05 街に降り立つ錬金術師⑤
2021.04.28
抜けてた話をケツにくっつけたので長いです。
ごめんなさいね
「ここがお父さんの工房です」
「おー、錬成具が多い」
オレみたいな雑多なマスタービルダーではなく、普通の錬金術師みたいだ。
錬成窯に粉砕機、遠心分離機に薬湯瓶。便利な道具が揃っている。
「親父さんは薬専門かな?」
彫金具がないからアクセサリーの作成なんかもしてなかったみたいだ。
「ですです! それで、何から教えてくれるですか!? ポーションをちゃんと作りたいです!」
「そうだなぁ。納品数が上がれば、当面の生活費に余裕も出来るだろうしな」
「おっさん、いつまでいるんだ?」
カテジナさんは帰ったのに。
「ばーか、これも冒険者ギルドの仕事の一環だ。お前さんがいたいけな幼女をたぶらかさないかを確認しねーとだからな」
「ロリコンはお前らんとこの冒険者だろ……」
連中は紳士過ぎる。
「がはははは! まああいつらはいろんな意味でこええがなぁ! オレの目の届く内は悪いことはさせねえさ」
「まあいいが、まずは掃除だな。おっさん手伝えよ」
「ですか?」
「工房は結構綺麗に使ってるみたいだけど、その前に保管庫だな」
「ほかんこ……お父さんに一人で入っちゃダメって言われてるです」
「まあそれが普通だな。だが親父さんが亡くなって1カ月、保管庫の中身によっては変質してる物があるかも知れない。中には毒を放つものもあるからな」
「どくっ」
「そりゃあ、穏やかじゃねえな!」
工房の横には保管倉庫に通じるドアがあるが、鍵がかかっている。
魔術的な鍵ではなく、普通の鍵だ。
「保管場所の鍵が魔法の処理がされてないって事は、ここの先も普通の倉庫だろ。じゃあダメになってる物もあるし、ミーアちゃんに入るなって言っているなら元々危ない素材もあるかもしれないしな」
オレは道具を色々入れている手提げからマスクを3つ程取り出す。
そこに手作りの防毒薬のスプレーボトルでマスクと自分の体に振りかけた。
「防毒薬を噴霧する道具だ、これで全身を守るぞ。扉を開けたらガスが充満してる可能性もある」
「お、おお。準備がいいな」
「それも魔道具ですか?」
「これは工夫して作った道具。魔法の道具って訳じゃない」
まあ作成過程で錬金術は多用するけど。
「おっさんは専門知識ないだろ? この工房の窓とかドアを全開にしておいてくれ。それと近くに人が来ない様にしてくれ。それとお隣さんとか一応避難させた方がいい」
「錬金術師の家の近くに住もうだなんて度胸のある人間はそうはいないぞ」
「あー、まあ爆発とか色々するもんな」
ガス漏れとかも。だから錬金術師の家の周りには空白地帯が出来る事が多い。この家は両隣に家があるが、庭があるおかげで離れているが。
「とりあえずミーアちゃんと一緒に倉庫の片づけはするから、換気と工房の掃除頼むな。あ、水も汲んでおいて」
「へいへい、人使いの荒いこって」
錬金術師の家だけあって裏に井戸もある。水も簡単に手に入るのは素晴らしい。
「鍵はある?」
「たぶんこれだと思います」
「了解」
鍵を借りて扉を開ける。
薄暗い倉庫の中には、いくつもの素材が雑多にしまわれていた。
やはり植物系の素材や魔物由来の素材のいくつかが変色していた。
「ああ、密封ケースがあるんだ。流石に危ない素材の処理はしっかりしてるな」
「お父さん、Bランクの錬金術師でしたから!」
「なるほど、でも危ない素材は処分するかな」
「そう、ですか」
残念そうな顔をするミーアちゃんに悪いが、これらの素材を使用するにはミーアちゃんは幼すぎる。ミーアちゃん自身も危ないし、周辺にも被害が及ぶ可能性があるのだ。
「かといって全部処分するのも面倒だし勿体ないかな。この中で使い方の分かる物はある?」
