70 命と魂と錬金術師⑩
魔王と魔王の主だった配下は悪魔だ。
この世界には属していない、別の世界からやってきた侵略者。
圧倒的な力で周辺の魔物を屈服させ、服従させ、奴隷と化して人間に牙を剥いていた。
悪魔というのは、魔物と違い魔石が存在せず、魔法とは違う理の特殊能力を持っていた。
何度も戦い、幹部やその取り巻きの化け物を倒し、研究した結果だ。
この日、オレ達が戦ったのはその悪魔だ。
大型トラックくらいのサイズの獅子の下半身を持ち、そこから人間の男性の様な上半身の生えた悪魔。
大きさもそうだが、左右二対、計4本の腕を振りまわし、エルフ2人を相手に全く引かず戦闘を続ける悪魔にオレ達も追いついた。
「代わります! 下がって回復を!」
「こちらに! グレートポーションを用意してあります!」
「援軍、イナリビか!」
「てめぇ! ノコノコと良く俺達の前に顔を出せたなぁ」
「ひぃ、すいませんすいません!」
稲荷火はエルフのヘイトを集めてたなぁ。
「後にして下さい!」
前線を代わる隙を作るべく、海東が炎の槍の魔法を何十本もだしてその悪魔に浴びせる!
「川北!」
「わかってる! 装脚!」
川北の銀色のブーツが展開、変形をしてその足の膝上近くまで広がり覆った。
オレの作った川北専用の武器兼防具、銀烈脚甲である。
川北は短剣で敵を攻撃するが、蹴りも多用していたので本人の希望のもと作成した武器だ。
「はあああああ!」
『甘いわっ!』
川北の準備が出来る前に、稲荷火が手に持つ魔導剣で悪魔に攻撃!
しかし悪魔の下の左手に持ったオーブが黒く輝くと、バリアの様な物が生まれてその攻撃を防いでしまった。
「かってぇ!」
「むうん!」
「いなり! 動け!」
稲荷火に悪魔の持っていた3本の剣が降り注ぐ、それを防ぐべく、川北が悪魔に横から蹴りを食らわせてその攻撃の軌道を僅かに動かした。
「ありがてぇ!」
「油断しないの!」
「してない! こいつ強いぞ!」
悪魔の視線が2人に集まったのを確認し、オレの所に走ってきたエルフにグレートポーションを手渡した。
「あいつ、どういう相手なんですか?」
「動きが速いし、攻撃も強い」
「あの左手のオーブの様な物でこちらの攻撃を防いでくる。物理攻撃も魔法攻撃もだ、攻撃するにはカウンターを狙うしかないな」
「なるほど。カウンターは成功しましたか?」
「まだだ。だが上の2本の手は攻撃用で下の右手は防御に秀でているところまでわかった」
「取り合えず攻撃しまくって、打開出来ないか試していた所だ」
カウンター狙ってねえじゃんか! これだからエルフは!
ほら、オレも顔を引きつらせてるし!
