45 お姫様は頑張りたい
「襲撃が随分減りましたわね」
「ええ、手ごわい相手ではありませんが行軍が遅くなりますから助かりますね」
「ですが、襲撃が減ったと言う事は敵が戦力を集中させていると言う事では?」
「今までの襲撃を考えると、そんな知識があるとは思えませんが」
「新たに知恵ある上位個体が生まれたのかもしれません、油断は出来ませんぞ姫様」
森の険しい道なき道を進むのは、ダランベール王国第3騎士団特別編成軍だ。
ゴブリンの集落を探し森の中に足を踏み入れたのである。
編成軍代表はダランベール王国第一王女、ミリミアネム=ダランベール。
ミリミアネムの護衛として王女に付き従っていた直属親衛隊隊長のセリアーネ=ゼムダラン。
同じく親衛隊所属、エレイン=ホーネスト
ダランベール王国第三騎士団副団長、グランベル=モード。
アリドニア領主の兄にして稀代の錬金術師ゲオルグ=アリドニアの孫、ギルフォード=ジブラータル。
そして第3騎士団の精鋭とギルフォードの部下数名で構成されている。
「ゴブリンキングは討伐されているのよね?」
「それは間違い御座いません姫様。私が確認致しましたし、討伐後に回収した魔石も鑑定致しました」
ミリミアネムの問いかけにギルフォードがしっかりと回答した。
「しかし貴方達と合流出来たのは僥倖でした。こうして大胆に行動が起こせますからね」
「第3騎士団としても、姫様のおかげでこうして活動範囲を広げる事が出来る様になりました」
「ええ、アリドニアだけでは他領で活動が出来ませんでしたからね」
第3騎士団特別遠征部隊としてセインドルで活動していたグランベルは、旅の錬金術師であるライトロードの進言を受けて、アリドニア領と独自に連絡を取っている所だった。
そんな中、顔を出したのは東に災いありと話を聞き、マスタービルダーの光道長を追うミリミアネム一行である。
ミリミアネムは何度かこの広大な森に挑戦したが、補給と進軍の関係で戻ってきた所だ。
3人で突破出来るほど、この森の難易度は低くなかった。
ミリミアネムとグランベルが合流し、更にアリドニア領から情報交換としてやってきたギルフォード。
様々な情報交換を行った結果、やはり東には何かある。そう結論付けたミリミアネムは王族として、その場にいた者達に命令を下した。
『一丸となって、この問題に対処するべきである』と。
こうしてダランベール王国第3騎士団特別編成軍が生まれたのである。
「皆さん」
斥候としての能力が高いエレインが声をかけると、全員が声を潜めて武器に手をかけた。
手練れの集まりというのがこれだけでも分かる。
「何か見つけたか?」
「ええ、トレントです」
エレインが指さす方向には、蠢く木。
大量のソレは何かを担いでいた。
「ここまで接近を気づかなかったのか!」
エレインは斥候として優秀な人間だ。長い行軍の中、疲れがたまっているとはいえ、目視できるレベルまでトレントを確認出来なかったのは異常である。
「申し訳ございません、気配が余りにも希薄だったもので」
静かに謝罪するエレインに、全員が首を振る。
「どこかに向かっているようだ。少し泳がせてみませんか?」
「賛成です、叔父様」
グランベルの提案にミリミアネムが同意する。
トレントは基本的に動かない魔物だ。元々移動に適していないのもあり、敵が近くに来るのを待つのが基本戦術なのである。
それがまるで目的を持って歩いているのだ、何かあるに違いない。
全員が頷くと、身を沈め気配を消してトレントの後を追う。
「ここは……なんと酷い光景か」
そこに広がるのは凶悪な戦闘跡。
木々は折れ、大地はめくり上がり、そこら中に血の跡が地面を赤黒く染めていた。
「何か大型の魔物が暴れた後のようね」
「トレントはこんなところで一体? あ、姫様! あれを!」
