28 素材を求める錬金術師⑥
山をおり、先日の村に戻りイドとケーシーの馬を回収。
まだ騎士団の面々も残っていたので、グランベル閣下に森の魔物がゴブリンイーターだったと報告を済ませた。
騎士団達は村を囲う柵の補修や、ゴブリン達によって荒らされた畑の修繕に奔走している。
おばあちゃんシスターに薬を求められたり、村長にポーションの備蓄を要求されたりしたので、改めて閣下と契約書を締結する。
勿論自分の名前ではない。オレの立場が平民なので、支払いはソフィア様に行うようにした。
後程この契約書はソフィア様に渡し、お金の回収は頼りになる領主様にお願いする。
「後で文句言われそうだな」
以前はジジイの名前を借りていたが、オレはアリドニアの領民になっているから……そういえば、ジジイの名前で作った契約書の請求してた金はどうなったのだろう。
そんな事を考えつつ、若干引きつった閣下に笑顔を返しておく。
いや、正規の値段ですよ? 輸送費取らない分、お手頃価格ですよそれ。
まあ消毒液って元々高い上に量が必要だからね。
しかも村で使う消耗品の日常薬やポーションまで購入の肩代わりしてるんだ。相応の値段がするのは当たり前だ。
向こうの秘書官も難しい表情をしているが、辺境の村で購入するには明らかに安いためこちらを悪者にも出来ない。
「……分かりました。消毒樽は2樽献上品と致します」
「誠であるか!」
「ええ、閣下もこの地をお救いに来られた英雄です。私もこの村が滅んでいれば必要な素材を入手する事が叶わなかったかもしれません。彼らに素材の場所を教えて貰ったのですから」
オレの言葉に秘書官さんも嬉しそうな表情になる。騎士団の予算も無限ではないからね。
「ライトロード、すまぬ。必ず残金はアリドニア伯に届けよう」
「信頼しております、閣下」
契約書を締結させ、森の中の状況を詳しく話す。
オークの集落を壊滅させたと言ったら目を見開いていたけど、エルフがいるならその程度当たり前かと納得してくれた。
うん、実際当たり前だから何とも言えない。
月齢樹の地点、村人も知っている人が何人かいるがそこには極力近寄らない様に伝えておいた。
元々オークの縄張りだったから村人たちは近づかないようだが、今はオークではなくゴブリンイーターの縄張りだ。
オークを相手にしようとした冒険者なんかが行ったら、下手すれば丸呑みになってしまう。
この村を利用する冒険者は多くないらしいが、なんだかんだ言って山には豊富な資源がある。冒険者が全く来ない訳ではない。
森にいた他の魔物の情報や、ゴブリンの数なんかも伝えておく。
いい加減にどこからともなく湧いてくるゴブリンの集落を見つけて貰いたいものだ。
そこを潰さない限り、ゴブリンが増えるのを止める事が出来ないのだから。
アリドニア領クルストの街とこの村の位置関係から、ゴブリンの活動範囲はかなり広範囲にわたっている。
集落だなんてレベルじゃない、ゴブリンの国家が出来上がっているのではないか? そう思えるほどのレベルだ。
閣下も同じ見解らしい。今はこのセインドル領の世話をせねばと言葉を濁していたが、領の問題よりもゴブリンの集団の問題の方が大きいと感じている様子。
セインドル領もかなり不味い状態のようだ。
騎士団は国王の命令で動く。王領でならばある程度自由に動けるだろうが、それ以外での活動となると閣下の権限でも難しいだろう。
王の騎士が勝手に他領で動けば、その土地を治める領主から反感を買うのが目に見えているからだ。
まああの王様なら多少無茶は許してくれそうだけど。
「何か力になれる事があれば言ってくれ! グランベル=モードがお前の後ろ盾になろうぞ!」
「そ、それはソフィア様を通して頂きたく」
「それもそうだな! だが王都に来ることがあれば顔を出して欲しい! 騎士一同でお前さんを歓迎しよう!」
「機会があれば、是非に」
王都なんていかないけどね!