「相変わらず良い回復薬だ」
「あの2人と共闘、お願いします」
「分かっている。大丈夫、そのうちあのバリアみたいなものも打ち破れるだろう」
「だな、体力も戻ったし。次は破壊してくれるわ!」
力強い言葉と共に、エルフの2人も悪魔の元へ武器を掲げ走りだした。
『ぐろおおおおおおおおお!!』
「援軍だってぇ!?」
「海東! こっちに来い! 稲荷火! そっちは3人に任せて抑えに周れ!」
オレは叫び声に近い声で、勇者である稲荷火を戻した。
あの悪魔への執拗な攻撃に、ちょうど手に持つ闇色のオーブにヒビが入りだした所だったのに……。
『来たか、グラン』
『ゼオン、随分と苦戦を強いられたようだな』
魔王城より、化け物が飛来してきた。
グランと呼ばれる4本腕の人獣の悪魔が守備を担う悪魔ならば、ゼオンと呼ばれる片腕の、人間サイズのツルリとした体の悪魔は攻撃を担う悪魔だった。
こいつは刀みたいな片刃の剣をもち、剣の届かない位置を切りつける能力。それと……一度に複数の斬撃を生み出す能力を持っていた。
「1体増えた程度で!」
エルフの男も1人、ゼオンに突っかかっていった。
稲荷火が正面から剣を振るい、エルフの男が剣を持っておらず、腕すらない左側から攻め込んでいく。
しかし、ゼオンには攻撃が当たっていない。
グランの持つオーブの光がゼオンを守っていた。
「くそ、相方まで守れるのかよ!」
「極大火球!!」
オーブの光がゼオンを守っている間はグランの守りが薄くなっている、そう判断した海東が巨大な爆炎を生み出す炎の球をグランに飛ばした。
その気配を察知し、エルフのもう一人の男と川北は射線をあけて左右に回避。
更に川北は一瞬で海東の前に移動し、海東の守りに入った。
『ふっ!』
右下の手の剣が閃き、海東の炎の魔法を切りつける。
炎の球は2つに分断され、グランの後方で爆音とともに轟炎を生み出した
『危ない魔法使いがいるな』
『厄介だぞ、前の4人が邪魔で後ろの連中に攻撃が当てられぬ』
『なれば、我が切ろう』
「!」
ゼオンが剣を振るう瞬間、川北も動いていた。
ゼオンの剣が海東のいた空間ごと海東を切り裂こうとした瞬間、川北がその足で海東を蹴り飛ばし、その反動で川北も移動をし事なきを得ている。
そして、その後方でオレは膝を落としていた。
「ぴかりん!」
「ぐうっ!」
オレの左手が、見えない斬撃に切り払われていた。
『これで一人、脱落だな』
「そうで、も……ないさ。ぐうっ! ってぇ!」
オレは自分の左手にグランポーションをぶっかけて傷口に押し当てていた。
それに気づいた海東もオレの腕を抑えてくれていた。
映像を見せられているだけのオレも、自分の左腕を抑える。
「あんたの、太刀筋が立派すぎてな、元通りだ」
『……そんな方法いつまでも続くまい。何より生物は首を刎ねられればおしまいだ』
その通りだ、あいつの見えない斬撃の効果範囲外にオレと海東は下がらなければならない。
効果範囲はそこまで広くなかった。あいつは海東を狙いつつ、オレも斬りつけれる場所を選んで斬撃を放ってきていた。
「だったら斬ってみなさいよおおお!」
いつの間にか距離を詰めていた川北が、ゼオンに蹴りを叩き込んだ!
守りが張られていた訳ではないらしい、見るとグランの側がエルフの攻撃を防ぐためにオーブのバリアを使っている。
「同時展開は出来ないらしいな!」
『そういう、事だっ!』
こんどはグランが守りを解いて剣を振りまわし、エルフに反撃をしている。
逆にゼオンに追撃をするために短剣を振るっていた川北の攻撃がバリアによって防がれてしまう。
「厄介!」
『貴様もな!』
そんなゼオンが剣を振るう。
これに合わせて全員が立ち位置を変えるが、斬撃は川北さんのいた位置にのみ発生している。
「突然現れる斬撃は1か所ずつのみか?」
「そういう釣りかもしれない、警戒は続けといた方がいいな」
「面倒くせぇ!」
バリアを張っていないグランに3人の攻撃が集中する。川北さんはそのままゼオンの相手だ。
『まあ、そう来るだろうな』
ゼオンが再び剣を振るう、それに合わせて全員が動く!
「ぁ……」
小さい声を残し、川北さんの体からいくつもの血しぶきが上がった。
「川北!」
「てめええええええ!」
海東が大量の氷の矢を宙に生み出し、ゼオンに向かって放った!
ゼオンはその攻撃を回避しつつ、グランを攻撃していたエルフの男に狙いを変える。
「回復を!」
『させると思うか?』
グランの言葉と共に、川北さんの体を闇のバリアが覆った!
