61 命と魂と錬金術師①
「ダメだ、行き詰った」
クラスメートの2人を蘇生させる為の薬、これはほぼ完成と言っていい。
死亡したネズミから実験を開始し、ゴブリン、オーク、オーガと魔物で実験をした。
そして、戦争時に死亡し、亡骸を保管しておいた兵士にも蘇生実験をした。
マッドな自信はある。
その蘇生した兵士は頬に赤みを取り戻し、心臓も動き始め、眼球運動も確認取れた。しばらくすると呼吸も始めてくれた。
しかし、目覚める事は無かった。
意識を取り戻す事は無かったのだ。
そしてこの世界で、意識の無い人間の生命を維持する方法は確立されていない。オレにも専門知識が無いのだ。実験に付き合ってくれた兵士は起き上がる事も食事も出来ず、次第に呼吸が弱くなり再び亡くなった。
いずれ故郷まで運んで墓に埋めてあげるつもりだ。
「原因は、魂の在処だな」
この世界、死んだ生き物の魂は冥界にいる闇の女神ディープ様の元へ召されるそうだ。
光の女神クリア様の話によると、それは事実らしい。
ディープ様の元へと召された魂を、植物状態まで蘇生させた人間に入れなければ恐らく解決しないだろう。
人間の体と魂を合わせる『錬成』、それにはまず冥界にあるであろう魂をこちらに呼び寄せる必要がある。
しかし、魂なんて意味の分からない物と肉体を合わせるなんて、想像もつかない。
「ジジイも諦めろの一点張りだったしな」
ソフィア様の家に置いてあったジジイの研究内容にも、その魂の在処の記載の所で止まっていた。
ジジイも誰かを蘇生させようとして、そこで諦めたのではないだろうか? そう思わざるを得ない資料だ。
蘇生薬の素材はオレが用意している物と似た傾向がある。
「糞難解な暗号で書かれている癖に、最後は分からんとかふざけてるな」
解読するのに随分と時間がかかってしまった。
その上で最後が分からないとか、オレの徒労を返して欲しい。
「ジジイも肉体の蘇生には成功していたんだな」
研究結果を読んでみて、分かった事がいくつかある。
① ジジイとオレの作った蘇生薬で、人や生き物の蘇生は行えた。
② ジジイもオレも、蘇生した相手が意識を取り戻す事は無かった。
③ ジジイは『殺した』直後蘇生させた実験を行っており、相手の意識も戻った事を確認していた。
④ その上でジジイは、魂を呼び戻す事が不可能だと結論付けた。
「魂は既にディープ様の元へと召され、そこで新たな魂に生まれ変わる……所謂『輪廻転生』の流れに回されるか、ディープ様の従者とされるか。か」
優秀な人生を送った魂や、何かを成した魂はディープ様に仕える事もあるそうだ。
川北と相良の二人が選ばれていれば、ディープ様の元に仕えているかもしれない。
もし既に輪廻転生の元、転生が済まされていたら恐らく二人の魂は神々の力でも元の状態には戻らない……のではないかと思う。
もし冥界に順番待ちとかがあれば、まだどちらの処理もされてないのが一番だが。
「神様のシステムだ。オレどころか、この世界の人間の誰も知らない形になる可能性もある」
とにかく、二人の魂を呼び出す方法を探さないといけない。
オレはマスタービルダーであって、召喚術師じゃないんだけど……やるしかないよな。
「とりあえず、ジジイの所に一度顔を出すか」
あくまでも、ここで研究をしていた頃の研究資料だ。
王都に移動してから、研究内容が進んだかもしれない。
髪の毛の色を元に戻し、オレはセーナを供に王都へ顔を出す事にした。
「とは言っても、移動時間に関しては秒なんだが」
「ご主人様、誰に言ってるの?」
「独り言だよ」
オレが移動したのは、国から支給されたオレ達の王都の拠点にしていた屋敷だ。
クラスメート達全員で共同生活を行っていた場所だ、思い出深い。
ここにも工房の地下とつなげた隠し部屋が地下にある。
その隠し部屋から1階へあがり、玄関口となるメインホールに顔を出すと見知った顔の女性がいた。
「あ! ああああ!」
「やあ、ただいまジゼル」
「お、お帰りなさいませ! 道長様っ!」
どもりながらも、挨拶をしてくれたのはこの屋敷のメイドだ。一応どこかの貴族の一員らしい。
「ああ、早速で悪いがドリファスさんはどこにいるかな?」
「たぶんお庭にいらっしゃるかと思います! お声掛けしてまいります!」
「よろしく頼む」
