79 錬金術師と二人の友達⑨
「2つ目も準備よし、っと」
調合した薬の確認を行い、問題が無い事の確証を得た。
というか、思ったよりも質のいいものが出来た気がする。
「さて、次だな」
今度は魂を肉体に収めるための魔法陣の作成だ。
工房内にある雑多な物を壁に寄せて場所を作る。
机に置いておいた魔法の袋から、とある布を取り出して広げた。
そこには細いペンの様なもので魔法陣が描かれている。
女神ディープ様のところにいた賢者様、また名前が思い出せない。
その人がオレの為にわざわざ魔法陣を用意してくれたのだ。
なんでも過去にその賢者様も人の蘇生を試みた事があるらしい。
肉体の蘇生はオレの様な生産職にお願いをし、単身ディープ様の元に来てオレと同じように想い人の魂を回収しに来たらしい。
蘇生の時の魂を肉体に入れる際に、3度ほど魂が肉体から離れてしまいやり直しになった事があるそうだ。
2回目はともかく、3回目に冥界に行った時にはその想い人に呆れられ女神ディープ様のご機嫌取りに時間を取られたと言っていた。
「そこで、これ、か」
賢者様が言うには、蘇生されたばかりの肉体には、魂を肉体に繋ぎとめておく力が弱いらしい。
この世界のルールによって冥界に魂は引っ張られる。そのルールに魂側は抗えないので、肉体と魂に少しでもズレがあるだけで、魂が抜け落ちてしまうそうだ。
普通の生き物でも、肉体と魂のズレは起きるらしいが、多少不健康な肉体だろうが、弱っている肉体だろうが、魂を繋ぎとめる力が備わっているので勝手に抜け出る事はないらしい。
「下書きまでしておいてくれたのはありがたい」
賢者様曰く、通常の錬金術師やビルダーでは使いこなせない魔法陣らしい。でもオレは前回の時に、属性を乗せない無属性魔法を使っていた。
それと同じ要領で無属性魔法で魔法陣を起動させる事により、この魔法陣が肉体と魂を繋ぎとめる力を形成してくれるらしい、と得意げに話してくれた。
『自分には必要の無い物だけど、失敗をそのままにはしておけない性分でね』そう言って笑いかけてくれたのが印象的だった。
そしてそれを横から見ていたディープ様に、ここをこうすればいいとか、ここをこう治すと効率がいいとか、こことここを繋げればもっと少ない魔力で起動できるとか指摘を受けて凹んでいた。
「魂の水溶液。こんなものがあるなんてね」
冥界には、オレと同じ生産職の人間もいた。
その中の錬金術師に教わった、オレの知らない水溶液だ。
冥界の素材でしか作れない特別な水溶液。
その価値は計り知れない。
その人の工房で教えて貰い、素材を借りて手持ちの携帯窯で錬成して持って帰った物だ。
今回の魔法陣を描くのには、これを使うのがいいらしい。
他に何が出来るかは、時間のある時に調べていこうと思う。
「さて、間違えない様にしないとな」
人間一人が入るほどの大きさの魔法陣だ。慎重に曲がらない様に描かないといけない。
線が歪まない様に、肘や足で線を消さない様に。
汗が落ちない様に頭にタオルを巻いて、気合を入れる。
時間をかけてゆっくりと線を引き続ける。
魔法陣を何度も確認し、途切れている場所なんかがあったら修正。
水溶液が乾いたら完成だ。
「よし、いよいよだ」
オレは二人の棺に手を置いた。
二人の棺とは別に、金属とガラスで作成したカプセル。
見た目? あれだ、漫画や映画であるようなコールドスリープカプセルだ。
水溶液をこすらない様に、慎重にカプセルをそれぞれの魔法陣の中心に置いた。
そして最初に作った大窯の中の蘇生薬の素その1を準備。
透明になったその液体をバケツで流し込む。
二人の体を覆えるくらいの量が必要だ。
何往復もする。
ここまでくればリアナ達の手を借りても問題ないのだが、なんとなく自分だけでやりたい。
なんとなく、じゃないな。オレの手でオレの仲間を蘇らせたいんだ。
「さて、じゃあ……失礼するよ」
時止めの棺に入れておいた、二人の遺体。
小柄な川北の棺から蓋を開ける。
前開きの病衣を着せて保管しておいた川北の体には、首筋と肩と腕に大きな傷が残っていて、思わず目をそむけたくなる。
「悪いな、川北」
聞こえてないかもしれないが、なんとなく川北の魂の入っている封印の箱に謝ってから、その病衣の前紐を解いて服を脱がせる。
服を脱がせた後、腰と首に手を回し抱き上げて魔法陣にセットして、蘇生液の素その1が入ったカプセルに体を沈める。
頭の下に枕を置いて、蘇生した際に溺れない様に顔だけ出す。
そして上から再び大窯から蘇生薬の素その1をかけて量の調整を行う。
続いて相良だ。
「相良、次はお前だ」
同じく服を脱がせて抱き上げる。
相良の体は綺麗な物だ。
「竹内が守ってくれたもんな」
川北と同じように枕を頭の下に入れて溺れない様にする。
川北より圧倒的なボリュームを誇るとある部分が蘇生液の素からはみ出てしまう。
ま、まあしょうがないな。溺れさせるわけにもいかないし!
「川北の時と違ってものすごい罪悪感を感じる……」
川北と同様に、蘇生薬の素その1の量を調整。
二人とも手を胸元に組ませて、それぞれの名前の書かれた蘇生液の素その2を上から流し込む。
二人の胸元に真っ赤な蘇生薬の素その2をかけ、肩や腕やおへそ、下半身にもしっかりとかける。
「よし、これで第一段階はクリアのはずだ」
オレは頭に巻いたタオルを取って、エリクサーを1本とって口にする。
視線はカプセルから外さない。
蘇生薬の素その1とその2が合わさって、神秘的な赤い光を生み出している。
以前作ったものと同等の赤、そして以前作った時よりも強い光。
ここまでは成功している。
そしてここからは初の試みだ。




