06 街に降り立つ錬金術師⑥
泣き収まって落ち着いた後、お礼を言われて夕飯でもと言われたが、それは辞退。
恥ずかしそうにしつつも、心細そうで寂しそうにしていたのが心残りだ、あとでカテジナさんにお願いしよう。
ソーセージサンドの残りとジュースを渡して、親父さんの……ミーアちゃんの工房を出る。
「あんたら! ミーアちゃんを泣かせたでしょ!」
「どういうつもりだい!」
「事と次第によっちゃ容赦しねぇぞ!」
囲まれたリターンズ。
『元』ギルドマスターのおっさんが必死に説得。おっさんがいて良かった。
「ったく、他人の為になんでここまでしなきゃなんねえんだよ」
「いいじゃねえか。暇だったんだろ?」
「……今日だけだかんな」
おっさんと2人になったので、悪態を尽きながら移動をする。
目的地は例の若い錬金術師さんの店舗兼工房だ。
親父さんの残した素材を若い錬金術師の所に売りにきたのである。
道がわからないのでおっさん同伴だ。
萌えない。
「とか言いながら色々やってくれるじゃねえの」
「言ったろ、今日だけだって。まだ今日は終わってねえんだ、しょうがねえだろ」
「がはははは! 確かにな! 酒を飲むまで一日は終わんねえ!」
「いてえよ!」
背中を叩くな!
「っと、ここだな」
「じゃあ売って来るよ。普通の錬金術師ならちゃんとした値段で買い取ってくれるだろ」
「俺もついていくが?」
「おっさんがいたら普通の錬金術師かどうかわかんねえじゃんか。元とはいえギルドマスターなんだ。有名なんだろ?」
「あー、まあそうか」
太い腕を持ち上げて頭を掻くおっさん。
そういう仕草が恐喝に見える時もあるんだよ、権力者は。
幸い扉越しにおっさんが見えるって事もなさそうだから、オレはオッサンを一人待機させて店に入る。
「ちわ、少し見ていいか?」
「ああ、いらっしゃい」
扉を開けると、チリンチリンと音が鳴った。ただ音が出るだけの物じゃない、工房にいても店舗に音が届くようになっている魔道具だ。
工房と店舗はちゃんと分けているようだ。
中に入ると、毒消しやハイポーションもちゃんと売っている。ポーションはない。
値段はギルドで買うよりは少し高いが、常識の範囲内だ。
「今日はどうした? 冒険者……学生っぽいな」
「今度こっちに引っ越すことになってね。薬とかの値段を見に来たんだ」
「ああ。多少冒険者が多いが、ここはいい街だぞ」
声をかけてきたのは、20代半ばの男性だ。工房ではなく、店舗側にいたらしい。
後ろには【Cランク錬金術師クリス】の会員証が見える。
こいつがクリスだろうか? まあ視線を無視して、棚においてある値札を見る。
解熱剤や腹下しの薬、虫よけや魔物避けの値段が並んでいる。
「その辺は店に並べてるとダメになっちまうから仕舞っている、数が必要なら注文も受けているよ」
「へぇ……ちなみに買取はしてるか? 魔物素材とか」
「物によるかな。いくつかあるのか?」
「ああ、出していいか?」
「査定してやる」
オレは言われるがまま、親父さんの遺品をいくつか出す。
「おい」
「はい?」
「お前、同業者だろ」
「あ、わかる?」
「そりゃあなぁ、普通の冒険者じゃこの辺の単品で持ち込まないだろ。大体その大容量の魔法の袋、それ手作りだろ? 僕より腕が良さそうだね」
