64 命と魂と錬金術師④
「なんじゃその顔は、とっとと出かける準備をせんかい」
「あ?」
ボロ雑巾と化した日の夜、ジジイが馬車で再び屋敷にきた。
王宮では、適当な部屋着の上から錬金術師としてのローブを羽織っているだけの男が、なんと正装だ。
「セーナよ、お主の主人を世界一格好良くしてきなさい」
「畏まりました、ご主人様のお師匠様」
「え? え?」
「勲章やらは必要ないぞぃ。そういうのとは無縁の場所に連れて行くからの」
「了解です、マスター。急いでください、お師匠様を待たせるものではありません」
服を脱がされ、体の隅々まで洗われ、その間にリアナまで到着しオレの身支度をしてくれた。
王城に行く時よりも豪華な服装、なんだこれ。宝塚の男役みたいな服装をさせられたのだが?
「ふむ、まあそんなもんかの。魔法の袋は持ってきていいから、とっとと馬車に乗れ」
「あ? ああ、てかどこにいくんだ?」
「いいから乗らんか、いつまでも待たせていい相手ではないのじゃ」
「ええ? まさかお姫様とか国王陛下のとこに連れてかれるんじゃ」
「いいから乗らんかい!」
ジジイの杖がオレの首筋を捕らえて馬車に引き釣りこまれる。く、200歳くらいの爺様の癖に力が強いっ!
「ってぇ……」
「待たせすぎじゃまったく。ワシの寿命が尽きるぞ」
「ジジイ、なんか長命種のハーフなんだろ? あと何百年寿命が続くんだよ」
「知らんな。ちなみにお袋はまだ生きておる」
「マジで!?」
「ほっほっほっほっ、マジじゃ。あの女、ワシより若い見た目をしておるのじゃぞ!?」
「いや、それどんな心境なのか分からんわ」
ジジイに拉致されて、到着したのは大聖堂。
ここは確か。
「闇の女神、ディープ様を祀ってる聖堂だっけか」
「そうじゃ、月神教の総本山じゃ」
白と黒のコントラストが美しい月神教の大聖堂。
王城を挟んで、太陽神教の大聖堂と対極の位置に面している神々しい場所である。
「こっちじゃ」
「おい、ジジイ?」
「今のお主には足りない物がある。間違いないな?」
「足りない物って……まさか魂の!?」
「理解出来たなら口をつぐんでついてまいれ。一般の信者に目を付けられても面倒じゃからな」
「コソコソするならこんな目立つ格好をさせるなよ……」
「貴族であれば、この程度の恰好問題なしじゃ。どこかのパーティ帰りと思ってくれるじゃろ」
ジジイが小声で話しつつも、どんどんと聖堂の中へと進んでいく。
ディープ様の御神体である石像の前で祈りの言葉を紡ぐと、お布施を近くにいた司祭様に渡していた。
「月の満ちる夜に、階段へと挑む資格を持つものをお連れした」
「左様で御座いましたか。それでは月を恐れ、天より隠れる必要がありますね」
「死者を弔い、死者に寄り添いましょうぞ」
「畏まりました、ご案内させて頂きます」
司祭様が左手を出して、先導を始めた。
ジジイが真似をしろと言って来たので、司祭様やジジイと同じく頭を下げて左手を出して後に続く。
人通りのない通路まで進むと、司祭様が普通に歩きだしたので、オレ達も楽にする。
「あれって暗号か?」
「そうじゃ、お布施の金額も含めての」
「ええ、左様に御座います。まあゲオルグ様ほどの方をご案内するのに、いちいちこれをする必要は御座いませんが」
「なんじゃと? 先に言わんかい」
「ゲオルグ様は我々月神教の高司祭にとっては伝説の存在で御座いますからね」
「ジジイ、どこででも伝説を残さないと気が済まないのか?」
「だまらっしゃい! お前さんも変わらんじゃろうが」
「オレの場合仲間達のオプション扱いが多いし?」
「ちっ」
「舌打ちかよ」
「ゲオルグ様、お行儀が悪いですよ」
「ふん、弟子の前で取り繕う必要はあるまいて。ここより先は気を付けるのじゃから、大目に見ろ」
「ははは、教祖様は気さくな方を好まれますが、礼儀にはうるさいですからね」
「は? 教祖様? 枢機卿とか最高司祭様とかじゃなくて?」
月神教って、この国の歴史より圧倒的に古いよな?
「ええ、教祖様です」
「ええっと、ちなみにご年齢は?」
「ご本人様も途中でお数えになるのを諦められたそうです。そもそも意味がないことであると」
それって絶対に人間じゃない人ですよね!?




