77 錬金術師と二人の友達⑦
「ディープ様、もういいんじゃない?」
「そうよ、後ろの二人ゆでだこみたいに顔が真っ赤になってるし」
「いやじゃー!」
「良い男ねぇ、死んだらお姉さんのトコにいらっしゃいよ」
「そもそもあたし、乗り気じゃなかったのよねぇ」
「私も消滅したくないわ」
「もともと二人を返してあげるって言ってたのに、突然変な事言い出すんだもん」
「面白そうだったからノッてあげたけど、これ以上は悪趣味よ?」
「なんじゃなんじゃお前ら! わらわに文句を言うでない!」
次々と眷属の女性達がディープに不満をいいながら武装を解除し、元の服装に戻っていく。
「は?」
「へ?」
「え? え?」
オレと後ろの二人からも間抜けな声があがる。
「ねえ、ディープ様。何が不満だったの? ちゃんと言わないとわからないわよ?」
「知らん知らん! いやじゃー! わらわはあやつを八つ裂きにするのじゃ! お前らも言う事をきけー!!」
「ふふふ、ねえ君。その物騒な武器を仕舞って? 何かあってもお姉さん達が守ってあげるから」
「はぁ」
「お、お前達! ディープ様に失礼な事をいうな!」
「あらジェネビン、貴女相変わらず硬いわねぇ」
「あんなに心のこもった求婚の言葉は初めて聞いたわ」
「でも二人一緒は無いわねー」
「優柔不断なんでしょ? 男ってやーねー」
「でもあんなこと言われたら、みんなどう? しかもディープ様の前で」
「それは、その」
「「「 キャーーー! 」」」
「ちょっと、あんた既婚者でしょ!」
「あんたもじゃない」
「良いじゃない、生前での話でしょ? 時効よ」
「そうよぅ、今はしっかり乙女なんだから」
「ジェーネー、ちょっとこっちで離れてようねー」
「こいつ抵抗するわね」
「ひん剥け!」
「あ、こら引っ張るな! 武器を取るな! 持ち上げるな! 脱がすなーーー!!」
何人かの眷属がディープ様の周りに寄って、他の何人かがディープを擁護していた眷属を連れてって……。
「見ない」
「光君、ダメ」
「めぇ!!」
相良の指で目を刺された。
「お前ら、タダじゃおかないぞ!」
「はいはい、分かりました分かりましたー」
女性陣に囲まれて、気が付けば床に正座させられている女神ディープ。
まだ目がしぱしぱする。
先ほどまでの緊張感はなんだったんだ。
「なんでわらわが地べたに座らされておるのじゃ!」
「悪い子だからですよー」
「なんで意地悪な事言ったのよぅ」
「ひゃめりょ、ほほをひっぴゃるにゃ!」
遊ばれとる。小さな子供ならまだしも、大の大人、絶世の美女が。闇の女神様が。
「どれだと思う?」
「ギル坊の時じゃないかしら」
「戦いの時? ディープ様の領域を塗り替えたから?」
「なんか違うわねぇ」
「その前じゃない?」
「そういえば……ああ!」
「絶対そう!」
薄布を身に纏っただけの女性陣が姦しい。
よくよく考えると、すごいかっこうだ。
目のやり場に困る。
「ぴかりん?」
「何でもございません」
こんな女性がいるんなら、男性陣がこの神殿にいないのも良く分かる。
「ねえねえ」
「あ、はい?」
「ギルバート様にお出ししたお菓子、まだあるかしら?」
「あ? ええ。いくつか……」
「「「 きゃあ! 」」」
「あの白いケーキ!」
「黒くて甘い板!」
「他にもあるんでしょう? 出して出して!」
「えーっと……」
「こっちよこっち」
「もしかしてお酒とかも、あるんじゃないの?」
なんか階段とか台とか玉座とか全部なくなって大きなテーブルがご用意されている。
なんか何人か既に着席してるし。
「さあ、出すのじゃ!」
「なんでお前が待っているんだ?」
思わず女神の頭を掴んでしまう。
「いたい、いたいのじゃ! めり込んでるのじゃ! その籠手、指が尖ってて危ないのじゃ!」
「こらこら、仮りにも女神様なんですから。乱暴はダメですよ?」
「流石にねぇ。命に関わる攻撃とみなしちゃったらあたしたちも貴方を排除しなくちゃいけなくなるもの」
「おっかし~おっかし~! ぴかりんのおっかし~」
「ねえ、栞ちゃん、そのノリで、いいの?」
この女神の為に何かやるのは非常に非常にひじょ~~~に癪だが、周りの女性陣の視線もあり、仕方なく籠手を片付けて代わりに鞄から大量のお菓子を取り出す。
このでかいテーブルに鞄からドカドカと置くと、我先にと女性陣達が群がった。
「ぬお、邪魔じゃお主ら! わらわのじゃぞ!」
「こればっかりはディープ様相手でも譲れないわ!」
「ちょっと引っ張らないでよ! ドレスを引くのは反則よ!」
「おいひい」
「あ、シオリ! いつの間に!」
「だいどーぞくですから」
「お前は食った事あるだろうが!」
