戟 ~呪い/ 04~
神水会本部へ向かう途中
登山ケーブル車内で
死んだはずの妻と娘に遭遇した佐伯。
その惨めな姿を前に
狂ったようにあざ笑う「6つの首」に囲まれ
佐伯の意識は深い闇の底へと沈んでいった…
ぬるっとした生暖かい嫌な風に頬をなめられ、佐伯は反射的に瞼を開いた。
後頭部からはじんめりとした冷たい土の感触が伝わり、鼻腔にはつんとした草の臭いが広がっている。佐伯はゆっくりと上体を起こす。
周囲には十数センチほどの短い雑草が生い茂っている。どうやってこの場所に辿り着いたのかは分からないが、何かを考えようとするとキリキリと頭の奥が痛む。
佐伯はコキコキと首を左右に振り、視覚に意識を集中させる。
白、白、白……
どの方向に目を凝らしてもその先には〝真っ白な濃霧の世界〟が広がっているだけだった。自分の周囲を見回すが、濃い霧の為にほんの十数メートル先迄しか目が利かない。
――ここはどこだ?――
しばらく辺りをうかがった後、佐伯は地面にへばり付いていた重たい腰をはがす。
「誰かーーー!……誰か居ませんかーーーー!?」
異世界のような白い空間に、自分の声だけが空しく木霊する。
――山?……いや、森か?――
その奇妙な反響音のせいで得体の知れない不安感が増幅される。じっとしていても仕方がないので、佐伯はとりあえず当ても無く前進を始めてみた。
しばらく進むと、斜め前方から微かに水の流れるような音が聞こえてくる。
「水?………川か?」
音の方向に歩みを進めると、うっすらと黒い横線が視界に入ってくる。足元に目をやると、いつの間にかその足裏は砂利を踏みしめている。河原に出たのだ。
「……何だ、この川は………」
川岸まで来て佐伯の歩みがピタリと止まる。その川の水は醤油のようにドス黒く濁っており、緩やかな流れとは裏腹に所々で奇妙な渦巻きを形作っている。深い霧で向こう岸の様子はハッキリしないが、川幅は12~13メートルという所だろうか。
川の流れを見つめていると、川のちょうど中心辺りを一定の距離を置きながら何かがゆっくりと連なって流れているのを発見する。佐伯は、ぼんやりと見えるその物体に瞳の焦点を合わせていく。
流れているのは、巨大な白い『蓮の花』だった。異様な漆黒の水面とは全く似つかない〝何とも言えぬふわっとした甘い香り〟が周囲に漂っていたのはこの花のせいだった。
『……ぅ……さ…ぁ…ぁ……ん……』
人の声が聞こえた気がし、ハッとして声のする対岸の方向に視線を向ける。
「!」
霧でぼやけてはいるが、佐伯はそこに懐かしい二人の姿を確認し、息を飲む。
二人のシルエットはこちらに向い〝おいでおいで〟の動作をゆっくりと繰り返している。
「と、利恵!………由香里っ!」
夢中で川の中に足を踏み入れようとした佐伯の腕を誰かが凄まじい力で掴んだ。
『行ってはいけません!』
振り返った佐伯の眼の前に、血だらけで恐ろしい形相をした見覚えのある女の顏が飛び込んでくる。そして、女のすぐ後ろには幾度となく現れた例の男が「二人羽織」のようにぴったりと寄り添い、くっ付いている。
「うわあっ!!」
驚いて大声を出した佐伯は、その勢いで再び寝ていた体を〝がばっ〟と起こした。
辺りはしんと静まり返っており、つんとする強い草の臭いが鼻腔に広がる。見えない霧のその先を見つめながら、佐伯はもう一度頭の中を整理してみる……
「……さっきと同じ場所?…………今の二人は、確か……」
『しぃーーーっ!』
突然、はっきりとした人間の声が近くで聞こえ、佐伯はギョッとして後ろを振り返る。
視線の先には黒いスーツを着た一人の男が立っている。男はこちらを見向きもせず、ただ遠くの一点を凝視している。
「あんた………どうしてここに?」
そこに立っていたのは、佐伯が探し求めていた男〝葉月〟であった。佐伯は彼の傍らに近寄りもう一度声をかける。