閣下達騎士団や村の人々から離れ、慌ててセインドル領の領都に向かった。
途中の村や町で情報を収集しつつ、それらの場所は人の数が少ないためドッペルゲンガーは確認出来なかった。
ジジイの耳に入っている可能性もあるので、急いでそちらに向かう。
ギルドを通して雇っているイドやケーシーには申し訳ないが、追加で報酬を支払う事を約束しついてきて貰うことにした。
「セインドル領、領都セインドル。雰囲気が暗いな」
「ああ、第3騎士団が既に入って治安維持活動を行っているみたいだな」
本来であればセインドルの騎士団が兵士を統括しているはずなのに、第3騎士団の旗が兵の詰め所などに掛けられている。
ドッペルゲンガーの情報を集めたい、それと護衛依頼をしてくれている二人の継続手続きをするため冒険者ギルドへ足を運ぶ。
人々に恐れられている自覚があるからか、イドは深くフードをかぶり顔を隠している。
先に宿を取り、リアナとセーナ、イドとケーシーを連れて冒険者ギルドに足を踏み入れた。
「ああ!? てめえ貴族かぁ!? 今更ここで依頼を出せるとでも思ってんのかぁ!?」
「おいおい、兄ちゃん! この状況下でギルドに顔を出すとはいい度胸じゃねえか!」
「そっちのメイド二人! そんな悪人なんかについてないでこっち来いよ! オレ達と遊ぼうぜ!」
リアナとセーナを連れているせいで貴族と思われてしまった。
そういえば商人もメイドを連れている事はあるが、こんな小奇麗にしてメイド服なんか着せないよな。
「何とか言えよ!」
オレの胸倉をつかみかかってきた相手の手を、イドが捻りそのまま地面にたたきつける。
その行為に怒りを覚えた他の冒険者達が立ち上がるが、ケーシーが前に立ち手を広げた。
「店主殿は貴族ではないぞ。お前達の勘違いは血を見る事になるが構わないか?」
ケーシーがそう言いながら地面で男に関節技を決めているイドのフードを取る。
「え、えるふだとぉ」
「生まれながらのSランクかよ」
「待て待て! やっぱ貴族なんじゃねえか! Sランクを護衛に雇え……」
「黙んなっ!!」
一際大きい声がギルド内を支配した。
ギルドの隅にいた冒険者の女が立ち上がり、ゆっくりと前に出て来る。
黄色いキツネ耳とふさふさの尻尾を持った女性の獣人が登場。
「なあ坊ちゃん、この街の現状を知ってるかい?」
「ドッペルゲンガーが出る程度には悪い状況なんだろ?」
「どっぺる……?」
「襲い掛かってくる自分の影の事だ」
「っ! そうだっ! こいつが出て来る原因が貴族達の圧政だ! お前達のせいなんだっつってるんだよ!」
「や、すまんが。オレは貴族じゃないぞ?」
爵位は貰う前に逃げた。
「こんなかわいいおべべを着させた娘を連れる道楽が貴族以外の誰がやるっていうんだい!」
「や、こいつらの服装は昔の仲間の趣味なんだが……」
「マスターが喜ぶと聞きまして」
「ご主人様は素直じゃないから、中々褒めてくれません。でもそれが喜んでいる証拠だと聞きました」
あれ? 敵が増えたぞぅ?
「って話だが?」
「あー、待て待て。これを見ろ」
オレは錬金術師の身分証明書を出す。
「『A』ランクかよ……じゃああの」
「そっちじゃねえよ。名前だ名前」
貴族はすべて家名を持っている。国に認められて、家名を与えられる平民もいるが貴族で家名を持っていないのはありえないのだ。
「ライトロード、大層な名前じゃないか」
「それは別にいいだろ。オレは素材回収の旅に来た、ただの凄腕錬金術師だ」
スーパー凄腕だ。
「自分でいうかね」
「Aランクだからな。護衛の二人は冒険者なんだが、旅の道順が変わってな。内容変更と護衛延長の手続きを取りに来たんだよ」
あと情報収集だ。
「どっからきた?」
「アリドニア領」
「あの錬金オタクの街か。じゃあAランクも不思議じゃねえな」
や、領都にはAランク何人かまだいるみたいだけど、それ以外の街は減ってるみたいよ?
「分かったらどいてくれるか? ついでに謝罪をしてくれてもいいが」
「女に可愛い格好させて連れまわす悪趣味な貴族と間違えて悪かったな」
「おおーいっ」
「ふん」
キツネ耳さんが道を譲ってくれる。イドもそれに合わせて男を解放した。
「オレの趣味じゃないんだよ……や、好きだけど」
オレの呟きを聞いたイドとケーシーにも冷たい目で見られましたとさ。
自分も好きっす!




