08 その頃、王城では
「参りましたわね。王城や貴族街はおろか、城下町でも目撃証言が見つからないなんて」
「うむ、しかしこれ以上派手に捜索を始めると国民達の協力も必要になって来る。国民達に不安が広がりかねんぞ」
ダランベール城内の絢爛豪華な会議室で、国王たるフリードリヒ=ダランベールとその第一妃のシンフォニア=ダランベールは溜息をついた。
「そもそもどうして突然いなくなってしまったのかしら? ウォルクス、何か聞いておりませんの?」
王妃の言葉に、この場にいる全員の視線が第一王子であるウォルクス=ダランベールに集中する。
「申し訳ありません母上、私も何が何だか……ミリーはどうだ? 最初に気づいたのはお前だろう?」
第一王女、ミリミアネム=ダランベールが慌てて答えた。
「わ、わたくしはただ書置きを見ただけですわ! それもセリアーネが持って来た!」
「しかしだな、我等の中で一番仲の良かったのはお前ではないか」
「そもそもミチナガ様は工房に入ったら何日も出てこない人なんですよ? 仲良く話せたのは魔王討伐前後、ミチナガ様がずっと外にお出になられていた短い時間だけなんです! 仲がいいというのであればシャクティールお兄様です! シャクティ兄様はミチナガ様に剣まで作って頂いていたじゃないですか!」
「あれはあいつが試作品だからって! 大体お前も剣を作ってくれと頼んでたじゃないか」
「誰かさんのせいで邪魔されましたけどね!」
ジロリと第一王子を睨みつけると、フン、と顔を背けるミリミアネム。
「いや、流石に第一王女が男から剣を貰う訳にはいかないだろ」
「わたくしはその意味も存じております、その上でお願いしたのです!」
「その意味を知らない相手におねだりするのはアンフェアじゃないかい?」
「貰ったもの勝ちですわ!」
「ミリー! そんな事をしとったのか!」
「あなた、ミリーは剣にばかり執着してたのですもの。良い事では御座いませんか」
「そうは言うがなぁ」
フリードリヒの顔が娘を心配する父親のそれになっている。
貴族階級の間で、武器を相手に送ると言うのは相手を全面的に信用するという意味を持つ。
同性同士であればそれは永遠の友としての誓いである。
男性が女性に送る場合は『私が貴女を永遠に守ろう』という意味になり、女性が男性に贈る場合は『この剣で私の事をお守りください』という意味になる。つまり婚姻の約束だ。
戦が長く続いたご時世で半ば形骸化している風習ではあるが、王族ともなるとそれは無視出来ない。
「それよりも、ミチナガの現在位置です。星占術師達でも見つからないのでしょう?」
「申し訳ありません母上、彼らも全力で占っておりますが……」
「ゲオルグよ、そなたの魔道具で調べられぬのか?」
道長がどこに行ったかも把握しているゲオルグに話の矛先がきた。
「失せ物を探すとは訳が違うしのぅ、相手も移動する事を考えると難しいとしか答えられんわい」
「ゲオルグ様の魔道具でも無理ですか……」
ミリミアネムが悔しそうな声で呟く。
「しかし、本当に何故突然……」
「クリア様の神託もおりませんし」
クリアとは道長を含むクラスの人間を異世界から召喚した女神の名前だ。
「クリア様がお答えにならないとは、まさか……再び世界の危機が!?」
「そんな!」
「父上! ご冗談でもそんな事を言うのは憚られますよ!」
「しかし最後の神託の事を思い出してみるといい」
「それは……」
光の女神クリアは、一つ嘘をついていた。
それは道長を元の世界に戻せないと言ったのではなく、この世界に再び危機が来た時の為に道長を残したと言った事だ。
人間の防御を突破出来なかったなどと、神としてのプライドが邪魔をして口に出来なかったのである。
もっとも道長本人には愚痴交じりに伝えてしまっていた為、女神の沽券に関わると言って口止めもしていた。
そして神託を下さないのには訳があった。
寝ているのだ。
もう爆睡しているのである。
道長を戻す為に余計に神力を使った結果、疲れたのだ。
そもそも魔王軍の侵攻によって攻撃を受けた神界への入り口たる世界樹を守る為、多大な量の神力を消費していたのだ。
その上で、この状況を打破すべく未来視を行い異世界から適性のある人間をまとめて召喚すると言った事を実施したのだ。
姉妹である闇の神ディープは手伝ってくれなかったので一人でだ。
魔王軍の侵攻が始まってから5年もの間、満足に睡眠も取れずに働き続けたのだ。
半年は起きるつもりはないのである。
「ミチナガが一人で旅に出たのは、新たな神託を受けて?」
「無い、とは言い切れぬ」
「そんな! まだ魔王軍の残党が残っていると言うのに!」
「悪は待ってくれぬということであろう、厄介な事だ」
「だだだだ、ダメよ! 危険だわ! ミチナガ様はあらゆる魔道具をお造りになられる天才よ? でもお体は並の冒険者程度の強度しかないのよ! 勇者コウイチやバトルマスターアキホと違い普通の人間なのよ!」
「焦るでない姫様よ。まだそうと決まったわけではなかろう」
背中に冷や汗を流しながら、道長の逃亡を手引きしたゲオルグが平静を装って声をかける。
「そもそも星占術師達の占いに、その様な悲報は出ておらぬであろう?」
「いや、今はミチナガ探索に力を割いている。そちらを視ようとしている者はいない」
「調べさせねばならんな」
ウォルクスの苦言に国王が重い息と共に呟く。
「ミチナガ様、わたくしを置いていかれるだなんて……そこまで危険な旅をお一人でなんて」
「確かに、心配ね」
「お父様、お母様! わたくし、ミチナガ様を追います! 外の世界より参られた彼の方にこれ以上甘える訳には参りません!」
「ならん」
「お父様! わたくしのお気持ちは先ほどはっきり申し上げました!」
「ならんぞ! 本当にミチナガが危険な場所へと向かったのであれば、なおさらお前をそんな場所に向かわせるわけにはいかん!」
「ですが!」
「陛下、お気持ちはわかりますが……」
「私も反対です。ミリーは強い。なんといっても【剣聖】だからね。私より、シャクティールよりも強い……それでも、一人でそんな危険な場所に赴くだなんてとても許せない」
「お兄様!」
「それにまだ世界の危機が訪れると決まった訳じゃ無いんだ。ここは冷静にミチナガの足取りを追った方がいいに決まっている」
「そ、そうじゃの。儂もウォルクス王子の意見に賛成じゃ。あやつは一人で何でも出来るし、腕の良いホムンクルスの護衛もおるのじゃ、滅多な事もなかろう」
ゲオルグがウォルクスの言葉に追従する。
「……分かりました、確かにまだ何か危機が迫っているという情報はありませんね。大人しくお待ち致します」
「うむうむ。ミリーや、我慢できるようになったの」
「ミリーちゃん、大人になったわね」
ミリミアネムの言葉に安心した言葉を口にする国王と王妃。
臣民に不要な不安を起こしてはいけないとの結論に会議ではなり、今日は解散となった。
翌日、東の森に災いの影ありとの複数の占星術師の言葉を聞いたミリミアネムの姿が城から消えていた。
近衛騎士団から2人程連れて、城を脱出していた。
ちなみに、道長のいるアリドニア領は王都から見て南に位置する領だったりする。