「えっと、これが毒消しを作るのにお父さんが使ってました。こっちはマナポーション、こっちはしょーしゅー剤……で、合ってますですか?」
「正解、でもこの素材は魔力が逃げちゃってるからマナポーションには出来ないね。だから処分する。それにこの消臭玉の素材は横の素材の臭いが移っちゃってるから効果の弱い消臭玉にしかならない。これも処分するよ」
「は、はい」
「こういう天然の素材はすぐにアイテムに作り替えないとすぐダメになっちゃうから、何か作るにしても作成する直前に用意しないとダメなんだ」
「はい」
「親父さんもすぐに作るつもりだったんだろう。倉庫の手前に置いてあるのがその証拠だよ。こういうのをきちんと管理出来てたんだ」
父親の物を処分する、そう伝えた事で明らかに沈んだ表情をしていたミーアちゃんの頭を撫でる。
「親父さんはいい腕をしてたんだね」
「は、はい! まち1番の錬金術師でした!」
「うん。きっと親父さんもダメになった素材は使わなかっただろう。その辺はしっかりしてたんじゃない?」
「はい、冒険者の人達によくいらいをかけてました」
「薬は冒険者だけじゃなく、人間すべての生命線だもんな。良い物を用意してあげたかったんだろう」
冒険者向けの薬だけじゃない、むしろ解熱剤や発疹を抑える薬になる素材、腹下しなんかの素材の数の方が圧倒的に多い。
「これは……冒険者用の薬よりそっちを先に用意するべきか」
家庭向けの医薬品、ミーアちゃんの親父さん以外が作ってなかったらやばい。
スーパーやばい。
「こっちは肉体の強化薬系統の素材、こっちは……」
避妊薬だな。ミーアちゃんには聞かせられない。
他にも色々と薬になりそうな素材がやはり多い。
防具の強化に使える素材もそこそこあるけど、大事なものがない。
「親父さんはどこかの鍛冶師と共同で仕事をしてたりした?」
「えっと、お仕事の事はわからないですが、ドワーフのドリーさんと仲が良かったです」
「なるほど」
今度挨拶に行こう。
「さて、こっちは……」
ポケットから手袋を取り出してはめてから素材を触る。
「それは、いたそうです」
オレがわざわざ手袋を付けたのを見て、顔は出しても手は出さないミーアちゃん。
賢い子だ。
トゲトゲしい亀の甲羅である。
「これはオレも見た事無いな、この辺にしか住んでない魔物の素材か?」
魔物由来の素材はその地域性が出る。オレもアリドニア方面に今まで来たこと無かったから知らない魔物も多い。
昨日資料を見たが、あれで全部じゃないだろうし、ダンジョンの資料はまだ見ていない。
「まああの資料も、今後変更がかかるかもしれないがな」
生態系が変化してるとかなんとか。
本当に厳重に保管している物や、オレ自身の判断が付かない物は手提げに仕舞う。それと危険な物や簡単に処分出来ない物も。
ミーアちゃんでも加工が出来る物は避けて再び倉庫の棚や箱に仕舞う。
そしてミーアちゃんに手に負えなくても危険の無い物は別の箱に入れる。今のところ使う予定はないが、安い物ではないからだ。死蔵しておいてもしょうがないので、街の錬金術師に売るか、オレが工房を持ってある程度稼いだら買い取ることにしよう。
その辺をしっかり説明をして納得してもらう。
掃除中のおっさんにも一緒に確認をし、了承してくれた。後で街にいると言うもう一人のボケてない方の錬金術師を紹介してもらおう。
「さて、おっさんの雑な掃除も終わったし」
「雑ってなんだおい」
「幸い危険な素材もしっかり処理されていたし、1カ月程度だったから腐敗の酷い物も少なかったから変なガスとか発生して大事とかにもならないで済んだしな」
王城で師匠と悪ふざけをした時には大騒ぎになった。