「葉月……葉月さん!……やっと会えました!………こ、…ここ、一体どこなんです?」
葉月は口を半開きに開け、少し前のめりで遠くを見つめた姿勢のまま、まるで蝋人形の様にピクリとも動かない。
「ちょっと、フザけてないで何とか言ってくださいよ!……葉月さん!」
佐伯はそう言いながら葉月の肩口に軽く手をかけた。
葉月の体は、その姿勢を保ちながらゆっくりと向う側へ倒れ込んでいく。
――ガシャーーン!――
地面に倒れたその体が、大きな音を立てて陶器の様に粉々に砕け散った。
「葉月ッ!!」
驚きで大声を出した佐伯は、その勢いで再び寝ていた体を〝がばっ〟と起こした。
辺りはしんと静まり返っており、つんとする強い草の臭いが鼻腔に広がっている。
「……これは?…………どうなってんだ一体?」
佐伯は葉月が立っていた方向に目をやる。そこには先ほどと同じように、やはり葉月が無言でピクリとも動かずに突っ立っている。前回と違うのはその〝姿勢〟で、今回は左手で先の方にある斜面を指差している。
佐伯は葉月の凝固したその姿と自分の両手を交互に眺めていたが、いきなりその手を自分の頬に強く叩きつけた。
「夢、……じゃないのか?………」
パックリと切れた唇から流れる鉄の味をかみしめながら、佐伯は小さく呟いた。
淀んだ気持を切り替え、葉月の指差す方向に目をやると濃霧の先、20メートルほど奥の方にぼんやりと棒状の細長い何かが、同じような間隔を置いて連立しているのが目視できた。佐伯はそれらが何であるかを確認すべく、緩やかな斜面を登って行く。
10メートルほど進むと、いつの間にか斜面は砂漠の様な〝砂地〟になっている。
周囲の霧はまるで佐伯の行く手を遮るように、佐伯の歩みに合わせてその濃さを増していく……
斜面を登り、棒状の物体まで2mほどの距離まで接近した時、ようやくそれらが何であるかがハッキリと分かった。
そこに立っていたのは1メートルほどの長さの6本の竹の棒だった。棒は同間隔で整然と並んでおり、それぞれの先端には干し柿のように乾燥し、赤黒く変色した6つの生首が突き刺さっており、焼き魚の眼球の様な白い視線を佐伯の方に投げている。
斜面の頂きに並んでいたのは、侮蔑に満ちた、最低級の〝さらし首〟であった。
どこからともなく舞い降りた一羽のカラスが一番端の生首の上で、穴のあいた頭蓋の中を狂ったようについばんでいる……
「こっ……………………これは………」
あまりの衝撃に金縛りの様になった佐伯の耳に、聞き覚えのある数え歌が静かに流れ込んでくる。
『一ツつ~いて~は父のため~』
『二ツつ~いて~は母のため~……』
声のする方に顏を向けると、そこには花柄の綺麗な和服を着た少女が、歌を口遊みながら毬をつく姿があった。
「まさか………」
『三ツみ~んな~はどこに居る~………あっ。』
毬つきのタイミングをしくじったのか少女の手元からまりが転げ落ち、佐伯の方に転がってきた。
『おじさん、それとってぇ~』
足元のまりを拾い上げたと同時に後方から葉月の叫び声が聞こえ、何事かと後ろを振り返るが、佐伯の視界は白い濃霧に完全に遮られ、その先に何者をも見つける事はできない。
『我らのモノじゃ……』
佐伯に拾われた『生首』が、そう言ってニヤリと笑った。
(つづく)
~あとがき~
10月初旬からスタートした
当小説の書籍化プロジェクトは
相変わらず大苦戦中です。。。
今月は、ゲームマーケットへのゲーム出展もあり
体の悲鳴は日に日に増しておりますが、
小説の方は
プロジェクトの募集締め切り日(11/17)迄に
何とか、あと2回くらいUPしたいです……
がんばるぞー
(※小説下部の星数によって、ページ露出が高まります。
ご評価のほど、何卒よろしくお願いいたします!)
羽夢屋敷
↓小説の書籍化プロジェクト↓
https://camp-fire.jp/projects/view/499917