見開いた眼をしばしばさせながら返答する。

「お、お前……ひょっとして……何も覚えてない?」

 しどろもどろに答える相手の表情に訝しさを感じつつ、葉月は黙って首を縦にふった。 


「儀式が始まったら突然暴れ出したんだよ、お前………で、数人がかりでそれを抑え込んだんだけど、そしたらいきなり白目むいて倒れちまってさ……」

「暴れて…………倒れた?……」

「そう。それで熱をはかったらお前、40度近い高熱で……今日で四日目、……まる三日間、昏睡状態だったんだぞ。お前……」

「昏睡状態?……三日間も……」


 会話を続ける二人をよそ目に、その間に割って入ってきた医師が自分の手を葉月の額にスッと当てた。医師は数回小さく頷くと、流れる様な動きで手首の脈を確認する。

「葉月様。失礼ですが、浄めの儀に入られた日付を覚えていらっしゃいますか?」

「日付?………3日……7月3日のちょうど昼を過ぎた頃だったと……」 


 医師は自分の人差し指を葉月の目の前に立てて指示を出す。

「では、この指を動かしますから顏は動かさずに眼だけでこれを追ってください」


 指を追う葉月の目の動きを慎重に観察していた医師であったが、突然腕の動きを止め、上方に立てていた人差し指をゆっくりと自分の方に向けた。

 医師の表情が、みるみるこわばっていく……


「ちょ、ちょっと!……葉月様!……こんな時に、じょ、冗談が過ぎますぞっ」


 狼狽する医師を横目に、葉月は意地悪そうな笑みを浮かべ、天野の方にちらっと視線を送った。二人の姿を見ていた天野の表情がようやくほころぶ。

「大丈夫そうだなぁー。そのカンジなら」

 天野はうんうんと頷きながら、安心した様子で言葉を放った。


 葉月は微笑んだまま目線を自分の胸元に下げると、小さな声で告げた。

「三途にいたよ」

 その言葉に室内の空気が瞬間ピンと張り詰める。

「!……サンズってお前、狭間にいたのか?……こんな長い間?」

「ああ」


 葉月は一呼吸おいて、訥々と語りだした。

「佐伯………向うで東京の佐伯さんに会ったよ……」


 その名前に天野が敏感に反応する。

「佐伯って……アレか?……生贄の札を素の状態で一週間以上持ち歩いてたって男?」

「そう。……彼が突然河原に入ってきてね……そのおかげで僕はこっちに戻ってこれたのかもしれない………よほど強い因果を持ってるんだろうね。彼は……」


 天野はまたもや〝信じられない〟といった表情を浮かべ、暫くぽかんとしていたが、直ぐに我を取り戻し、自分が一番気になった質問を投げかける。

「で?……そ、その佐伯の方は!?」

「あの感じだと、僕と同時に出たね。……本業のこっちは3日も捕まってたってのに……何と言ったら良いのやら……」


 葉月はそこまで言うと、廊下側に面した開けっ放しの襖の方に視線を向ける。

 廊下の向こう側に見える庭の梅の木の枝には、いつのまに居たのか小さな野鳥が朝日を浴びながらチュンチュンと小さくさえずっている。

「……………」

 安堵と悔しさが入り混じったような葉月の複雑な横顔に、周囲の者達もただ黙って同じように野鳥の声に耳を傾けていた。

 


「はらが減った。点滴じゃなくて何か美味い物食わせてくれよ。」

 

 沈黙を破って発せられた葉月の一言で、一同に笑顔が戻った。

 



 

  *********


  7月 6日 8時04分 京都 博宝総合病院。



「うああっつ!」


 消毒液の臭いがほのかに鼻を衝く病院の一室で悪夢から眼覚めた佐伯は、一声とともに上体を跳ね起こした。

 ――首!……首はどこにいった!?――

 佐伯の目に飛び込んできたのは、清潔な病院の個室の室内光景であった。白いベットに横たわる患者衣姿の自分と、腕に差し込まれた点滴から自分がどこかの病院に運ばれたのだなと、すぐ理解できた。


「あら。お目覚めですね佐伯さん。………意識はしっかりされている様ですね」

 丁度、点滴の確認にやって来た看護婦が、目の前でいきなり飛び起きた患者に若干驚きつつも笑顔で語りかける。

「ここは?……俺はどうやってここに?」

 看護婦はかなり少なくなった点滴の袋に目をやりながら、説明する。

「昨日、お昼前にここに運ばれてきたんです。……昨日の午前中、ケーブル列車の中で気を失っているのを発見されたそうで……それで一番近いこの病院に搬送されたんですよ」

「ケーブル列車……」

 佐伯の頭の中で断片的に記憶が蘇ってくる。


 ――そうか。おれはあの列車で……じゃぁ、さっきまでの変なのはやはり夢?……――


 反射的に下唇に手が伸びる。


「痛っ!」


 看護婦が慌てて佐伯の動きを制止する

「ダメダメ。そこは結構広く切れてますから、触っちゃダメですって」

「………やっぱり切れていたか」

「昨日は断続的に痙攣を起こされていて、まともに検査もできない状態だったんです。その時どこかに打ちつけて切ったのかもしれませんね」

「痙攣……ですか」

「熱も40度近くあったんですよ。……まぁ、そちらは夜には収まりましたけれど」

「40度も?」


 看護婦は佐伯の方に真剣な眼差しを向けると、ゆっくりと首を縦にふった。

「そうそう。それから、今日は朝から色々検査をする事になってるんで、この点滴が終わり次第おトイレでお小水だけ先に採らせてもらいますね。9時頃に先生が回診に来られるんで、そこから血液検査とか色々始まりますから……」

