36 錬金術師と新しい従者③
「髪の毛と血液を下さい!」
「何を言っているの?」
リビングで何故か武器を広げていたイドがいたので、お願いしてみる。
「錬金術の素材に使いたいのです」
「そういうこと。別に構わないけど」
そう言いながらイドは最近、お風呂のシャンプーとコンディショナーのおかげでかなりキラキラで艶々になった髪に手を当てる。
「リアナ、梳かしてあげて」
「はい」
待ってましたと言わんばかり、綺麗に洗い他に何もついていない事を確認した櫛をとってイドの後ろに周る。
そんな中、イドは短剣を取り出して自分の腕に当てようとする。
「待った待った、そんな傷がつくような方法で取らないから」
「? 血がいるんじゃ?」
「オレがやるから」
「人に傷付けられるのはなんか怖いわ」
まあ言わんとしてることは分かる。
「それにエルフは傷もすぐ治る」
「不純物が入らない様に採血するから」
「さいけつ?」
首を可愛く傾げるので、オレは持ってきていたお医者さんごっこセットからシリンジを取り出す。
「こんなもので血が取れるの?」
「針を取り付けるんだ。ほらこれ」
ケースに入っている針を一つ取り出してシリンジにセット。
空気の出入りが無い様にピッチリとねじ込んで、消毒液を吹きかけた後ポーションを周りに塗る。
「う……それを、刺すの?」
「そう」
「そんなに長い針を?」
「うん」
「どこに?」
「左腕、って隠すなよ」
どこか訴えるような目でこちらを見つめるイド。こんな表情をしているのは初めてかもしれない。いや、可愛いけど。
「お、」
「お?」
「恐るべし……ライトがそんな人だったとは」
「ちょっとチクっとするだけだから!」
素人なオレがやるもんだからクラスメート達も嫌がってたし、こっちの人間から採血した時もこんな感じだったなぁ。
「針……怖い」
銀色に輝く針を見つめるイド。
ちなみにこの針、スチールモスキートと呼ばれる蚊の魔物の針だ。
まっすぐで鋭く。本来は返しがついているが、それは取り除いて綺麗にしたものである。
「分かった」
「分かってくれたか!」
「報酬を貰う」
「え? ああ、そうか」
「ご飯」
「む?」
「ライトのご飯。領館の厨房じゃ作れない料理があるって言ってた。ここでなら出来るはず」
「お、おう」
「デザートも」
「そういえば、ご主人様はあまり食べないからデザートって果物を切ったものくらいでしたね」
そんな事をセーナが口にする。
「分かった。ここの倉庫に眠らせている食材も使ってやろう」
「何がある?」
「肉はベヒーモスの頬肉でハンバーグを作ってやる。魚はクラウンまぐろを炙ろう。スープに疾風鳥の骨のダシと神大豆を浮かべたスープ、デザートに走り小麦の小麦粉でパイを焼いてインフェルノバッファローの乳とサンダーバードの卵で作ったアイスも乗せてやる。サイレントビーのハチミツもかけ放題だ」
「かけ放題!」
「そうだな。たまには酒を呑むか。リットン産のワインも出してやろう」
「リ、リットンさん……年代は」
「どれ、30年物だな」
王宮にいた時に押し付けられたお酒だ。
「じゅるるるり」
よだれ長ぇよ。あと腕で拭くな、採血するんだから。
「し、仕方ない。そこまで言うなら協力する」
「顔、だらしないぞ」
「……胸が躍る」
表情を戻す気はないようだ。
「じゃあ左手出して」
「う、試練の時間」
そんなんでもないよ。
イドの手を取り引き寄せる。肩の手前を布で縛り、白い彼女の腕を消毒液を湿らせた布で拭き上げる。
「-----っ!!」
緊張しているのか、いい感じで力が入った。
この瞬間に針を入れる。
「っ!」
注射器の反対側にガラスで作った真空の器を接続し、血液が流れ込むのを確認。
そのまま巻いていた縛り布をほどいて血が容器を満たすのを待つ。
十分な量が取れたら針を抜き出して針の刺していた部分を軽く拭き取る、ポーションを含んだ絆創膏を貼って完了だ。
「っ! はぁ、……終わり?」
どうやら呼吸を止めていたようだ。頬が赤い。
そこまでせんでもええんやで。
「ああ。無事採れた。ありがとう」
「そう……ご飯、期待する」
「分かった。ああ今日……明日も作れないから明後日でいいか?」
言ったらソファのクッションが飛んできた。
「仕方ない、明後日は空腹にしておく」
「何故投げたし」
「仕返し」
ああ、そうっすか。
リアナとセーナがクスクス笑っているが、気にしない事にしておこう。
食べ放題、飲み放題、かけ放題。
最強の魅惑の言葉。