危なかったしスーパー怒られた。ああいうのはもう二度とこりごりだ。
「とりあえずご飯にしようか」
宿で作って貰ったソーセージサンドとお手製のジュースをテーブルに並べる。
もちろん工房ではなくミーアちゃんの家のリビングだ。
ここは工房兼住居だからそういう場所もあるのである。
「おお、気が利くな」
「お、お茶くらいなら用意できるです」
「まあまあ、今日はオレの奢りだから。今日くらいしか付き合えないんだからね」
「え?」
「おいおい、お前ミーアの師匠だろ?」
「や、オレ引っ越しもまだだし? そもそも師匠やんねえし」
「ここに住みゃあいいじゃねえか」
「お、お部屋をよういしますです!」
「オレはオレで工房を持たないと、親父さんの道具はミーアちゃんが使うんだし。それに……申し訳ないが、ここの設備じゃ作れない物も多い」
製薬関係の道具は揃っているがそれ以外は足りていない。
「そうか」
「まあ引っ越すのは確定してるし、そのうちダンジョンなんかにも顔を出すつもりだしね」
「冒険者もやるのか? お前さん、戦えるようには見えないが」
「錬金術師が直接赴かないと手に入らない素材もあるんだ。安全には気を使うから」
「だ、ダメです! あぶないです!」
ミーアちゃんが立ち上がって抗議をする。
「あー、ごめん。そうだよな。大丈夫、一人じゃいかないから」
「それでも、お父さんはそう言って……」
涙を目に浮かべる女の子は卑怯だと思います。
「おい」
「いやあ、こればっかりはなぁ。まあ今の段階でって訳じゃないから。それにこの街にも腕利きの冒険者いるんだろ? そいつらを雇って取ってもらえるものは取って来て貰うさ」
「今はいねえけどな」
大規模討伐に駆り出されてるんだっけか。
「やっぱり危ないです……」
「だとよ、上手く説得するんだな」
ぶっちゃけ面倒だー。
「うー……」
「まあ、食うか」
「そだな。いただきます」
「いっちゃだめです……おいしいです」
「そりゃ何よりで」
しばらく食事に専念。
ミーアちゃんとおっさんがジュースを気に入ったらしく美味しいを連呼していた。
日本の食事になれたクラスメート達の舌を満足させたジュースだ。美味しいに決まっている。
「午後だが」
「はいです?」
「おっさんは裏庭の草むしりを頼む」
「マジか……」
不満気な声を出すが、大事なんだよ。
「裏庭、薬草畑になってた。ミーアちゃん一人で維持は出来ないが、放っておくと魔素溜まりになる可能性がある。街中じゃ滅多にそんな事にならないが念のためだ」
「そ、そうなのか」
「ああ、あの規模なら生まれても小物だろうけど街中で魔物が生まれること自体問題だろ?」
「そりゃあ、そうだな」
「オレはこの辺の固有の植物は知らないからな、雑草かどうかも区別がつかないんだ。それなら徹底的に空っぽにしたほうがいい」
まあ魔力の有無で判別できるけど。草むしりなんて面倒だから任せちゃおう。
「雑草も含めてまとめて掘り返して、街から離れた場所に埋めてくれればいいから。おっさんなら冒険者連中に指示出来るだろ? 何よりやるなら早い方がいい」
「そりゃあなぁ」
なんと言っても元ギルドマスターだ。
「オレとミーアちゃんは午後からは錬金術の基礎を。というか【回復薬】を作る為の前段階の準備。時間が余るようなら実践もしてみる」
「はいです!」
気合の入った顔で元気に返事をするミーアちゃん。
「昨日はゆっくり休んだよね」
「はいです! たぶん魔力もまんたんです!」
「そりゃ何より」
魔力の回復する飴をあげたからね。
おっさんの寂しい背中を見送りつつ、工房に再び。
今度は窓もドアもしめた。幸い窓にはガラスがちゃんと張ってあるので明かりに困る事はない。
「さて、まず薬草を潰す道具」
「はいです」
「の、潰し棒」