魔物素材ならまあ内臓だけとか皮だけとかで持ち込む冒険者はほとんどいない。獣系の魔物なら皮とセットで爪や牙や骨や魔石もセットで持ち込むものだ。
「引っ越しっつっても、工房を一から作るから金がいるんだよ。いくらで買い取ってくれる?」
「錬金術師この街少ないから助かる。ちょっと負担が増えてたんだよ。でも近くに店を作んないでくれよな?」
「ジブラータル卿次第だな。まあ普通なら遠くに置くだろ」
「出来れば冒険者ギルドの近くに出してくれよ。あっちは今錬金術師がいないんだ」
「言うだけは言ってみるよ。それで、査定は?」
話しながら手を動かしていたので聞いてみる。
「こっちの皮や鱗は鍛冶師の連中に持ってってくれ、使う予定はないから。こっちの骨はワイバーンの骨だろ? 粉にして薬に使うから5万ってとこだな。それとこの辺の毒草と花の胞子は、まとめて2万でどうだ?」
「いい目利きだな。この辺もいいか?」
オレは追加で更に品物をだす。
「結構あるな。あーポーションはダメだ。ここじゃ買わねえ、冒険者ギルドに持ってってくれ。火熊の眼球か、珍しい品だな。時間は経ってるみたいだが…………この辺と、こっちも。合計で80万ダランってとこだな」
「お、マジ? 頼むわ」
流石に全部は買い取ってくれなかったが、オレの見立てより5万ダランも多い。
「意外そうな顔だな」
「いやあ。実は来る前にさ、気難しい人って聞いたから」
「冒険者から?」
「そうそう」
「単純な話、僕はバカな冒険者は嫌いなんだよ。常識のある冒険者連中には普通に接してるし、別に誰にでもって訳じゃないさ」
「あー、あいつらオレ達の事バカにするもんな」
錬金術師は弱い! まともに素材回収も出来ないからオレ達に頼むんだ! だからオレ達の方が偉い! って思考の冒険者もいる。というか多い。
「体鍛えてる時間なんかねぇっつうの。大体オレ達の方が冒険者の魔法使いより魔法上手いのにな」
「あー! 分かるわかる! バカスカ無計画に魔法を撃つ魔法使いとかいるもんな!」
「そうそう! 派手なだけでスカスカの魔力使う連中な!」
「あーいうのに馬鹿にされるの腹立つよ」
「素材を依頼して、状態の悪いの納品してきてドヤ顔で報酬要求する奴とかな」
「死ねばいいのにな」
「だよな!」
仲間がいた!
「あれ? でもポーションの納品してくんねえって文句言ってた奴もいたけど。なんで?」
「あー、あれか……冒険者ギルドの近くに錬金術師がいたんだが、亡くなってな。その錬金術師の娘さんがポーション納品してるらしいんだ」
ミーアちゃんの事だ。
「その子がポーション作ってるのに僕が作ってしまったらその子の売り上げ落ちちまう。2、3回僕のが使われたら彼女のが1つも売れなくなる」
「お、おう。良い奴だなお前」
「ジェイクさんには世話になったからな。大体ここは冒険者ギルド遠いから運ぶのめんどくて元々納品してなかったんだ。取りに来るんだったらやってたと思うぞ」
「ええ? 査定を断ったって話は?」
「この区域は神殿もないから、急患が出た時にここに僕がいないと不味いんだよ。だから片道1時間もかけて行って、更に時間のかかる査定なんかやってらんない」
いい人だったー!!
え? 何この街、いい人しかいない系なわけ?
