02 街に降り立つ錬金術師②
「クルストの街、ようやく着いたなぁ」
なんだかんだ言って3日ほどで到着。
普通の馬車で1週間でも、うちの馬は錬金生物だ。疲れもせず、普通の馬より早いペースで進める。
領都との間にいくつか宿場町があり、巡回の兵士もしっかりいたので安心・安全な道のりだった。
多少魔物が出たけど、流石に街道に出て来るような魔物ならばオレでも勝てるのである。
「意外と大きい街だな」
今までいた王都や領都と比べるともちろん小さいが、それ以外の街と比較するとかなり大きい街だ。
だからこそ錬金術師の数が足りないというのは深刻な問題なんだろう。
ダンジョンが近いという話も本当なんだろう。冒険者の姿も多く見受けられる。
そして微妙に注目を浴びている気がする。
冒険者達だけでなく、商人やそれ以外の人も道を開けてくれた。
「なんだろ」
そんな事を考えていると、門に詰めている兵隊が何人か出て来た。
「貴族の馬車でありますか?」
「あー、まあ馬車立派ですからね。オレ自身は貴族じゃないです。この街の町長に領主様から手紙は預かってますけど」
王都や領都には貴族も多く出入りしてたけど、この街はあまり貴族がこないらしいので馬車も屋根が無い物が多い、というか牛車のが多いくらいだ。
「左様でしたか。お手紙を見せて頂いても?」
「はい」
蜜蝋で押印され封をされた手紙を渡す。
もちろんその門番も勝手に開けるようなマネはしない。
「本物……に見えますな」
「領主様を騙る様な真似はしませんよ。命がいくつあっても足りない」
貴族と偽ればそれだけで極刑の世界である。貴族の遣いだと嘘を言っても同様だ。
「念のため町長の……ジブラータル卿の館まで案内します、卿は外に出ておりますが執事の方には話を通しておきたいですから」
「わかりました」
「身分証明書の確認をよろしいですか?」
「これでいいですか?」
錬金術師ギルドの会員証を渡す。
「え、Aランク……っ! 失礼しました!」
「そんな畏まらなくていいですよ。オレは平民ですから」
「はあ」
意外と会員証の効果が高い。この世界でも医者的な人の地位は高いようだ。神官も医者みたいなものだけど。
「ご案内致します。馬車のままどうぞ」
「悪いね」
とんとん拍子で話が進むのは楽である。
門番の兵士さんが言っていた通り、町長……貴族なので街では町長とは呼ばずにジブラータル卿、と呼ばれる人は不在だった。
執事さんの話では魔物の群れが現れたので、兵士と冒険者を連れて大規模な討伐作戦に出ているらしく1週間は帰ってこれないのではないかとの話だ。
領主からも話が行っていたらしいが、行き違いになったかな?
とりあえず執事さんに宿を紹介して貰い、戻り次第連絡を貰える話になった。
執事さんに詳細は伝えたので、明後日物件……というか土地の紹介はして貰える事になった。
まあ最終的な決定権はそのジブラータル卿が持っているそうなのであくまでも下見である。
一日空くのは土地の選定の時間だそうだ。
しっかりした執事さんである。
紹介してもらった宿に馬車を預けて、目的地に到着した。
「と、言う訳で。来ましたよ、冒険者ギルド」
錬金術師ギルドはこの街には無いのでそっちに挨拶に行く必要はないし。
オレは冒険者ギルドにも登録してあるけど真面目にランク上げをしていない。クラスメート達との寄生プレイで一応【C】ランクだが。そもそも依頼を出したり買う側なので依頼を受ける必要は無い。
ギルドに入ると、思ったよりも人が少なかった。
例の討伐隊に参加している人が多いのだろう。
人間以外にも獣族や獣族のハーフがいる、流石は冒険者ギルド。
カウンターにいるおっさんと目があったので、そちらに足を運んだ。
「見ない顔だな。他所から来たのか?」
「ええ、凄腕錬金術師をしています。ポーションの納品とアイテムの素材依頼が出来ればと思ったのですが」
「錬金術師! そうか! この街を拠点にするのか?」
凄腕スルー?