「え?」
オレは棒の真ん中を指さす。
「これ、錬金具なんだよね」
「そうなんですか!?」
「そうなんです」
見た目で言えばゴマすり棒だもんね。でも真ん中に小さな石がはまっている。
「まずこれを外します」
「はいです」
赤茶色かかった魔石だ。
「薬草をすりつぶす段階で、魔力を込めながらすりつぶすと調合の際に魔力の通りが良くなるから。これで微量に魔力を流しながら潰すんだよ」
「ほえー」
「でも、これは親父さんの魔力に馴染み過ぎている。ミーアちゃんには使えないよ」
「あう……」
そこでオレは一つの石を取り出した。
「倉庫にあった。親父さんが用意してくれてたみたいだね」
「あ……」
ヤスリ掛けされて綺麗な球体の石。
小さな石を両手で受け取ったミーアちゃん、
「お父さん」
呟くミーアちゃんの目に涙が浮かぶ。
「よかったね。もっと魔力がきちんと成長したら渡すつもりだったんじゃないかな」
この世界では7,8歳くらいの子供も普通に働いている世界だ。だが魔力の過度な使用は体に悪影響を及ぼす、親父さんはまだそれをこの子に教えるのは早いと思っていたのだろう。
「この石を……魔石をミーアちゃんの魔力で染め上げる。これが出来なければちゃんとしたポーションは作れないよ」
「が、がんばります!」
オレも手提げの中から同じくらいの魔石を取り出す。
失敗しても同じ石で再チャレンジ出来るけど、今後も使うからこれも渡す事に。
そもそも魔力欠乏症になれるほど魔力を放出した経験があるんだ、問題無く出来るはずである。
「まずこっちで練習してみようか。石を握って、魔力を集中させてみて」
「は、はいです」
ちなみにこの魔石、ゴブリンソーサラーやスノウウルフといった魔法が扱える魔物の魔石である。冒険者によっては回収しないで捨てていく事もある程度の品でしかない。とってもリーズナブル。
「うー……」
もう出来た! あ。
ペキリ。
「あ、われちゃったです」
「ま、魔力を込め過ぎたね」
スーパー危ねえ! 親父さんの形見をダメにするところだった!
冷静に言ったつもりだが、内心はドキドキだ。
冷静に、冷静に。
「い、いくつか出しておこうか」
どもっちゃった。
魔石は手提げの中にスーパー入っている。工房を開設すればこの100倍はあるからいいけど。
「や、やってみます。ゆっくり、ゆっくり」
その後も2,3個失敗したが無事完了。
「じゃあ今の感じを忘れないうちに、親父さんから貰った石に入れてみよう」
「はい!」
父の残したものを使えるのが嬉しいみたいだな。
「できました!」
「じゃあこの潰し棒に嵌めて」
「はい、出来ました!」
「うん。上々だね。じゃあ次はこっち」
工房の真ん中の机に置いてあった小さな窯。
錬金窯である。
魔女の巨釜みたいな形の大きな窯も存在するが、ここの親父さんはそういった物は用意してなかったらしく、料理に使うようなサイズの窯しかない。
まああれ、高いし? 使う魔石も強い魔物の魔石を使うからそっちも高いし。
「これにも魔石が付いてる、この窯と混ぜ棒で2つ使ってるみたいだからこれも交換しよう」
「はい!」
この魔石も親父さんが用意してくれていた。念のため同じくらいのサイズの魔石を用意する。
窯用の石は手のひらサイズとそこそこ大きい。
「練習してみて、自信が持てるようになったらやってみよう」
「はいです」
流石に2つ、更に練習の為に何個も魔石を染めるとなると……すぐ出来たな。
この子すごくね?
クラスメートの魔法職連中も、オレも含めて魔力のコントロールが出来る様になるまで1カ月くらいかかってたような気がしたんだが。
「ポーション作るより簡単ですね!」
ああ、そうね。
ポーションを作るより難しいと思うんだけどね!
