75 錬金術師と二人の友達⑤
女神ディープのお許しが出た時、オレの後ろから小さな足音が2人分近づいてきた。
「ぴかりん……」
「光君」
懐かしい声に、振り返る。
周りの女性達と同様の服装をしている、薄布を纏っただけの二人だ。
変わっていない。思わず涙ぐんでしまい、それを袖で拭く。
「久しぶり、ごめん。待たせた」
「いいよ、死んじゃったあたしらが悪いんだもん!」
「光君が……謝る事じゃ、ないです、から。大丈夫」
二人の声がオレの中に染みわたってくる気がした。
「話は聞いておったであろう? わらわに感謝するがよい」
「ディープ様……」
「女神様、それは余りにも」
「なんじゃ? 何か不服でもあるのか?」
「そ、それは」
「そんな事……」
ディープの視線を受けて、二人が縮み込む。
「川北」
「え? ああ、うん」
短い黒い髪の毛を指でいじりながら、恥ずかしそうにこちらに視線を向ける小さな体。
間違いなく、川北栞だ。
「あの時、すまなかった。オレの力が足りなくて、お前をあんな目に合わせちまった。痛かったよな? 死んじゃうくらいだもん」
「え? あ! だだだ、大丈夫だよ! 確かに死ぬのは怖かったけど! や、本当に! むしろあたしの方がごめんね! 気を遣わせちゃったし! なんか柄にもないシリアスな空気にさせちゃったし!」
そんな訳がない。
闇のバリアに包まれた中、血と涙にぬれた顔は苦悶の表情だった。
動かない手で必死にポーションを取り出そうとしていたのは分かっている。
「オレは、目の前でそれを見ていたんだから……」
「大丈夫だって! そんな顔しないでって! もーやだなぁ、照れるじゃない! あたしのキャラに合わないし!? ね? ね?」
そんな事を言う川北の頭に手を当てた。
「そういう事じゃない、オレも間違ってたな。冥界に残ってくれていてありがとう」
「ちょっと! リアナやセーナとは違うんだから、違うん、だから……」
オレの手を振り払おうとして、川北が手を伸ばす。
そしてオレの手をしっかりと掴んだが、頭の上でそのまま固定した。顔を隠したまま、小さく呟いた。
「あたしの方こそ、ありがとう……迎えにきてくれてうれしい」
その言葉に、オレの口元に笑顔が生まれる。
「よし! 元気になった」
「おう、お前はその方がお前らしいよ」
「にゃにおう!」
川北、再会出来て良かった。
「……相良」
「は、はひ!」
そんな構えないで欲しい。
「お前が頑張ってくれたおかげで、オレ達は無事に制圧されたダンジョンを開放出来た」
「う、うん。栞ちゃんに聞いたよ。こんな私でも、みんなの役に立てたんだって、すっごくすっごく! 嬉しかったんだから」
若干興奮するように、両手の拳をその大きい胸元に持ち上げて頬を赤らめて早口でしゃべる相良。
珍しい。
「ああ、お前は他の誰にも出来なかった事を成し遂げたんだ。オレも、みんなもお前に感謝していた。本当にありがとう」
「えへへへ……」
セリアーネ嬢が教えてくれたことがある。
命を削って魔法を使う苦しみを。
体がどんどん冷たくなっていき満足に呼吸することも出来ず、手足も痺れて最後には倒れてしまう。
自分の体が、自分の体じゃないみたいな感覚にどんどん陥っていくみたいだと。
セリアーネ嬢も過去に一度だけ、姫様を守る為に命を削って魔法を行使した事があったと言って。
その事を思い出しながら、ゆっくりと。震える口で教えてくれたのだ。
姫様の親衛隊の隊長を任せられる程、心が強い女性である彼女がだ。
「辛い思いをさせてすまなかった。傍にいられなくて、ごめん」
「そんなこと……」
「オレがもっと性能の良いマナポーションを作れてたら。今みたいにエーテルを作れて渡していたら。前衛連中ばかり装備を優先させてなければ……」
「そんなこと、言わないで……下さい。光君は、精一杯やってくれてまし、た。私と違って、光君の戦場は工房、だったのに、ダンジョンに、まで一緒にみんなと行って、竹内君とも、光君はすごい、って。私達が、すごいって、言ってたのに、そんなこと、言わないで下さい」
いつも、いまもおどおどしていた相良に怒られてしまった。
ぶんぶんと、長くてウェーブのかかったブラウンの髪を左右に揺らして首を振る。
「光君の、みんなの、為に、頑張ったんです。私も、栞ちゃんも。だから、謝らないで下さい、私達が、すごいって思った、光君をいじめないで、下さいっ」
そこまで言った相良が顔を伏せる。
「ああ、ごめ。…………違うな。ありがとう、相良」
「はい。光君」
消えるような小さな声で、相良が答えてくれる。
「ぴかりん、ぴかりん」
「何?」
ちょんちょん、と相良の頭を川北が指さす。
「あたしにしたんだから」
「え? でも」
「あ、あの、光君が、よければ……」
更に縮こまった相良が頭をこちらに寄せてきた。
「……相良も、ここに留まってくれて、ありがとう」
相良の頭も、ゆっくりと撫でる。
頭に手を当てた瞬間、ビクッと体が動いたが、オレのローブを掴んで離さなかった。
良かった、相良とも再会出来た。
二人と会えて、良かった。