「と言う訳で、マジいい人だった」
「まーじかー」
気になっていた同じ街の錬金術師とも意気投合したし、話した感じいい人だったので問題無しと判断。
細かい話をする為、おっさんお勧めのメシ屋でミーティングである。
「おっさん、冒険者使ってあいつに声かけただけなんじゃない? 討伐隊が出てるって聞いてびっくりしてたぞ?」
『討伐隊にポーションを提供したため、数が足りないから冒険者ギルドに売ってくれ』ではなく、『ギルドにポーションよこせ』だったらしい。オレでも渡さねえわ。
「う、そうだったような……」
「その冒険者も適当にギルドにポーションよこせとか言ってダメだったとか、そんな感じで帰ったんじゃねーの?」
「調査しよう。あの辺は確かに教会もなかったな、それじゃあ時間のかかる仕事も任せらんねえか」
「だなぁ。従業員もいないっぽかったし、あの年齢なら弟子もいなそう」
一人しか見なかったし。
「Cランクだって話だもんな。一応弟子は取れる立場だろうが」
「自分の研究が優先だろうな」
オレもそうだし。
「あ、美味いな」
「まあ多少値は張るがな」
「ごちそうさまでーす」
「おお、食え食え」
そう言いながらエールの入ったジョッキを持ち上げるおっさん。
ちなみにオレはワインだ。ジュースは売ってるけど高いし自作のが美味しい。
しかし水やお茶では味気ないのでお酒だ。
「てかオレさ、錬金術師ギルド(ジジイ)からの命令でここの領主の所に来たわけなんだけど」
「ああ、そんな話だったな。有り難い事だ」
「なんでこの街、こんなに錬金術師少ないの?」
この規模の街で、かつダンジョンや海や森がそう遠くない立地だ、はっきり言って魅力的に見える。
「昔はこの街も、領全体で言ってもかなりの数の錬金術師がいたんだがなぁ」
「でた、お年寄りの昔はこうだった話」
こういうの、大体長くて内容薄くってしかも同じ話をループさせるんだぜ?
「まあ聞けって、元々は『ゲオルグ=アリドニア』様の治めていた領だったのは知っているだろう?」
ジジイのフルネームを久しぶりに聞いた。
「王宮お抱えの筆頭錬金術師にして、国王陛下の御意見番だな。もちろん知っている」
お孫さんが超美人なのも知っている。
「先々代は領主としては……まあアレだったが、錬金術師としての腕はご存知の通り超一流だった。そして彼の方のお弟子さんも多く領内で店舗を構えていたんだ」
「へぇ」
昔は多かったんだ。
「店舗を持ってる術師のレベルも高かった。なんといってもゲオルグ様のお弟子さんだ。最低でもBランク、中にはAランクの方もいたそうだ」
串焼きをもしゃもしゃしながら話を聞く。程よい塩加減である。
「錬金術師の全体的なレベルも高かったのか」
「ああ、凄腕が多かった。お弟子さん方は師であり領主であるゲオルグ様の為に、街の発展の為に錬金術の技を振るったんだ。街は随分と活気づいたし、領内全体に人口も増えた。ゲオルグ様は領内の統治の大半を息子さんに任せていたがな」
「今じゃ見る影もねえな」
「全くだな。原因は俺達だ。お弟子さん方の献身に、俺達街の人間が甘え過ぎてたのに気づかなかったんだ」
おっさんも串焼きに手を伸ばす。
「この領内で錬金術師の店ってのは、ゲオルグ様のお弟子さんの店を指していた。外から錬金術師が来ても、客は皆ゲオルグ様のお弟子さんのところにいく。若い錬金術師が育たなかったんだよ」
「先々代の領主の弟子たちは弟子を取らなかったのか?」
いっぱいいそうだけど。
「弟子を取った人もいたし、子供に技術を継承させた者も当然いた。でも、街の人間の目が肥え過ぎていた。ゲオルグ様の直弟子の皆様とどうしても比較しちまってなぁ。素人がプロの作品に文句を言うんだ、そのプロは面白がるかの?」
「そりゃあ、気に入らねえわな」
オレの言葉におっさんが重く頷く。
「工房を開設させても客は来ないし、来た客はゲオルグ様のお弟子様と比較する言葉を毎度の様に口をする。俺ならブチ切れるだろうな」
「ははは、オレもだ」
「結果として若い錬金術師は育たないし、育っても街を出て行っちまう。そんで、この領の周りに散った錬金術師達はそんな目に合った事を外で言い触らすわけだ。中にはお弟子さん方に匹敵する腕をもった錬金術師もいただろうにな」