最初に気づいたのはミリミアネムと共に、何度も魔王軍との戦闘に参加したセリアーネだ。
思わず立ち上がるセリアーネに非難の視線が集中する。
「セリア! トレントに気取られますわ!」
「トレントではありません、これはあの方の。ミチナガの力です!」
セリアーネが指をさした方には、トレントが何かを地面の穴に投げ込んでいる光景だ。
正確にはトレントではない。道長の作ったウッドゴーレムだ。
その穴は簡素な柵で囲まれている。
その指し示す方にミリミアネムは走り出した。
「姫様!」
「ここにはもう危険はありません! あれはトレントではなく、ミチナガ様のウッドゴーレムです!」
「「「 ウッドゴーレム? 」」」
「触っても問題ありませんわ」
近くにいたウッドゴーレムをミリミアネムが手のひらでペチペチと叩いた。
魔物相手にはありえない行為だ。
「ミチナガ様というと、異世界より来訪された勇者パーティの?」
「ええ、今ならばゲオルグ様をも凌ぐ世界最高のビルダーです!」
「では姫様の言う通り」
「先んじてこの地へ来られたのでしょう。この光景は私達も何度も見たものです」
道長は戦場でこの戦後処理方法を考え付いたのだ。勇者パーティと共に魔王軍と戦っていたミリミアネムやセリアーネ、エレインには見慣れた光景だ。
「お、お待ち下さい。たった一人の、勇者様のパーティにいらした人間が……これだけの戦いをこなされたというのか!」
「し、信じられません! あの足跡。種族こそ分かりませんが、最上位種のドラゴンに匹敵する大きさでは!? あんなものを一人で? いや、死体がないから退けただけか……」
「いえ、恐らく倒されたのでしょう。あの方の持つ魔道具はどれもわたくし達の常識の外にありますから。死体が無いのは素材になされたからではないでしょうか?」
「ミチナガであれば確かに。やはり我々を巻き込まない様に置いていかれたのですね」
ウッドゴーレムが片付けたとはいえ、ハクオウの吐いたブレスにより抉れた地面やセーナの砲撃で溶解された大地、イドの放った範囲魔法やイリーナの斬撃で地面はズタズタのボロボロだ。
実際に激しい戦いが繰り広げられた現場であるから、間違ってはいないのだが。
「ミチナガ様はまだこの辺りにいらっしゃるでしょうか?」
「周辺の捜索と、ゴブリンの残党狩りを行いましょう。ここでならキャンプが張れそうです」
「水と食料の備蓄を考えると、ここでの調査でかけられるのは4日といったところです。姫様」
肉は森に入れば確保できるだろうが、安全な水は簡単には入手出来ない。
それと野菜や果物だ。この場にいる人間全員のお腹を満たせるほどの量を山菜から補う事は不可能に近い。
「仕方ありませんね。しかし、こちらにいらっしゃらないのであれば、既に城へ帰還なさっているかもしれません」
「ええ、脅威は去ったと考えるのが妥当かと思われますが。やはりご本人にお話をお伺いしたいですね」
「あら隊長? 隊長は道長様にお会いしたいだけでは?」
「むぐっ」
「しかし、戦うだけでなく死体の処理までも……『超』一流というのは別次元でございますな」
「我が街にも頼りになる錬金術師がいるが、ここまで非常識では……」
ギルフォードの頭にライトロードの顔がよぎるが、ギルフォードから見るとライトロードは戦闘から離れているイメージだ。
魔道具を使って戦ってはいたが、今見ている光景とは規模が違う。とてもじゃないが結びつかないのだろう。
「流石はミチナガ様です。ミリアは早く、ミチナガ様と再会しとうございます」
「姫様、そのためにもこの場の調査をしませんと」
「そ、そうですね。叔父上、指揮をお願いいたします」
「畏まりました、姫様」
ミリミアネムの真価は戦闘で発揮されるので、こういう指揮はグランベルが行う。
この場にいない道長を想い、ミリミアネムは胸の前で手を交差させるのであった。