「次に、そっちの水瓶」
「水窯です?」
「うん、あれも錬金具」
「そうなんです!?」
「親父さんはいつも、夜にこの水窯に水を入れてたでしょ」
「はいです」
「オレもそうしている。水が悪くなる前に使い切り、かつ自分の魔力を馴染ませるようにあらかじめ錬金具の水瓶に入れておくんだ。ほら、ここに魔石」
「ホントです」
水瓶は何種類かあった。これは水の属性を変える時に別の水瓶を使う必要があるからだ。
あまり使っていなかったのか、火と風の属性の水瓶の魔力は完全に消えている。
今も水が残っている一番手前の水瓶がポーションを作成したりするのに使う為の物だ。
「今のところ使う予定の無い水瓶は倉庫にしまっちゃうね。埃溜まるし」
蓋はしてあるから問題ないと思うけど、念のため水瓶に余っていた布を乗せて置く。
石も外して。
「こっちの魔石は用意してなかったみたいだから、さっき練習で染めたのをいれちゃおう」
「はいです」
「親父さんの魔力の残滓が残ってるから、中の水を捨てて拭いてから入れるね」
水瓶の水を捨てて、中を拭きとる。この程度やるだけでも親父さんの魔力の影響はほとんどなくなるから問題ない。
「これで苦くない、薬草もそんなに使わないポーションが作れるよ」
「はい!」
嬉しそうに何度も頷くミーアちゃん。
目が輝いている。
「やってみる?」
「はい!」
今日一の返事だ。本当に嬉しいみたいだ。
「えーっと、おっさんおっさん」
「ああ?」
雑草むしりなんて長時間やらせてたからか、返事が荒い。
「水もうちょい汲んできて、ミーアちゃんにポーション作ってもらうから」
「おお? 準備出来たのか!」
「おう」
「見に行ってもいいか?」
「ダメ」
コケた。お笑い芸人みたいだ。
「おっさん、土仕事してたから汚えじゃん。そんな人工房には上げられないよ」
「てめぇ」
「はいはい、いいから水くれ水」
「ったく。ギルドマスターをアゴで使いやがって」
「元だろ」
「けっ」
言いながらも井戸に木製のバケツを落として水を汲んでくれる。
「まあまあ、大事な仕事任せてるんだから」
「わかってるよ。はあ、こんなことならガキにでも任せるんだった」
「もう半分以上終わってるじゃん、頑張って」
「わーってるよ」
おっさんから扉ごしにバケツを受け取り、中に戻る。
ミーアちゃんの魔石が入った水瓶にバケツの水を移して、バケツを外に戻す。
「まだ魔力が馴染んでないから、さっきの練習に使った魔石を中に沈めるよ」
「はい!」
「前日に準備が出来なかったり、急ぎで使いたいときには魔石を沈めると水になじんでくれる。まあそれでも多少時間をおかないといけないけどね」
「はい!」
ミーアちゃんが魔石をぼちゃぼちゃと水瓶に入れる。
「終わったらこの魔石は引き上げてね。入れたままでもいいけど、ポーションを作るのにそんなに魔石を使うものじゃないから」
「はい!」
続いて薬草のすりつぶし作業だ。
使う薬草は昨日ギルドから持って来たホジュル草だ。気候的には春の陽気、夏場でなければ4、5日くらいならダメになったりしないから問題ない。
おっさんをもう一度使って水を汲んで来させて、細かい土を洗おう……と思ったけどかなり綺麗に洗われていた。
冒険者達がやってくれてたのか? 愛されてるなぁ。
まあやる前にもう一度洗うけど。
「見分けはつく?」
「はい、だいじょうぶです」
「じゃあ並べよう」
ギルドで買取をしている以上違うものが混ざっている事は無いが、たまに雑草がくっついている物もある。
それに明らかに鮮度の悪い物も除外だ。
「苦みを抑える為に、一番太い根の先っぽを切る」
「そうなんです?」
「ああ、ホジョル草の中で、唯一毒の成分の溜まる場所がここだ。たぶん親父さん、これを切る作業をミーアちゃんに見せてなかったんじゃないかな」
