76 錬金術師と二人の友達⑥
「別れは済んだかの?」
「ディープ様、二人を召し上げてくれてありがとうございました」
「なんの、これもわらわにとって必要な事じゃ。外の世界と違い、こちらの世界にはアンデッドと呼ばれる魔物が常に発生するからの」
「ああ、だから優秀な者の魂を召し上げているんですね」
「そういう事じゃ、あいつらは清潔感が無くていかん」
光の女神クリア様と違い、そういう事情があったのか。
確かに生き物の魂が集まり浄化されて輪廻の輪に戻す場所だ。恨みつらみが溜まっていてもおかしくはなさそう。
「まあ、事情は分かりました。それでは失礼致します」
オレは右手で川北の手を、左手で相良の手を握り踵を返す。
「うむ、気を付けて帰るのじゃぞ」
「はい」
「って待たんか!」
おお、女神様のノリツッコミだ。
「ディープ様、教えた通りの運用ね!」
元凶はお前か川北。親指を立てるんじゃありません。
「どういうつもりじゃ? わらわは一人を選べと言ったはずじゃが?」
「オレ、二人を助けるのにここに来たのに、一人しか選ばないとかありえないじゃないですか」
「何を言うておる? わらわが選べと言ったのじゃぞ?」
「そちらこそ、何を言っているんです? オレがなんでその指示に従わなければならない?」
「は?」
「オレは元々、この二人の魂をどう戻すか。それを考えて考えて、行き詰って。それでも考えて、ジジイに助けられお骨様に導かれてここまできました」
「知っておる。ディグから既に報告を受けておる」
「その時に手段を選ばずに簒奪するって考えて怒られたんですけど、今思うと関係なかったんですよね」
「はあ?」
オレはほくそ笑んで、次の言葉を紡いだ。
「褒美で貰う? 冗談じゃない。女神ディープ、オレは仲間を取り返しにきただけだ。勝手に連れ帰らせて貰う」
「なっ!」
「何を馬鹿な事を!」
「我々すべてと敵対する気か!」
オレの言葉に周りを囲んでいた眷属の女性達からいくつか非難の声が上がる。
「あんたらが敵対するってんなら、しょうがない。オレもオレの身と二人を守る為に戦う。そもそもこの世界に来た時から戦い続きだった、今更だ」
「ふん、姉上も変な輩を呼び出したものよ」
「ああ、オレは稲荷火みたいな勇者じゃねえし、海東みたいなオタクでもない。こんな状況なんかクソくらえだ。憧れなんかする訳ないだろ?」
「言うにおいてその言い草!」
「なんと罰当たりな!」
「吐いたツバは戻らんぞ! 死を覚悟せよ!」
「魂ごと打ち砕いてくれる!」
周りの女性達が武器をどこからともなく呼び出して構える。
服装も気づけば完全武装だ。
「お前達こそ、覚悟しろよ? こいつはオレのいう事なんか聞いてくれないからな」
二人の手を離し、オレはポーチのままの状態の魔法の袋から先ほど使った籠手を取り出し装着。
「その気配……」
川北から嫌そうな感想が出る。
それはそうだろう。これは川北の命を奪った剣と悪魔で作られた物なのだから。
でもこいつの空間に干渉する能力で、遠隔錬成や自分の体から離れた場所に強力な攻撃などを発生させることが出来る。
「二人とも、オレの後ろに。絶対に離れないでくれ」
そして、袋の中から更に一本の剣を取り出した。
「なっ!」
「それは……その武器は!」
「お主、そんな物を持ち歩いておったのか!」
「ああ、何度か試しもした。先王様みたいに死ぬことはないってことは既に検証済みだ」
そこから取り出したのは、勇者であった稲荷火が最後に使っていた武器。
この世のすべての武器を凌駕する、聖剣である。
聖剣を取り出した瞬間に、女神ディープと周りの女性達の動きがピタリと止まった。
「お主、何をしているのか分かっておるのか? 正気か?」
「正気だし、本気だ。女神ディープ。魔王の肉体を魂ごと貫き破壊しきった女神クリアの作りし聖なる剣。オレよりそっちのが詳しいんじゃないか?」
「ぐぬぬぬぬぬ」
この聖剣、保持しているエネルギーが物凄くて制御がしにくい。
その力の暴走に、稲荷火は大怪我をし、先王様は命を落とすほどだ。
オレ程度の生産職の人間が使えば本来であればタダでは済まない。
だが籠手の能力でそのエネルギーをオレの体から離れた場所に。聖剣の権能を発動させれば、肉体的な負担は軽減できる。
剣としてはともかく、魂をも切り裂く能力を持っているのはこの聖剣だけだ。
正にレアリティ、GODアイテム。
「そ、その光君。大丈夫、なの?」
「そそそそうよぴかりん! 相手は女神様なのよ!」
「知らん。黙ってオレに攫われろ」
「「「「「 はうっ 」」」」」
オレの言葉に二人を含めた何人かの女性たちが反応を示すが無視。
籠手の上から剣を持ち、ディープに向けて構える。
オレの魔力に反応し、その聖剣から稲光のようなエフェクトが迸る。
「わらわに刃を向けるか」
「そうさせたのはあんただ」
正直使うつもりの無かった武器だ。
女神や女神の眷属たちとの睨み合いが続く、眷属達が身じろぎするだけでオレの魔力は荒ぶり、空間を斬りさいている。
「引く気はないのじゃな?」
「ああ」
「後悔するなよ」
「もうしてる。こんな短絡的な行動をする気はなかった」
「わらわと敵対するのじゃ。この世界のすべてと敵対するに等しい行為じゃ」
「だろうな」
最終通告だろう。女神ディープがため息をつくと椅子から立ち上がり、全員に号令すべく、右手を上げる。
「良かろう、貴様は死ね。その魂を召し上げる事も無い、完全に消去してくれる。最後に言い残す事はないか?」
「…………………」
ディープの言葉に、周りの眷属達の視線がオレに集中する。
後ろの二人もオレのローブを掴んで離さない。
ゆっくりと、息を吸い込んで、オレは覚悟を口にする。
「ここで二人を諦めるくらいなら、オレはなんでもやってやる。この世界で、この二人より大切な者は一つもない!」
女神ディープがニヤリと笑い、周りの眷属の女性達は息を呑む。
そしてディープは勢いよく手をおろし、オレは聖剣に魔力を更に流し込み力の開放の準備をした。