「なっ!?」
『三人ならば、我ら2人でも十分に対応が可能だ』
「川北! ポーションを早く!」
オレの作った防具の上から斬りつけられている部分からは出血は無いが、首元や腕の防具の無い部分から血が流れ続けている。
川北の指が動いて、必死に腰に下げられたポーションを取ろうとしているのが見える。
「くそっ!」
「破壊だ! 光も手伝え!」
『おや、防御幕のみを破壊出来るのかね?』
「「 ! 」」
先ほどから強烈な攻撃を防いでいた闇のバリアだ。それを破壊出来るほど強烈な魔法攻撃を叩き込むとなると、バリアを破壊しても川北さんが無事でいられる保証はない。
『我が斬り』
『我が封じる』
『『 これこそが完成された、我らの最上技 』』
「うぜえええええええ!!」
稲荷火が聖剣を抜いた!
「急げ稲荷火! 出血が酷い!」
「エルフのどっちか! 回復魔法は!?」
『無駄だ、我が防御幕はあらゆる魔法を遮断する』
エルフの一人がそれでも、こっちに足を運ぼうと後ろに下がる。
そこにゼオンが追撃の態勢に入り、足止めをした。
『はははははははははは! 意味のない行為ではあるが、こちらとしてはチャンス! 貴様らは仲間の死にざまをそこで何も出来ず眺めているがよい!』
オレと海東の拳がバリアを叩く。
無駄な事だった。
オレはそれを眺め、胸の中にイラつきを感じた。
ああ、あいつはもっと苦しめて殺してやるべきだったのにな。
「この後稲荷火が聖剣を暴走させて大変だったな」
オレ達の目の前で、川北の命の火が消えた。
目と鼻の先で。
グランが川北の死をオレ達に見せつけると、闇のバリアを解いて高らかに笑った。
その笑い声を聞いた稲荷火が、手に持った聖剣に思いっきり力を叩きつけたんだ。
その事に関して、オレは不満はない。
あの2体を瞬殺せずに、もっと苦しめるべきだったと。そう思っていたくらいしか不満は無い。
稲荷火の聖剣は力を開放し、グランのバリアを破壊しグランを切り裂き、ゼオンも斬り飛ばした。
その余波はすさまじく、近くにいたエルフの2人がズタズタに吹き飛ばされて、オレ達が悪魔と戦うのに集中するため、別動隊として動いていたクラスの連中や騎士団の面々にも被害が出た。
オレと海東も重症だ。
幸いクラスメートに死人は出なかったものの、稲荷火にエルフのヘイトが更に集まった。
そんな無茶な攻撃をした稲荷火も、全身から魔力を吸い上げられ、自身の放った斬撃の衝撃で両腕を負傷。
一時撤退を余儀なくさせられた。
川北と仲の良かった明穂には、合わせる顔がなかった。
それでも責められる覚悟をして、明穂に報告にいったら、姫様に慰められたりもした。
弱かったなぁオレは。今もか。
「二人の死にざまを見せつけて、どういうつもりなんだ? それともこの空間自体が、そういう空間なのか?」
また足が止まっていた。
今更歩みを止めるつもりはない。
「後悔でもさせるつもりか?」
イライラする。
「懺悔でも求めているのか?」
ただただ下に真っすぐ降りている階段を、踏みしめていく。
「こんなものを見せられても、オレの決意は変わらない」
死なせたことに後悔をしていない訳じゃない。
きっと他の連中もそうだった。
「もう誰も殺させないし死なない、その約束は果たせなかった」
誰が言い出したか、もう思い出せない。
だが相良が死んだ時、オレ達は誓った。
それでも川北は死んで、オレ達の歩みは止まりかけた。
「オレには力がなかったから」
もうやめようと、そう提案したかった事は1度や2度じゃない。
逃げようと、戦う必要なんかないんじゃないかと何度も思い、口に出そうとした。
実際に口に出した事もあった。
別に魔王なんかどうでもいいと、オレ達には関係が無い事だと。そう心の中では思い続けていた。
「生産職だぞ? 魔王との戦いなんて、オレには無理だった」
きっと戦闘職でも無理だったと思う。
「でも、あのメンバーの中で。唯一の生産職がオレなんだ」
オレしかいないんだ。
「二人の魂がこの先にあるんなら、何度だって見てやる。何度だって後悔してやる」
それでも
「それでも」
オレは。
「オレは」
絶対に。
「前に進み続けてやるんだ」
その瞬間に、階段の終わりが唐突に来た。
何もない空間のはずなのに、誰かが2人、笑いかけてくれた気がした。