「はぁ。……あっ、電話。……色々連絡しなきゃならない所があるんで電話を使いたいんですが」

 佐伯の言葉に看護婦は少し呆れ顔になる。

「そういうのは、一通り検査を済ませてからにしてください。……昨日の状況をお忘れなさらずに!」


 佐伯はバツ悪そうに後ろ頭を掻きながら小さく頷いた。



  *********


  10時 49分。


 CTスキャンで脳の画像撮影を終えた佐伯は、ゆっくりと診察室の扉を閉めた。血液検査から始まった精密検査は、あちこち2時間近く院内をたらい回しにされた後、ようやく終了した。

「しかし、もう2~3日様子を見て入院とは……ケーブル列車も不通になってるって言うし、まさに泣きっ面に蜂だな」

 看護婦の話では、一昨日の深夜の大雨で比叡山の山頂付近で何ヶ所か崖崩れが発生している為、それを受けてケーブル列車も全面運休となっているらしい。

 佐伯はとりあえず正確な状況を確認する為、手帳を片手に電話の置かれているナースセンターへと小走りする。


「もしもし、八瀬駅からのケーブル列車の運行状況について知りたいんですが……はい……はぁ。……まだ運行再開タイミングはわからないと………はい……事故の復旧自体は?………結構な広域で………まだ数日はかかるって事ですか………なるほど、わかりました。……そうですね………はい、ありがとうございました」

 受話器を置いた佐伯は天井を眺めてふぅと溜息をつく。駅の事務員の返答は、先行きの見えない予想以上に悪い内容であった。


「仕方ない……この時間を使って医者の言うとおり体の方を調べておくか?」


 ――ズキン!――


 この機に自分の体の事を知っておこうかと考えた矢先、首筋に鋭い痛みが走る。

 ――そんな悠長なこと言ってられんって事かよ……――


 佐伯は暫く自分の手帳の表紙をじっと眺めていたが、何かを思い出したかのように再びそのページをパラパラと素早くめくって行く。


「あった!」



  ……………………………


<舟越ケイコ(島根の病院)>

 東野精神病院

 島根県出雲市○○町○○  電話○○○-○○○○



  ……………………………

 

 佐伯はページに書かれた数字をしっかりと確認しながら丁寧にダイヤルを回していった。

 電話はワンコールで直ぐに繋がった。

「もしもし、そちら東野病院でしょうか?……私、東京の出版社……集敬社の佐伯と申しますが……はい…………あの、『葉月』という者の代理で連絡させていただいたのですが、そちらに長期入院中の『舟越ケイコ』さんと面会をさせていただきたく……」





  *********


  11時  画像診断課 データ集積室。 


 壁に取り付けられた大きなバックライトに数枚の脳のフィルム画像が張られている。

 その前には大柄で威厳に満ちた60代位の医師と、20代中盤に見える若い研修医が、二人して難しい顔で画像を眺めている。フィルム越しに透過する強い光のせいか、両名の顏は若干青ざめているようにも見受けられる。


「どう思うかね?」

「機械の故障……何かの弾みで他の患者のデータが重なってしまったとかでしょうか?」


 数枚の脳画像の中に紛れ込んだ明らかに異質なその1枚を前に、二人は次の言葉をなかなか見付けられず、食い入る様に黙ってその画像を眺めていた。


 大柄の医師の方がやっと重い口を開く。 

「私もそう思いたいんだがそういうトラブルじゃないね。……ここ、患者の右のこめかみ部分……ソラ豆大のリンパ腫があるだろ?」

「あ。圧迫されて上方に押しやられてるカンジですね……親指のちょうど上あたり……」


 二人が注目していたのは頭蓋骨を鷲掴みにするような形で、不自然に手の画像が重なって焼き付けられた異様な画像であった。



  挿絵(By みてみん)



「そう。ところがその前後の2枚……その2枚は普通に頭蓋骨だけ映ってるんだが、そこのリンパ腫の位置は同じこめかみ辺り……つまり、その瞬間〝実際に誰かが頭部を強く締めつけていた〟のは間違いないんだよ」

