63 命と魂と錬金術師③
「なあ、ジジイ。あの領地、お前が50年近く統治してたって言ってたよな」
「そうじゃなぁ。大体そん位かのぅ」
ジジイを屋敷の一室に連れ込んで、何本もの酒瓶を用意した。
ジジイの孫の領地での報告などをあらかた終わらせ、というかそっちに逃げようと必死だったから話を無理やり切り上げて本題に入った。
「ジジイは誰を生き返らせたかったんだ?」
「……なんの事じゃ? 確かに研究は行ったが」
「そもそも不自然なんだよな、あの領地。いくらなんでも生き物の蘇生に関わる素材が集まり過ぎだ」
「……何が言いたい」
ジジイが酒瓶を取り、手酌でグラスに酒を注いで、微妙に残った瓶の中身が気になったのか、瓶をラッパ飲みし始めた。
「どっかの誰かが、自分の必要な素材を入手するために環境の整備を行ったんじゃないかって、そう思ったんだ」
おっさんの話やギルフォード様の屋敷、ソフィア様の屋敷に残っていたジジイの研究資料には、領地の経営のノウハウとセットで残っていた。
その土地をそれぞれ細かく調べ上げ、時には街や村の場所まで移動させて地脈の位置を計算に入れて治水を行い、森を拡大させたりした形跡が数多く散見された。
「オレに勧めて来た時はさ、ああ確かに都合がいいなと思ったんだ。でも素材を集めるにあたって、いくら何でもオレに都合が良すぎた。ジジイはオレと同じように、誰かを蘇生させようとして、それが叶わなかった。違うか?」
「ふうむ、中々酔狂な考え方をするのぅ。陛下からお預かりした大切な国民をないがしろにして、自分の研究の為に領地そのものを弄るなど恐れ多い事じゃ」
「今、陛下の傍にいるのはその罪滅ぼしかな? 時期的には今の陛下ではなく先王様か先々王様の時代ってところか?」
この爺様は、どうしようもなくスケベで自由奔放で、我がままな子供の様なジジイだが、この国を裏切る様な真似はしない。
オレとジジイが開発した物の中には、ジジイの言葉がきっかけで封印された品物がいくつも存在するのだ。
『この技術は、人間には早すぎる』
『これ一つで、現在の王制がひっくり返る』
『このような物があれば、騎士も兵士もいらぬ新しい世界が出来るであろうな』
作っているときはノリノリで一緒に作ったが、いざ完成するととてもじゃないが普通の神経では使う気になれない物もあったからね。
ジジイはオレより、ブレーキに遊びがない。
「はあ、我が弟子よ。誰かに言ったりはしておらぬな?」
「勿論だよ。でもお前さん、統治者としては微妙だって住人に言われてたぜ?」
おっさんが言葉を濁しながらディスってた。
「その通りなのじゃから、言わせておいて良いのじゃ。ワシは自身の欲望のままにあの土地を弄った、ワシの弟子が多かったのは単純にワシ自身が一つ一つの素材の確認や加工をするのが面倒だったからなだけじゃよ」
「自由だなぁ」
「それだけ人間の蘇生という物は難しい事なのじゃ。そしてそれだけの事をしてまでも為し得たい、そう思えるだけの事じゃった」
そのおかげでオレも2人の蘇生の希望を見出す事が出来た。
「ワシが蘇生させたかったのは五代前の国王じゃった『ギルバート=ダランベール』じゃ」
「え? 女じゃねえの?」
「殴るぞ?」
ミシ。
「既に殴られてるが? いてえよ」
「若い頃のワシはモテたんじゃ、一人の女に執着などせんかったわ」
「はいはい、わかったわかった」
実際結婚して子供どころか孫までいる男だしな。
「ギルフォード様と名前が似ているな」
「うむ。名前の一部を貰って名付けた。しかし、あのダメ男に様付けなんぞする必要はないぞ」
「相手はお貴族様だからな」
「お主から見て、ワシは一体なんなんじゃ? まあ良い、ギルバート陛下は歴代の王の中でもとびっきりの悪童でな」
「は?」
「そりゃあもう手の付けられん暴れん坊じゃった。やれ城を抜け出して冒険者の真似事をしては怒られ、チンピラ達をまとめ上げて王都の裏社会でのし上がったり、御父上に反旗を翻そうと画策したり、それはもうとんでもないお人じゃった」
「はぁ」
なんか悪口から始まったけど?