避妊薬の素材でもある。これだけでどうこうなる訳ではないが、ミーアちゃんが知らないという事は、父親からすれば娘に近づけたい物ではなかったのだろう。
「次に量を計る」
きちんと量りもあるからお皿に乗せて貰って重さをはかる。
「この量りでこの石と同じ重さになるように重さを合わせる。5個分からだな」
ここの親父さんが用意していた物だ。いくつか石が置いてあって、ご丁寧にポーション5とかポーション10とか書いてあった。
毎回計らない様に工夫していたようである。
「……あたし、10の石を5回つかってお父さんと同じ色のポーションでした」
試行錯誤を何度もしたのだろう。すごい事だが。
「頑張ったんだね。でも今日からは、親父さんと同じやり方でやろう」
「はい、お父さんと一緒。へへへ」
「くうっ」
やべ、泣ける。不意打ちは良くない。
「これくらいです」
毎日やってるからか、大体の量を覚えていたらしい。
見た目はホウレンソウ3束くらい。
「すりつぶし、大丈夫だよね?」
「はい、ゴリゴリします」
潰し棒を持って気合を入れる幼女がいた。
ゴマすりの要領でゴリゴリ削ってもらう。
「魔力をこめながらやるんです?」
「魔石が補助してくれるから、魔石に手が当たる様にしながら潰せばいいよ。意図して流す必要はないね」
「はい」
椅子の上に立って小さな手で薬草をすりつぶしてもらう。多少時間がかかりそうだ。
待ってる間、オレが暇だけど手伝うとオレの魔力が混ざってしまう。
そうすると難易度があがっちゃうので、眺めている事にする。
「それくらいで大丈夫かな。そのあとは」
「長いくきを取るです! お父さんのお手伝いでよくやりました!」
「その通り」
正解者は撫でてあげよう。
ちゃんとピンセットを使って分けているのも素晴らしい。
これを抜かないと、完成したポーションの舌触りが悪いのだ。効果には関係ないけど。
流石に取り除いた茎や繊維はもう使えない。
【ビーストマスター】のクラスメートのペットの餌にしてたりもしたけど、基本的には捨てる。
そんな事考えていたけど、かなり丁寧に仕事をしてくれた。
「このくらいでいいです?」
緑の臭いの強い塊が完成だ。
「そうだね。じゃあ錬金窯に入れようか」
「はい!」
「さて、溶解粉は……っと」
「のこり少ないから使ってなかったです。お父さんもあんまり使ってなかったですし」
「そう? じゃあ一生懸命混ぜるか」
溶解粉は水にホジュル草を溶かす速度を速める為の補助アイテムだ。
これも錬金術で作成する。
一度に大量に作っておくことが多い。
「さて、それじゃあ錬金窯にホジョル草を入れて」
「はいです」
「このコップ、20杯分だね」
ポーション10、20杯ってコップに書いてあった。
ミーアちゃんが何往復もして水瓶の水を入れた。
「普段はこれで魔力を込めてかき混ぜてた?」
「はいです」
「お父さんと同じなら、このまま混ぜるけど。オレはここで一工夫してあるものを入れるんだ。どっちでやる?」
「あ、えっと」
「別に効果は変わんないけどね。飲みやすくなるけど」
いわゆる苦みを軽減する為の工夫である。
「ちなみに、何を入れるです?」
「まあ大したものじゃないけど」
そういって鞄から水筒を一つ取り出した。
「芋の皮の煮汁と塩」
「おいも、ですか?」
「うん。スープとかで使う芋の皮をむいて煮ただけの煮汁」
「ほああ」
色々試したけど、これが一番安上がりで苦みが消えるのである。旅してる時なんかは特に余るし。
ポーションの味がきついとクラスメートの連中に文句を言われてたどり着いた。
まあ結果として、連中はポーションをスポドリ感覚で飲むようになったが。
「どうする?」
「た、ためしてみたいです!」