「町長、ああ。ジブラータル卿に話を通したらですけど。領主様にはご許可を頂いているので。ダンジョンが近いですから素材を入手するにも便利ですし」
「そいつは助かるな。ちなみに腕は?」
「自信はあるよ? えーっと、そこの人。少し怪我してるでしょ」
たまたま目に付いた冒険者が包帯を巻いていたので声をかけた。
「ん? 俺か?」
「うん。この回復薬使って、今回はタダでいいよ」
「タダかぁ、じゃあ貰うかな」
オレは怪我をした冒険者に手に持ったそれを渡した。
冒険者の男は包帯を解いて傷の上からポーションをかけた。
「おお、すごいな」
「多少毒消しの成分もあるから飲んどいたら? 怪我から毒や病気が入るかもしれないからね」
「あ、ああ……」
男は躊躇しつつも一口。
「おお、苦くないな」
「あー、やっぱ普通のは苦い? 結構コツがあるんだよ、苦みを消すのは」
苦みは回復成分が抽出しきれなかった事で起きる。抽出が完全に出来れば苦みは消えるのだ。まあ薄いお茶みたいな味にはなるが。
「これを納品するの……か?」
「そのつもりだけど」
「兄ちゃん」
カウンターのおっさんがオレに声をかけてきた。
「【上級回復薬】はあるか?」
「あるよー」
オレは手提げからいくつか【上級回復薬】を取り出す。
「【回復薬】は今まで通りの所から仕入れられる。【上級回復薬】の納品を頼めるか?」
「別に構いませんけど」
「すまんな、親父さんを亡くした子が今は納品してくれてるんだ。あの子の仕事を奪いたくはない」
「そういう事情ですか……それなら【上級回復薬】も普通より高めに売ります?」
「……いいのか?」
「オレとしては利益が増えるんでむしろ儲けものですけど。まあ冒険者ギルドと錬金術師ギルドの取り決めがありますから常識の範囲内でね」
「助かる、瓶はどうする?」
「回収で」
「分かった。納品はいつからだ?」
「工房が出来てからですね。ジブラータル卿が戻らないと許可が取れませんから」
「むう大規模な討伐作戦でハイポーションを大量に持ってかれたからな、早めに欲しいのだが……」
「今ある分を先に渡しておきますか? 結構ありますから」
回復薬各種はかなりの数がある。
クラスメート達が怪我をした時の為に大量に用意したものだ。
ついでに魔王軍との戦闘を行う時に補助をしてくれた騎士団や兵士達の為にも大量に作ったのである。
今の手持ちの手提げにはそこまで多くは入れていないが、工房を設置出来ればそこにもかなりの数がある。
取りあえず手提げから【上級回復薬】をいくつか取り出した。
「魔法の鞄か。結構入る奴だな」
「無いと素材回収の時に不便ですからね」
オレは鞄から次々と薬を取り出した。
「おいおい、いくつあるんだよ……」
「100本以上あるけど、とりあえず20本くらいで……」
「100本くれ、っと。ここじゃ不味いな。個室に行くか」
オレはおっさんに案内されて冒険者ギルドのカウンターの奥の部屋に案内される……かと思いきや階段もあがり……。
「ん? 随分豪華な部屋……」
「ギルドマスターの部屋だ、言っておくが俺はマスターじゃないぞ」
「だよね? 普通、カウンターにはいないよね」
「ああ、後進に譲った」
「元マスターかいっ」
「年寄りがいつまでも上にいては席が空かないからな」
このおっさん、なんと元ギルドマスターらしい。
「そこの床に出しておいてくれ、後で職員に取りにこさせる」
「了解。100本ね」
オレは手持ちの魔法の手提げから【上級回復薬】を大量に並べる。
そんな中、おっさんが紅茶を用意してくれた。
「大盤振る舞いだな、正直助かるよ」
「ここの領主様からの命令だよ。冒険者の流出が始まってるから抑えて欲しいってね」
「確かに腕のいい錬金術師がいなくなっちまったからな。質の悪い回復薬に愛想をつかせたガキ共が多い」
冒険者をガキって呼ぶのかこのおっさん。
