66 命と魂と錬金術師⑥
「禁忌じゃ、ない?」
「そう、あくまでも太陽神教や月神教ではそれらは神の仕事だから行ってはいけないというのが教義だけど、それは人間達に合わせて作った後付けの理念だ。クリア様もディープ様もそれらを禁止するなど、一度も口にされた事は無いと思うよ?」
驚きの事実である。
「月神教では、人の蘇生をどうすれば行えるか。そのやり方は把握している、人間が行える、確立した技術だよ」
「そうだったのか」
オレは浅く座っていた椅子の背もたれに、体を押し付けた。
「ホント、君達師弟は似ているね」
「お恥ずかしい限りですじゃ」
「ジジイもオレと同じリアクションをしたのかぁ?」
ジジイに視線を向けるが、そっぽ向かれた。
「個人で実施しようとすると、多大な労力と大きな犠牲が必要とされた。過去に何度かそれを成そうとした人間がいてね、何故かその人間達は不足した魔力を生きた人間から抽出しようとする方法を取ったんだ。毎回ね」
「魔力不足かぁ」
「なかなか縁のない言葉じゃの」
オレの呆けた言葉とジジイのぶっとんだ発言に苦笑をするデイルグランデ。
「君達は特別だね、錬金術師というか、生産系統の職業適性を持ちながらも魔導士顔負けの魔力量を保有している存在は、過去に遡っていてもそうはいない。君達みたいな特殊例以外の人間は、一人の人間の蘇生に50人、100人の魔力タンクを用意して挑んでいたんだ。だから当時の人々はこの技術を禁忌とした」
「そりゃ、1人の人間を蘇生するのに100人も犠牲にしたら割りに合わないな」
「そもそもその蘇生薬を作成する素材を獲得するのには千人単位の人間が世界に散らばって世界中のダンジョンや地域を回って素材集めをしないといけなかったんだからね。相当の犠牲が出たんだよ。でもどっかの誰かさんはそれを1か所に集めて管理し始めちゃったけどね」
「必要な事じゃと思ったのじゃ。実際にワシも領兵や領民を犠牲にしてかき集めておったしの」
ジジイの言い訳。
「それに気づいたボクは、ゲオルグを招待したんだ」
ジジイがこくりと頷いた。
「人の蘇生に必要な物は揃った。ワシもお主と同じように、女神様の元から魂をどう呼び戻すかで行き詰っていたのじゃ。月神教に伝わる文献をすべて目を通す事を目的に、その招待を受けたのじゃ」
「そうだったのか、じゃあジジイが説得されたのって」
しかしそこでジジイは首を振った。
「まあ、そんな訳で人間達にとって不利益にしかならないから人間の蘇生は禁忌とされたって事。ボクとしては立場的に推奨しにくいけど、心情的にはもっとやれなんだよね」
「はぁ」
「だってすべての死者の魂は女神ディープ様の持ち物だもの。それを下げ渡されるって事は、女神ディープ様に認められたって事だもの。そんな人間、面白いと思わない?」
感覚がずれてないかこの人。
「是非会って貰いたいものだね。冥界に繋がる扉は世界中に散らばっているんだから」
「そういえば、冥界に繋がるダンジョンがあるって……」
「ダンジョンだなんて立派な物じゃないよ。階段を下りるだけ」
「そうですなぁ」
世界樹にある。それとココにもあるって噂が。
「生き物は世界中で生まれ世界中で死ぬ。陸でも空でも海でもね、そこら中で毎日万を超える生き物の魂が回収されるんだ。当然出入り口もそこら中にないと」
「そうだったのですね」
ディープ様のいる冥界への出入り口は、珍しい物ではないのか? オレ、現物を1つしか知らないけど。
「そもそも死者にしか見えないし、魂だけにならないと利用出来ないからね、ああでも、君が言ったアンデッドが発生した直後なんかは生きている人間にも見えるように顕現することがあるかな?」
「なるほど?」
ん? 見た事あるけど?
「ワシもここ以外では2か所しか知らんのぅ」
「どこにあるかなんて多すぎて逆に気にしてられないなぁ」
コンビニ感覚で冥界への入り口が街に並んでいる様を想像してしまった。
「しかし、そうなるとオレは一度死なないといけないのか」
「そうじゃな」
「そうだね」
死なないと、その冥界への扉は利用できない。
魂のみの存在にオレ自身がなる必要があるってことか。
「無理ゲーやん、やっぱ簒奪者扱いでもいいから向こうから魂を引っ張り出す方法を何か考えるか」
「え?」
「は?」
「扉がそこら中にあるんだったら、まず魂を観測する道具や扉に干渉できる魔道具を作るしかないか。ソウルイーターとか魂を刈り取る魔物、そいつらでなんか作れないか? 魂を刈り取るには魂を認識しないといけない、目か? 特別な器官でも備わって……」
「まてまてーい!」
「ホント、不敬な人だなぁ」
大声を上げないでくれジジイ、今考えてるんだから。
「という事で、生身で入れる冥界の扉だよ」
「あるんかい」
「最後まで話を聞かんからじゃ」
今までの豪華な扉と比較するまでもない、朽ちた板で作られた簡素な扉がオレの目の前にあった。
肌寒い空気が、その板の隙間から外に流れて来るのを感じる。
「ワシはここで冥界に降りた。間違いないぞぃ」
「眷属として保証するよ、ここの扉を開けて階段を下れば、そこが冥界だ」
「そうか」
デイルグランデはともかく、ジジイが言うなら間違いないんだろうな。
「毎日開いている訳じゃないけど、月に1、2回は開くんだ。別に日を改めてもいいけど?」
「いえ、行きます」
オレは覚悟を決めて扉の前に立ち、深呼吸をした。
「二人とも、ありがとう。ちょっと行ってくる」
「ディープ様によろしくね」
「もしギルバート陛下に会うことがあったら、伝えておいてくれんか? 200年ほどまっとけと」
「天寿を全うする気か」
苦笑しつつも、扉に手をかけて開いた。
階段だ。
暗いのに、どこか視界が通る。そんな矛盾を抱えた空間の底は見えない。
「よし」
オレは階段を下りる。
ひたすらに、ひたすらに。