「そんな悪評が広まっちゃ、わざわざ外から店を開こうとする錬金術師はなかなかいないわな」
「あのクリスってのは外から来た錬金術師だ。珍しいパターンだな。ジェイクは、ミーアの父親はお弟子さんの一人の子供だ。爺さんは直弟子の人だ」
「あーなんとなく予想が付くけど、他のお弟子さん方は」
「寿命やら実験の失敗やら素材回収をしにいって帰って来なかったりだな」
「そっかぁ」
ジジイの弟子だもんな。ジジイはなんか噂によると100年くらい前からジジイらしいし。
「そんで5年前から始まった魔王軍の侵攻でトドメを刺されたわけだ」
「国に召集されたんだっけ」
「強制じゃなかったがな。錬金術師たちにとって、ゲオルグ様のお言葉は絶対だ。特にこの領の錬金術師たちにはな」
あのジジイ、影響力あるな。
オレは一口、ワインを呑んで喉を潤す。
「女神様の使徒様方がいなければ、もっと酷くなっていたかもしれんな」
あ、オレとクラスメート達の事っすね。
「実際、戦場によっては酷い有り様だったよ。前線の兵士とサポートの錬金術師? そんなもんの区別がない事も多かった」
「うん?」
「オレも従軍してたからな、死ななかったのは仲間と運に恵まれた」
言いたくないが、きっと師にも。
「そうだったのか」
「阿呆みたいな量のポーションを作って兵士に配って、魔力欠乏症の手前まで行ったら自作のマナポーション飲んで、また作って配って……配布しながら攻撃魔法が使える魔法使いとしても扱われるしな」
錬金術師とは大まかに分けると魔法使いの一種だ。
錬金をする為の魔力と繊細なコントロールする力を必要とされる。それらが出来るのであれば、当然普通の魔法もある程度は使える。
そして攻撃魔法が使えさえすれば立派な戦力だ。
クラスメート達が最前線にいる間に、オレ達バックアップ組の控えていた後方にも敵が何度も押し寄せて来た事がある。
死ぬ思いをしたのも1度や2度ではきかない。
「凄惨な戦場だったと聞く」
「だった、じゃない。今もだ」
魔王自体が討伐されても、ちりぢりになった魔王軍の残党が魔物を率いて散発的な戦闘が繰り広げられている。
それらの影響が色濃く残っているのがこの国の現状だ。
その影響は、前線からかなり離れているこの街にまで影響を及ぼしているんだ。
「魔物の生息域の変化もその一つだ。ダランベール王国と元魔王領の境は今でもドンパチしてっからな」
「それを恐れて一部の魔物は生息域を変え移動して、それらが連鎖的にこの領にまで影響を与えている……俺達ギルドで出した結論だが」
「間違いないと思うぜ? 流石に5年も戦争してりゃあ魔物も逃げ出すわな」
この領は戦場から離れてはいるが、この世界は人間以外の生物の領域が広く大きい。
無関係ではいられないのだろう。
「はあ、嫌になるぜ。使徒様達、この街も助けてくれねえかなぁ」
「他力本願は良くないぞ、おっさん」
街一つを救うなんてスーパーマンじゃないオレには荷が重い。
「さて、腹も膨れたし飲むもん飲んだし。今日は帰るかな」
「ああ? 早くねえか? もっと付き合えよ」
「明日はジブラータル卿のとこの執事さんと会うんだよ。貴族と繋がりのある人との約束を反故にするのは色々問題がある」
執事さん自身が貴族の可能性だってあるんだし。
「これ、ミーアちゃんの親父さんの遺品を売って手に入れた金だ」
どちゃり、と机の上に皮袋を置く。
「お、おいおい。こんなところで出すなよ」
「酒飲んだから1日は終わった。良い人ってのは続かないんだよ」
酒を飲んだら1日が終わりだって言ったのはこのおっさんだ。
「あの子の保護者みたいなもんだろ? 額が額だからいきなりあの小さな子に預けるのも問題かと思ってな。あんたに渡しておくよ」
「そりゃあ、確かにそうだが」
「売れ残りはオレの方で保管しとくよ。どっかのギルドから金を巻き上げたら買い上げる事にするな」
現金は工房の中だ。今はあんまり持っていない。
「んじゃ、お休み」
無駄に長い一日になってしまった。早く宿で寝よう。
うう、自分の部屋でゆっくり眠りたい。