「それに、魔物の生息域の変化も問題でな。調査に行かせようとした矢先にモンスターの大規模発生。てんてこまいだ、まあ今回はゴブリンの群れらしいからなんとかなるだろ。ジブラータル卿とここのギルドマスターが主導で討伐隊を組んでるからな」
「強いんだ?」
「化け物だよ」
そりゃあ怖い。
「魔王の侵攻で一部の魔物の生息域が変わったのが一番の問題だな。本来ならば低ランクの冒険者の狩場にも強い魔物が、なんてことも増えた……怪我人が増えるのはもちろん、中には無駄な犠牲者もな」
「……」
確かに、それは問題だ。
「【上級回復薬】を一つ、1500ダランで買おう。ここでの販売価格は1800ダランでどうだ?」
「なら工房が出来たらそっちでも1800ダランで売ろうか。瓶の回収は200ダランにして」
ダランというのはこの国の通貨単位だ。1000ダランで1万円と勝手に理解している。ダラン金貨1枚で10000ダラン、ダラン銀貨1枚で1000ダラン。
小銀貨1枚で100ダラン、銅貨1枚10ダラン、小銅貨で1ダラン。
2年もいれば覚えるものだ。
「価格は同じでいいのか?」
「こっちはもっと飲みやすい奴を高値で売るさ」
「話が早くて助かる。ついでに魔物素材の買取も頼みたいところだが」
「それは必要な時に必要な物をって感じかなぁ」
「じゃあ査定だけでも頼めるか? 領都で売れる」
「可能な範囲でって感じだね。オレも全部の素材の価値を知ってる訳じゃないし」
「まあ、そりゃあそうか。てかお前さんランクは? てか正規の錬金術師か?」
「そだよ、ほれ」
毎度おなじみ会員証。
「Aか! 初めて見たぞ」
「え? Aだよ? Sじゃないよ?」
「錬金術師ギルドにSランクなんかないぞ」
「え?」
「ん?」
あれ?
「マジ?」
「マジだ」
驚きの新事実だ。Aランクが一番上らしい。
「Aランクの錬金術師ってのは、錬金術師ギルドの中でも最高の称号だぞ? お前さん、学校で習わなかったか?」
「錬金術師の学校、行ってないし……」
「腕が良くなきゃ資格は取れねえから、納得っちゃ納得だが。ちなみにAランクの条件って【奇跡の回復薬】が作れるかどうからしいが」
「あ、作ったね。結構神経使うけど」
確かにあれはすごい薬だ。高ランクの術師じゃないと作れないのは納得である。
「お前さん、人間に見えるがエルフかなんかか? 見た目通りの年齢じゃないだろ?」
「17歳……? 18歳?」
「17って書いてあるな」
「カードに書いてあった!」
とある女神様からの加護のおかげと錬金術師じゃないから。
ちなみに【ビルダー】や【マスタービルダー】以外にも【精錬師】や【調薬師】みたいな職の人も錬金術師ギルドに所属している。同じようなギルドがいくつもあるのは面倒だからね。
「若いのに苦労してんだなぁ」
「師匠がスパルタだっただけですよ」
ジジイのせいにしておこう。
「薬草の買取は受け付けますよ、毒消し用の物も。まあそっちは種類があるけど」
「薬草はなぁ、いつもあの子に売っちまってるから」
「ああ、そんな事言ってましたね」
「多少はそっちに回せるが、なるべくあの子に仕事をやりたい。いまポーションを卸してくれてたのはあの子だけなんだ。大事にしてやりたい」
「偉い子もいるものですね。他の錬金術師もいるんでしょ?」
「いるが、一人はもうボケが来てるほどの老人だ。もう一人はプライドが高いらしくてな。魔物の査定を頼んでも毎回断られてる。それに先週に討伐隊の為にポーション作ってくれって頼みにいかせたら断られたってさ」
「あー、どこにでもいますよねそういう人」
ポーションなんていう程度の低いアイテムを作るのは自分の仕事じゃないっていう錬金術師も少なくない。弟子がいる錬金術師なら弟子に作らせたりもする。
少なくともここ2年の旅の中で何人も会った。
「まあポーションなら片手間でも作れますから。取りあえず工房を構えることが出来たらお願いします」
「ああ、宜しく頼む」
ここでもがっちり握手を交わし、今回の取引は終了だ。