なんかすごい勢いに飲み込まれかけたので脱出だ。
「ねえ」
「なんでしょうか」
「テーブルのこっち側に、スペースがあるわ」
その言葉に群がっていた女性陣の目が怪しく光る。
もっと出せって事ですね。
「わらわは怒ったのじゃ。激怒したのじゃ。わかるな道長」
「はあ」
「全く気の利かん奴じゃなお主は、なんでギルバード風情に先に菓子を振舞う? 普通に考えてわらわに貢ぎ物として最優先に振舞うものじゃろう?」
もしゃもしゃパクパクポリポリきゃあきゃあと、擬音と歓声と少しの怒号が響く謁見の間、元謁見の間で今は茶会室か?
何故かそこで、食事するディープ様の横で立たされていた。
「それを見た時に、わらわはお主に心底激怒したのじゃ、ほんっっっっっとに理解しておるのか?」
「申し訳、ございません?」
「なんで疑問形なのじゃ! 分かっておらぬではないか!」
バンバンとテーブルを叩いて非難の声を上げるディープ……様。
うん、そろそろ様付けに戻そう。
「お主、まだよからぬことを考えておらぬか?」
「とんでもございません。あ、お飲み物もありますよ」
ボトルからグラスに注いでお渡しすると、一口飲む。
そして目を見開いて、一気に飲み干した。
「ほうほう! なんじゃこれは! 何種もの果物の味を一つにまとめたのか! なんとも贅沢な! わらわに相応しい! お替りじゃ!」
「はいはい」
「ちょっ! ズルくない!? ディープ様だけ!?」
「こっちにはないのかしら!」
「このお菓子に合いそう、きっと合う」
女性陣の視線にたじろぐ。
「えっと、ディープ様。皆様にも振舞ってよろしいでしょうか?」
「ダメじゃ。わらわのじゃ。わらわの言う事を聞かぬ従者共なんか知らぬ」
「「「 Boo Boo!! 」」」
なるほど、なんか扱い方が分かってきた。
「こちらのお飲み物には、こちらのケーキが合いますよ」
「あ! まだ隠してた!」
「あの鞄欲しいわ! お菓子が無限に出て来るもの!」
「待って、あの子が作ってるのよ! わたしはあの子が欲しいわ!」
「それは……有りね」
無しだ。
「随分大量に持ってるのね」
「お前と明穂と白部のせいだろ……」
お菓子作りは白部が得意だったのだ。変な知識と相まって様々なお菓子、料理、甘味を知っていた。
しかし、モノづくりが本職であるオレの方が美味い物を作れるとなると、途端にオレはマスタービルダーから料理人にジョブチェンジだ。
そして甘味や料理を求めている人間はその3人だけではなかった。
姫様や姫様の親衛隊なんかも、白部の話を聞いてオレに料理を強要してきた時期があったのだ。
「それに、美味い物を食った方がやる気も出るだろ」
なんだかんだ言って、人間ご飯の為になら頑張れるのだ。
「にははは、お世話になっております」
「わ、私は、食べた、事、無かった。光君、の、手……手……手料理」
「ああ、こっちに来た時には余裕なかったからな」
ポーションばっかり作ってた時期だ。
仲間連中の装備はじじいが作っていた時期でもある。
「待て、今手料理と言ったか?」
「言ってないです」
「女神に平気な顔して嘘をつくでない! お主、マジで不敬じゃからな!」
「えー」
もういいじゃん。
「こほん、ディープ様」
「む、なんじゃ? クレアリーネ」
「今日はこのまま、夕餉と致しませんか? 二人の魂を戻すにしても、細かい説明が必要でしょうし」
「そうじゃな、そうじゃなぁ。良い提案じゃ! 褒めて遣わすぞクレアリーネ! このジュースをくれてやろう」
「飲みかけかよ、ちゃんと新しいのあげろよ」
「こほん、異世界より召喚されし光道長よ」
「もう取り繕っても遅くないか?」
この場のメンバーお前の身内ばっかりじゃないか。
「うるさいのじゃ! むきー!! 今日はここに泊まっていくのじゃ! わらわ達のメシを作れ! 代わりに二人を正式に蘇生させる手順を教えるのじゃ」
「本当ですか!?」
「むろんじゃ、お主はそのまま連れて帰るつもりだったようじゃが、魂の状態では冥界の外には出れぬ。二人を連れ出せるように細工せねばならん。こっちで細工をするから、二人の魂を持って帰り、そこで魂を肉体に帰すのじゃ」
ただ魂を連れて帰るだけではダメだったらしい。
聖剣振り回して2人連れて逃げるって行動自体が、そもそもアウトだったんじゃんか。恥ずかしい。
「わかりました。力の限り作りましょう」
「よし! 栞、エイミー。厨房に案内せよ、それ以外の者は材料の調達じゃ! ついでに暇な奴にも声を掛けてくるのじゃ!」
「ちなみに何人分作ればいいんですか?」
「知らん!」
やべえ! 女神クリアよりひと使いが荒いぞこの人!
