69 命と魂と錬金術師⑨
「ああ、やっぱり見せつけられたな」
気が付くと、涙が頬を伝っていた。
階段を下りていたはずの足の動きも止まっていた。
「竹内は、良くやった。あいつは悪くない」
手提げの紐を握りしめながら言ったオレの言葉は、この狭い階段しかない通路に響いた。
「誰もあいつを責めなかったものな」
ポーションなんかの回復アイテムは二人に渡しておいたけど、魔法と違い限界があるからな。
それに竹内の言う通り、相良にはかすり傷一つついていなかった。限界まで魔力を行使し、慣れない近接戦闘と地上戦の中、相良を守り切ったんだ。
死ぬほど痛い思いをして、相良の事を守っていたんだ。
竹内の事を相良が信頼していたからこそ、相良は限界を超える術を行使する事が出来たんだ。
相良はずっと、戦うのを怖がっていた。
でもそれ以上に、オレ達に置いて行かれる事を恐れていた。
篠塚と一緒に、王都に残る選択も出来たのにしなかった。
竹内は、この戦いを機に完全に心が折れてしまった。怪我人と一緒に王都へと戻り、篠塚のいる屋敷に引きこもってしまった。
「今更思い返すと、あいつがパーティにいた時はかなり楽だったよな」
単純な目くらましでも、命のかかった戦いの場では馬鹿に出来ない。
幻術っていうのは相手にかけるものだから、オレ達から見て変化がなかったんだよな。
もしかしたら、相良のサポートにオレ達が気づけなかっただけで、彼女なりに全力で力になってくれようとしていたのかもしれない。
「かもしれない、じゃないな。絶対にそうだ。謝ろう。そして、ありがとうと言おう」
その為には、彼女に会わないといけない。
この階段の先、いるであろう相良に。そして川北に。
「道長! 進! おっせーぞ!」
「ぴかりん! 早く早く! ほら、海っちも頑張って!」
「ぜえ、ぜえ、はあ、はあっ」
「あほか! お前らどんだけ人外の速度出してると思ってるんだ!」
次の場面に切り替わった。これは確か、エルフ達と世界樹の防衛を無事に完遂した後の戦いだな。
「あははは。その割にはちゃんとついてこれるんだね」
「エルフの人らが張り切り過ぎなんだよ! 意味わかんねぇ! エルフへの憧れを返してくれ!」
「そういうセリフを言う余裕があるんだ?」
「うっせ! ちっぱい!」
「なんだとー! ぱんつ盗むぞ!」
「男の下着盗むなんてどこに需要があるんだよ!」
「まったくだな」
魔王軍との激しい戦いが繰り広げ続ける中、オレ達にとって優勢となる決定的なタイミングはエルフ達の参戦だった。
オレ達との戦いが拮抗状態になり、攻めあぐねていた時、王国の騎士団の一部からある情報が寄せられていた。
世界樹への魔王軍の侵攻である。
その情報を察知した王国は、大神官の小太郎との協議の結果、オレ達を分けて世界樹の防衛に回すことにした。
この時小太郎は、自身の攻撃能力があまりにも集団戦闘に向いていなかったため王都防衛に回っていた。
そこで戦略を練り、戦闘の指揮をとる立ち位置に。つまりオレ達のブレーンだ。
世界樹は神界への入り口、女神クリア様の領域へ行くために必ず通らなければならない場所である。魔王軍に突破される訳には行かない。
そこでの戦いの末、無事に世界樹を守ることの出来たオレ達は、自分達の力の無さを痛感していた。
世界樹侵攻の指揮を執っていた悪魔に対し、満足に戦闘を行えたのがエルフの最上位の戦士達を除くと、聖剣を持った稲荷火だけだったのだ。
その稲荷火も聖剣の力に振り回されて、世界樹の枝を斬るっていう失態を犯したが。
とにかく世界樹を守り切ったエルフ達は、息巻いて魔王軍への反撃を開始。
魔王軍の主力部隊をことごとく打倒していった。
ある程度時間が稼げると判断した国王や小太郎は戦力を増強すべく、オレに全員の装備強化の指示を出した。
世界樹の神界へと至る為のダンジョン。そこで手に入る最上の素材達を使った新しい装備の作成だ。
エルフ達の最上位戦士達も、元来の戦闘能力に加えて、そこで手に入る強力な素材を元に作成した装備を持っていた。
オレはクラスメート達と共にそのダンジョン。ついでに神界まで足を運び、様々な素材を手に入れて装備の強化を図ったのである。
「しかし、光の作ったこの杖すげえな。ドラグ〇レイブクラスの魔法をバンバン撃てるぜ」
「あんま無計画に撃つなよ? 味方やエルフに当たる」
「分かってるよ! それに収束させた魔法の方が強い」
「この短剣に籠手もすごいよー! なんかもうすっごい!」
「語彙が足りなすぎる!」
「聖剣に勝るものなーし!」
「お前はブーツやら鎧やらを褒めろよ」
ツッコミ役が少なくて、大変だったなぁ。
「こんなに簡単に魔王城が見える位置まで攻め込めるとはなぁ。エルフ強すぎだろ」
「まあ一人一人が稲荷火クラスだもんね」
「エルフが本気を出したら世界が滅びるわ」
「笑えねぇ」
実際に長老衆がそんな事を言っていたな。
あれはマジの目だった。
「しかしエルフってのはあれなのか? 強い相手としか戦わないのか? 雑魚ばっかり残ってしまってるが」
「魔物もエルフが怖いんだろうさ。エルフから逃げて隠れていた雑魚が出てきてるんじゃないかな」
実際に世界樹のある森でエルフから逃げ出す魔物を見た事あったな。
「っ!」
「どうした? 川北」
「川北さん?」
「なんか首筋がむずむずする。でもあたしが感知できる範囲に敵はいないんだよなー」
「敵か?」
「多分?」
この時は知らなかったが、魔王の城を守り見張りを行っている名称不明の悪魔だろう。
こいつは周りの悪魔や魔物への指揮もしていた。この頃から既に監視が始まっていたんだな。
「川北の感知できる範囲の外か。強敵か、もしくは監視や見張りの特化型タイプだな」
「強敵って事にしておこう。相手は悪魔だ、何が出て来るかわからん」
「そーね」
「了解っ! 相手がどこにいるかわからないんじゃ、今は気にしてもしゃーねえけどな」
稲荷火がそう言いながら、更に速度を上げて前線へと向かっていく。
その後ろを追いかけるオレ達、そんな4人を見つめるオレの視界には、川北しか映っていなかった。
変な切り方しちゃったけど、面倒だからそのまま!