ダダダダダ! と走りながら、扉を開けて外へと向かうジゼル。
それを背に、オレは階段をあがる。
「ご主人様、時巻様の執務室でいいですか?」
「ああ」
「畏まりました。そちらにお飲み物をお持ちいたします」
「わかった」
ここのオレの部屋の物品のほとんどは工房に入れてしまったので、ベッドと机がある程度の殺風景な部屋なのである。
それに対し、ここで王国の人間や教会の人間とのやり取りを行っていた小太郎の部屋なら紙もペンも、方々から送られてきた手紙なんかも置いてあるはずだ。
「王宮から抜け出した以上、招待しないといけないかな」
ジジイを招待かー。
そんな事を考えながら、主のいなくなった執務室の扉の前に立つ。
スペアキーを取り出して、執務室の中に入る。
清潔に清掃されつつも、どこかインクのにおいの残る部屋に進み、小太郎の机に座ってジジイ宛の手紙を書くことにする。
『コンコン』
「どうぞ」
「失礼致します、道長様」
「ああ、ドリファスさ、ドリファス。入ってくれ」
扉を開けて入ってきたのは、ドリファスという老執事だ。
呼び捨てにしないと怒られる。
白髪をオールバックにし、背筋を伸ばしたその立ち姿は2年半前に出会ってから変わらず、老いを感じない。
「お久しぶりに御座います。この館にようやく主が戻ってこられましたな」
「いや、うん。分かってますよね?」
「はあ、やはりですか」
「うん、寄っただけ。用が終わったら戻りますよ」
「どこに戻るか、お聞きしても?」
「ついて来ないと約束してくれるなら教えますが?」
「…………………」
にこやかなダンディズムスマイルと共に黙殺されました。
「私は屋敷に仕えているのではなく、道長様にお仕えしているつもりなのですが?」
「屋敷の維持、ホント助かっています!」
この屋敷は国王から贈られた元どっかの伯爵様の物だ。貴族街でも一等地にあるから廃れると目立つ。
「つきましては道長様、陛下より招集状が届いております。月一で」
「知りません」
「王妃様よりも招集状が届いております。やはり月一で」
「放置でいいです」
「ウォルクス王子とシャクティール王子からも連名で」
「相変わらず仲の良い兄弟だなぁ」
「それとミリミアネム王女様より、恋文が届いております。週8で」
「多いなオイッ」
「伯爵家以上の家からのお見合いの案内もこの通り」
「宝箱に入れないで下さいよ」
「家格から考え、伯爵家より下の家のお見合いの案内はすべて却下致しましたのでご安心下さい」
「全部却下しといて下さい……」
この量の手紙をすべて今から目を通せと? 無理に決まっているじゃない。
「まあ冗談は置いておきまして」
「冗談だったの!?」
「おや、今から読まれるおつもりでしたか?」
オレの首が高速で左右に振られる。
「一度王宮に顔を出して頂けるのであれば、王族関連の物以外はすべて処理しておきましょう」
「む」
「ちなみに、今回お戻りになられた理由をお尋ねしても?」
「ジジイと連絡を取る為です」
「先日酷い扱いを受けたと嘆いておりましたが?」
「知りませーん」
「相変わらず面白い関係ですね、一応師弟とお聞きしておりましたが」
「ジジイは恩師だけど、なんというかなぁ……」
悪巧み仲間かなぁ。
「懐かしいですねお二人とも、何かを作る話をされている時は子供の様にはしゃいでおられました」
「その節は、本当にご迷惑をおかけしまして」
何日もジジイがここに泊まって、酒を交わしながら向こうの世界の技術をこっちで生かすにはどーするかと話し込んだものだ。
風呂にも入らず、ボロ雑巾の様に疲れていたが。きっと『やり遂げた男の顔』で倒れてたオレ達を休ませてくれたのはこの人である。
「私も楽しんではおりましたが、本当に……本当に時巻様がいらっしゃらなければ手に負えないと何度思ったことやら」
「天下の生徒会長様ですから」
小太郎の説教は骨にまで響くのである。ジジイと本気で涙を流しあったものだ。
「とりあえず、王城には必ず顔を出して下さいね? こちらはこちらで、ゲオルグ様に話を通しておきますので」
「分かりました、その時にはお供をお願いいたします」
頭を下げたところで、セーナがお茶を運んできてくれた。
オレのぐったりした表情と、ドリファスの晴々した表情を見て、何かを察した顔をしていたのであった。




