35 錬金術師と新しい従者②
「食事にするわね、ご主人様! イドは戻ってるかしら?」
なんだかんだ言って汗がびっしょりだったオレはそのままの足で風呂場に行き、体を浴槽のお湯で流してすぐに体を浴槽に沈めた。
「ああ、疲れた」
「……こんなに堂々と覗きにくるとは思わなかった」
「あ? あ!!」
湯気の向こうから美しい肢体を晒した美の化身がいた。
「すいません」
「謝るなら目を背けるべき」
言われたので慌てて後ろを向く。
そんなオレの横にお構いなしに体を寄せて浴槽につかるイド。
「ここのところずっと工房に籠っていた、今日はリアナとセーナまで工房に」
「ああ、ちょっと難易度の高い調合をな。昨日まで機材に魔力を込めていたけど今日が本番だ」
顔を背けているのも疲れたので浴槽の縁を背もたれにし、目を瞑り顔を天井に向けて目元にタオルを被った。
「随分消耗している」
「かなり魔力を使うからな」
異世界から召喚されたオレは女神の加護と特殊な職業のおかげで常人の100倍は魔力が多い。
そんなオレの魔力を何度も空にして錬金するのだ。常識の外の話である。
「回復薬は?」
「何度か飲んだ。おかげでお腹はタプタプだよ」
上位魔力回復薬などの回復薬は液体だ。怪我を直すタイプのポーションなら体にかけても効果はあるが、魔力の回復薬は直接飲まないと効果が悪い。
「じゃあ今日は終わり?」
「いや、一旦休憩なだけ。あんまり時間をかけられない」
時間を止めるタイプの魔道具に入れるにしても、入れる際にその魔道具の発する魔力の影響を受けてしまう。
簡単な薬の錬金や、金属のように周りから魔力を吸収しにくい素材の錬金ならば途中で止めても問題無いが、今回はあまり間隔が空けられない。
「魔力を回復させたら再開?」
「ああ、魔力の回復を促進させる食事をセーナが用意してくれるからな」
「そう」
イドが立ち上がったのか、浴槽のお湯が波打つ。
そして、オレの前にイドの気配が移動した。
「魔力の回復なら、わたしも出来る」
オレの頭の後ろの浴槽の縁に両手をつけたのだろうか、顔の前や胸元にイドの体温を感じた。
そして、イドの唇がオレの唇を塞いだ。
「っ!」
オレが驚いて顔を動かすと、タオルが顔から落ちる。
視界にイドの少し火照った顔と胸元が飛び込んできた。
「動かない」
強めの視線と言葉に反論することも出来ず、再びイドに唇を塞がれた。
イドの口から、温かい物が流れ込んでくる。
イドの魔力だ。
イドの魔力がオレの体を徐々に満たしていく。
「かなりの魔力量、ここまでとは思わなかった」
唇を離したイドが、溜息をつくようにつぶやく。
そして、再びオレの横でお湯を肩まで……口元を隠すように顔の半分くらいまで潜る。
流石に恥ずかしいので、オレも何も言えない。
「先にあがる、目を閉じて」
「あ、はい」
イドが立ち上がり、浴槽から出る気配を感じた。
「エルフが集落を出るもう一つの理由知ってる?」
「えっと、ああ」
嫁盗り、婿盗り。
「考えておいて」
「ええ!?」
思わず目を開けると、綺麗な背中と可愛いお尻が一瞬見える。
イドが扉を閉めると、オレは一人になった。
「……どうするかね、コレ」
色々と棚上げをして、体を洗う事にしよう。
心を落ち着けないと、イドやリアナ達のいるリビングに顔を出せない。
主に下半身の事情で。
同じ湯上りな上に、妙に視線を合わせようとしないイドとオレにリアナの笑顔とセーナの鋭い視線が突き刺さり続ける食事を終え、再び工房に移動する。
「……………………………」
「…………………………………」
二人からの視線が痛い。
「マスター?」
「何?」
「子供なら早めにお願いします。是非お世話したいです」
「ぶっ!」
「ご主人様、セーナはいいけどミリア姫がなんて言うかしらね? セーナはいいけど」
「ミリアは関係ないだろ……」
そんな事をいいつつ、魔法の袋にしまっておいた棺桶を取り出す。
まだ蓋は開かない。
リアナとセーナが文句を言いつつも、工房の中央に人が3人は入れそうな巨大な窯を二人でゆっくりと運んできた。
オレは大きな水瓶をその大窯の横に置く。
リアナとセーナも勝手が分かっている、その大窯に水瓶から水を注ぎこんだ。
こういう重い物を動かしたりするのは、人間以上の力を持つホムンクルスにはうってつけの仕事だ。
壁の机に先ほどと同じように素材を順番に並べていく。簡単な素材にも名札を付けて前に置く。
「ご主人様、新しい妹はどういったタイプにするおつもりですか?」
「大型の魔物なんかと渡り合える、重量級の前衛タイプにしようかなと思っている。武器は剣オンリーだな」
「そうなるとミリア様の血液ですか?」
「そうだな。それと海東の血を使うつもりだ」
「……確かに最上級魔法を自在に操る大魔導士の力は必要ね」
「しかしなぁ、海東は男なんだよなぁ」
ドッペルゲンガーの素体が女性で、剣聖であるミリミアネム王女の血液と髪の毛を混ぜる予定だ。
同じく保存してあった海東の血と髪の毛も手元にある。
しかし相性面からいうと、最高とは言えない。
「女性の魔法使いならば相良様の方が良いのではないですか?」
「あいつは幻術士だからな。前衛の素体に使えば面白いかもしれないけど、決定力に欠ける可能性が出て来る」
「カナデのじゃダメなの?」
「聖属性の攻撃魔法に向かってくれればいいんだけど、回復魔法に寄ったら微妙なんだよ。回復はリアナがいればいい」
「マスター、抱き着いてもいいですか?」
「嬉しいのは分かったから。今は色々素材の量を測っているところだからダメ」
手元が狂ったら測り直しなのだ。
「魔力が凄くて、攻撃に秀でている女性。もう一人いるわよ?」
「え? いたっけ? 言っとくが小太郎は男だぞ?」
大神官の癖に回復魔法を全然使わない破戒僧だ。
「イド様」
「あー!!」
なんてことを言い出すんだセーナ!
獣人の素体に王族である姫の剣聖の血。それにエルフの血……やばい気配しかしないじゃないか!
イドはオレの体内の魔力を半分以上回復させられる程の魔力を保有している。弓や剣で戦っている場面ばかりだが、時折放つ下位の魔法も冗談みたいに強い威力だった。
わあ、好奇心が抑えられない!