「了解。茹でると甘味がでるお芋なら何でもいいよ? でも皮は薄いタイプのお芋を使う事。そっちの作り方は後で教えるね。量はこのコップの半分くらいの量。塩はこの量だと……これスプーンで5杯分くらいかな」
「このくらいでいいです?」
「そうそう」
海は近いから塩も高くないので気軽に教えられる。
「それじゃあ、今度は混ぜ棒の石の所に魔力を流しながら混ぜてみよう。流す量が多ければその分早く終わるけど……まあいままでの半分の半分の半分くらいの量でいいと思う」
この子、魔力多そうだからね。
「やってみます!」
早速混ぜて貰う。錬金窯の中で素材が混ざり合うと、中のホジュル草が早々に形を崩し始めた。
「もうちょっと魔力を抑え目でもいいか」
「このくらいで……わわ! もう溶けはじめた!」
「そうだね」
椅子に立って頑張ってかき回すミーアちゃん。
徐々にホジュルの実と水が混ざり合い、緑色の液体に生まれ変わっていく。
「水の量を増やそうか」
「え?」
「ちょっと、いや。大分馴染む力が強い」
オレは中の状態を見ながら、水を追加で5杯ほど足した。
先ほどまでのドロドロ感がなくなり、完全に液体と化している。
錬金道具が置いてある場所からお玉を取り出して掬い上げて落とす。
「いい色だね」
「お父さんのと変わらない! こんなにかんたんに! しかも全部とけてるです!」
多分今までは溶け切らなくてダマが残ってたんじゃないかな。だから追加でホジョル草を入れなきゃいけなかったんだと思う。大量消費の理由はそれのはずだ。
「家族でも魔力の波長は違うらしいから、これまではそれが邪魔になっちゃってたんだ。それが原因で余計に魔力が必要で、たぶんミーアちゃんは水の属性が強いんだと思う。親父さんとは別の属性なのかな?」
「お父さん、火が一番得意って言ってましたです」
魔石の中に封じられていた魔力が火でミーアちゃんが水、魔力同士が反発しあったせいでホジョル草に上手く魔力が馴染まなかったのが原因だろう。
回復作用が上手く溶け出なかったので最初は薄いポーションしか出来なかったのではないだろうか?
やはり色が薄いなら濃くするように、ホジュル草を大量に投入するしかないと考えたのだろうな。
「それで水の量に違いが出たんだな」
「そうなんです?」
「ああ」
ポーションは水と土の属性が強い人間が作る方が楽に作れる。
まあ難易度はそもそも高くないので、知識と一定以上の魔力があれば結構誰でも作れるのだ。
旅先で道具屋のおばちゃんが世間話しながら作っている光景にも出会ったことがあるくらいである。
「回復要素の抽出も上手く出来てるように見えるね。味はどうかな」
お玉を使って小皿に移して味見。
「うん。飲みやすい」
見事なスポドリっぷりである。
「あ、えっと」
「試してみる?」
小皿に開けてミーアちゃんに渡してあげる。
「……行きます!」
決死の覚悟でその小皿のポーションを飲んだミーアちゃん。
まあ子供は苦い物が苦手だもんね。
「にがくないです!」
「そうだね。それをポーション瓶に移したら完成だよ」
ミーアちゃんも瓶の回収をギルドと契約していたようで、昨日回収した薬草と一緒に置いてある。こっちも綺麗に洗ってあるのが面白い。
しかもコルクまでちゃんと回収されている。数もずれていない。
戦闘中に捨てる事もあるのに。
冒険者達の努力と意地の片りんを感じるね。
「出来ました! 12本入りました!」
「良く出来ました。それじゃあお外で汗をかいているおっさんにも飲んでもらおうか。味見の意味で」
「はい!」
おっさんに味見をさせたところ、驚いていた。
すっごく驚いていた。
やったぜ。
褒めながらもミーアちゃんに抱き着こうとしたので、汗臭いし土臭いからやめてやれと言ったらオレが抱き着かれた。
スーパー臭ぇ!