冥界でオレが作成したメシを中心とした宴が3日ほど続いた。
食事を作り、酒を造り、菓子を作り、ドリンクを作り。
その後、食事の作り方を指導したり、食事を作成する為の魔道具や、お酒などの熟成を早める魔道具を作る羽目になり、何日も過ぎてようやく戻れた。
かなり時間を取られたが、相良が手伝ってくれたのもあって意外と楽しく過ごす事が出来た。
手持ちの素材を使って魔道具を作るのが嫌だったから、連中に用意してと言ったら嬉々として冥界でしか手に入らない素材を用意してくれた。
多少ちょろまかしてもいいかとか思ったら、相良が怒りながら、川北が呆れながら料理の報酬として確保してくれた。
色々と変なアイテムが増えた気がするが、質の良い素材も多かった。
持つべきものは仲間だ。
二人の魂は、それぞれ闇の女神ディープ様によって小さな小箱に封印された。
間違えない様に名前も書いて。
ここで入れる魂と肉体を間違えると、肉体が入れ替わってしまうそうなので気を付けろと言われた。
川北が相良の体に入って『ばいんばいんに!』とか騒いだら小突かれていた。
南無三。
この世界には死した魂を回収するシステムが張り巡らせられている為、ディープの施した封印も長くもたないと注意された。
来た道を戻り、ジジイやデイルグランデ様に満足な説明もせずに帰宅。
屋敷に姫様と親衛隊の皆様もいらしていたが、シャットアウトした。相手にしている時間は無い。
ディープ様からは失敗してもまた冥界に戻ってくるだけだから気楽にやれと言われた。だけどオレは何度も繰り返すつもりはなかった。
蘇生アイテムは作成するのにも時間がかかるが、それ以上に素材集めに時間がかかるのだ。
あまり二人を待たせるつもりもない。
「ん、7日ぶり。少し痩せた?」
「リアナ、ちょっと聞いて! ご主人様が酷いの!」
「あるじ、おかえりー」
「マスター、お帰りなさいませ」
「悪いが工房に籠る。リアナ、セーナ。二人の棺を工房に移動させてくれ」
「「「 ! 」」」
姫様達を振り切り、クルストの街に工房の地下の転移部屋から戻り、帰ってきて早々にオレは告げる。
「マスター、ついに!」
「おめでとうご主人様!」
「やったです!」
「棺? 何?」
「時間が無い。それにおめでとうは早いよセーナ」
「ご主人様が失敗する訳ありませんから!」
「急いで運びます! イリーナ、エーテルをありったけ工房に運んで! それと棺を置ける場所を。ご主人様のお手伝いを」
「わかったです!」
オレの言葉に二人がキビキビと動き出す。
イドだけが、何も知らずに首を傾げている。
「出迎えてくれたのに悪いな。ちょっと工房に籠る。その前に清潔にしたいからシャワー浴びて来る」
「わかった。ところで」
「なんだ?」
「他の女の匂いがする」
え!? 魂って匂いあるの!? それとも姫様!?
「えーっと。誰も入らないでくれ。扉にも封印をかける」
「じとぅ」
「口で言わないで欲しいんですよね!」