「何か理由があって本人が『自分で頭を押さえた』とか、そういう事では?……撮影中に頭痛が起きて、こめかみを押さえちゃったとか……」


 医師は眉をしかめて言い放つ。


「左側についた右手でかね?」


「?」


「よく観たまえ。いくら研修中とはいえ、こんな初歩的な気付きも出来んとは……」

「左側に右手???………あっ!」

「気づいた?……その手は左側から伸びて頭を掴んでるよね。でも親指は右側。……左側に右手がついてなけりゃ、そんな映像にはならんでしょ」

「なるほど。確かに。………………いや、ちょっと待ってください!じゃあ、これは一体誰の手だって言うんです?」

 若い研修医は青ざめながら問い詰める。


「病院ってね……そういう変な事、たまに起きるんだよ。変な物が見えたりとかさ……」

 傍らで機材のチェック作業をしていた放射線技師が口をはさむ。

「でも、そんな気味悪い画像はめったに出ないよ……僕もビックリしちゃったし」


 研修医は納得いかない表情のまま質問する

「この画像……本人にはなんて説明するのですか?」


 医師は一瞬キュッと口をつぐみ、技師の方にチラリと目をやり咳払いした。技師はその様子を見て苦笑いしている。医師は研修医の方を向き直り説明した。

「これは見せないよ。本人には……。頭部にはこれといって問題はないし、血液検査の結果も異常ナシ。そのリンパ腫も良性だからね。……この画像だけ抜いて検査結果を報告するよ」


「………そういうものなんですか?」

 首を傾げながら問いただす研修医に対し、横に居た技師の方から答えが投げ入れられた。

「そういうものです」



「そうだ。そういえばこの患者さん、首におかしなアザがあってね。私は個人的にはそっちの方が気になってるんだ。そのアザ、外傷じゃなさそうでね」

 医師が技師の方に向って声を張る。


「???……外傷じゃない?」

「そう。まぁ、詳しく調べてないんでハッキリした事は言えないんだけど、ちょっと奇妙でね……ああ君、ここはもう良いから外の仲間を連れてリハビリ科の方に回ってくれないかな。ついでに30分後に、この患者さんに私の所に来るよう伝えてくれたまえ」

 医師は、眼を細めて問題のフィルム画像を見つめ続ける研修医の肩を〝打診〟の指の形でトンと軽く叩き、退場を促す。

 

「わかりました。いろいろ参考になりました。それではまた後ほど」

「ご苦労様。頑張りなさいよ」

 研修医は軽い足取りで部屋を出て行った。



「今年は元気が良いのが揃ってて期待できますなぁ」

 技師が機材を整理しながら医師に話しかける。

「まぁね。……いやしかし…………この画像を見られた時は正直ドキッとしたよ」


「でも彼………気付きませんでしたね」

 技師が手を休めて、医師の傍らにやって来る。二人は、バックライト上の画像を険しい顔で凝視しながら静かに会話を続けた。



「こんなもの………気付かん方が、精神衛生上喜ばしいよ」


「手の平の付け根から中指の先まで、23~4センチ位ありますか?……」



「25センチ以上だよ………………それにこれ、人間の手じゃないよね……」






  ********* 


  11時13分。   


 舟越ケイコとの面会の約束を取り付けた佐伯は、自室に戻り、そそくさと手荷物をまとめるとものの数分で身支度を整えた。そして、自分の住所と連絡先を控えたメモをベッドの脇のテーブル上に残し、そのまま病室を後にした。自己判断での勝手な無断退院である。

 佐伯はうつむき加減のまま階下へと移動し、早足で受付ロビーを通過すると、出口前で立ち止まって一瞬後ろを振り返る。


「手紙も残したしな。……請求書、ちゃんと送ってくださいよ」


 佐伯は、院内の方を向いて誰ともなしに小さく会釈をした後、すぐさま踵を返して東京でも滅多に見ない大きな回転扉を通り抜けた。


「あれぇ?」


 佐伯が扉から出るのと反対に、母親に手を引かれながら同じタイミングで院内に入ってきた3~4才くらいの男の子がいきなり立ち止まって声を上げる。

 男の子は佐伯の方を振り返り、その小さな瞳でじっと佐伯の後ろ姿を眺め続けている。


「どうかしたの正ちゃん?」

 母親が子供に尋ねる。


「くろいフウセン~」

 男の子はニコニコしながら佐伯の方向を指差し、言葉を続けた。


「おじさんのうしろ~、ぞろぞろイッパイ~、くろいフウセン~」

「風船?………何言ってるの正ちゃん、風船なんてどこにも飛んでないわよ」


「フウセン~、こわいかおのへんなフウセン~」

「え?……」


「いーち、にー、さーん………………ろっこーーー」

「???」



「くろいフウセンがろっこーーー」






                (つづく)



~あとがき~


小説の書籍化プロジェクトの支援募集期間も

残す所、あと3日……


やれる事は精一杯やってきましたが、

残念ながら今回は、前回のチャレンジ時よりも

「ゴールには遠く手が及ばず」

という幕切れが見えて参りました。



不本意ではございますが、

今月からは、イラスト制作のバイトの方に

精を出さざるを得ず、

文章を書くのは暫くお休みになりそうです。



現実は、なかなかうまく行かない

もんですねぇ。。。




            羽夢屋敷



↓小説の書籍化プロジェクト↓

https://camp-fire.jp/projects/view/499917


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