ミーアちゃんはまだまだ魔力があるのでもっと作りたいと言っていたので、無理しない程度にと伝えてといったら。
「薬草が勿体ないので全部やるです!」
「やめなさい、また倒れるから」
ぶっちゃけ、今までの10分の1程度の量で作れるようになったのだ。流石にその量のポーションを作ったら今度は体力不足が原因で倒れる。
薬草を残しておくと頑張りそうなので、あと5回分くらいの量を残して薬草は没収。
や、ちゃんと正規の値段で買い取ったよ? おっさんに確認も取って。
ついでにおっさんにも薬草の販売量の制限を設けさせた。
ミーアちゃんの魔力量は多いようだからかなりの量が作れるだろうが、あれだけの薬草をすりつぶして混ぜ混ぜを毎日していたら彼女の腕が丸太の様になってしまう。
そもそもこんな子供が魔力を枯渇させてまでやるような仕事ではない。
子供なんだから、ポーションを作る時間を減らして友達と遊ぶ時間が増えればいいんじゃないかなと思った。
魔力も全快の状態で調合を開始するようにしっかり伝え、2日に1回は調合を行わない日を設けるように言った。
毎日ギリギリまで働くなんて、大人になってからでいい。
オレは大人になってもやるつもりないし?
生活の心配をしていたが、絶対に問題は無い。錬金術師はポーションさえ作れれば競合がいなければ生活出来るからだ。
冒険者ギルド(お得意様)がいるから競合の心配もない。
でも最後に、ちょっとだけ嫌な役をすることにする。
「これで、ここは親父さんの工房じゃなくミーアちゃんの工房になったわけだ」
「あ……」
親父さんの錬金具の魔力を上書きしてしまったんだ。まだ使う事のない錬金具は極力倉庫にしまったので、最初よりかなり広く感じる。
「そして、これは外さないといけない」
オレが手を伸ばしたのは、親父さんの錬金術師ギルドの会員証だ。
「ぇ……」
ミーアちゃんが息を呑む。
土や泥汚れを落としたおっさんが目を背けた。こいつ、知ってたな。
「これは、この工房がミーアちゃんの親父さんの工房だと示すものだ。【Bランクの錬金術師ジェイク】の工房だって証明する為にここに飾っている」
パスカードに入るその会員証をオレは手に取った。ミーアちゃんの親父さんの名前、ジェイクって言うんだな。
「でも、もう親父さんはいない」
「う……」
「ミーアちゃん、これはもうここにはおいてはおけないんだ。おいちゃダメな物なんだ」
「うあ……」
ミーアちゃんの目に涙が浮かび、こぼれる。
「これはミーアちゃんの宝物にすればいい。でも、これを掲げて工房を続けるのであれば、オレは錬金術師ギルドに報告しなければならないんだ」
この街には錬金術師ギルドは無いし、出入りする気もないから報告はしないけど。今後誰かがここに訪れた時に指摘されるかもしれない。
錬金術師は薬を扱う大事な仕事だ。その薬は人の命を左右する局面も来る。
いない人間の会員証を出して売買をするのは犯罪行為にあたる。
ギルドやら錬金術師の学校で勉強した訳じゃないが、師匠に師事した時にキツく言われた。
錬金術師が、出来ないことを出来ると言うのは罪だと。
だから信用を得るためにこうやって身分を提示するんだと。
こんな事を言うオレが身分詐称者だが。
これが原因でミーアちゃんが捕まりでもしたら大問題である。
「無くさずに、大事にしまっておくんだよ?」
「ひぐっ! ひぐっ!」
我慢できず、涙がいくつも零れ落ちる。ミーアちゃんが親父さんの会員証を受け取ると同時に、大声で泣いた。
オレはかがんで、ミーアちゃんの後頭部に手をあてて抱き寄せる。
彼女が泣き続ける以上、オレは彼女の頭を撫でてあげることしか出来なかった。
泣いているとき、思いのほか強い力で掴まれたのが印象的だった。