「そして、誰よりも王であった。どこにいっても王であった。彼の方は常に人々の中心におり、その周りは笑顔で溢れておった。当時の国王もそれを分かっておってな、自由にさせつつもその輝かしい王威が成長していく様を楽しんでおられたものよ」
「そりゃ楽しそうなことで」
「ああ、楽しかったぞ。ギルバート陛下と共にいた時間は、オレにとって宝じゃ」
若い頃は『オレ』って言ってたのかな?
「こほん、ギルバート陛下が即位したその年に大きな厄災がこのダランベール王国に降り注いだ。お主もこちらに来た時に勉強したであろう?」
「黒竜の魔王かっ!」
「そうじゃ。当時の世界を震え上がらせた、空を覆いつくさんばかりの黒い竜の群れ。この大陸と隣接していた西の大陸を人の住めぬ土地にした凶悪な竜じゃ」
オレ達が呼ばれる前に、この世界を滅ぼそうとした魔王を名乗る存在。当時のダランベール王国の人口が半分にまで減らされたという黒い悪夢。
「150年くらい前の話じゃが、今でも鮮明に覚えておる」
「空を覆う魔物の、しかも普通の武器や魔法では貫けない程の強力な鱗を持った完全生物の群れ。ぶっちゃけ普通の手段では討伐出来ないよな」
「そうじゃな。この王都近くまで群れが迫ってきおった。当時のダランベール王国は今の騎士団や魔法師団よりも人数も多く実力者も多かったし、エルフも部隊単位で戦力を投入してくれておった。じゃが、それでも勝てる保証はなかった。いや、勝てる見込みがなかったな」
「確か、勇者にしか使えない聖剣を王が使ったんだよな。それで黒竜王を討伐したと」
「その通りじゃ。勇者にしか使えぬ聖剣、それは国で保管しておったが肝心の勇者が既に死んでおった。故に使える者のいない聖剣。ギルバート陛下はそれを使ったのじゃ、天を切り裂き、地を薙ぎ払い、すべての魔物の命を食らう禍々しい力じゃった」
「聖剣の暴走か」
稲荷火も一度だけそれを起こした。その時には、敵味方を含めて多くの犠牲が出たんだったな。
「聖剣の威力は絶大で、空を覆う黒竜王の眷属共はなすすべもなく地面へと落ち、倒れていった。それでもギルバード陛下は剣を振るうのをやめず、とうとう黒竜王までも討伐する事に成功したのじゃ」
「確かに、あの力はとんでもなかった。勇者である稲荷火も相当なダメージを負ったけど」
「ギルバート陛下の場合は、聖剣を無理に使った代償じゃろうな。我等が駆け付けた時には、既に抜け殻と化しておったわ。国を守るのが王の仕事であるが、王を守る臣下達の仕事はさせて貰えんかったわ」
そこまで言うと、グラスに注がれた酒を一気にかっくらう。
「ワシらは、ワシは陛下に心底惚れておったのじゃ。あの方が亡くなって、国の復旧に尽力をそそいで。それでも陛下を忘れることが出来なかった、諦めることが出来なかった……その結果があの土地という訳じゃ」
ジジイはそこまで話すと、目元を指で拭っていた。
「お主の言う通りじゃ。ワシが王の相談役として付いているのは贖罪じゃよ。陛下が愛したこの国を、自分の欲望の為に弄りまわしたのじゃからな。しかも、その陛下を蘇生させることはかなわんかった。ただの愚か者じゃよ」
自嘲気味に口元を歪め、こちらに視線を向けずに次の言葉を紡いだ。
「説得されたのじゃ、蘇生させる必要はないと。そしてワシはそれを受け入れた。はたして、お主に説得は通じるかのぅ」
「ジジイを説得できるとは大した相手だな。先王か?」
「……ワシの話はこんな所じゃ。参考になったか?」
「そうだなぁ」
これ以上は教えてくれる気がないらしい。
オレもジジイに合わせて、グラスの中の酒を一気にかっくらう。
「ジジイ」
「なんじゃ」
「ありがとな」
話してくれた事も、過去に土地を整備しておいてくれた事も。
「ふん、気味が悪いのぅ」
その後たわいもない会話に花を咲かせつつ、呑み続けた。
ジジイといるのにも関わらず、錬金術の話もせずに。
カーテンの隙間から日の光が差す頃、オレ達は眠りについた。




