21 錬金術師と不足気味のマナポーション⑤
「さて、というわけで見せて貰おうか」
「おお、ここが店主殿の工房か……すごいな」
「ごちゃごちゃしててごめんね」
オレの工房は、錬金術師の工房とは違う。
鍛冶もすれば木工もする。魔物の解体にも使うし、当然錬金窯も大きい物が置いてある。
今回は武器の確認だ。とりあえず椅子を出してかけてもらい、テーブルにその魔剣を置いてもらう。
「これだ」
腰に下げていた剣を鞘から抜いてテーブルに出すケーシーさん。
よく手入れされているが、刃こぼれが多少ある。
「研ぎには出していないのか?」
「たまに出すが、あまり深く研がれると魔剣の能力が落ちたり無くなったりと言われてな」
「親父さん以外には難しかったか」
「そういう事だ」
剣に限らず、武器は消耗品だ。
特に鈍器と違い、刃物は研ぐ必要がある。
研ぎは何度も繰り返すと、いずれ刃の摩耗に限界が来る。
魔剣ともなると、芯に魔力回路も走っていたりするので研ぎすぎるとその権能が失われる恐れがある。
こういのは製作者か、相当慣れている人間以外に見極めるのは難しい。
「ちょっと失礼」
オレは剣を手に持って魔力を込めてみる。
剣の中心部分が光を放っている。
「硬質化と炎か」
「そうだ。魔力を込めると炎を帯び、炎の魔剣と化す。その炎に負けぬよう剣自体を守る為に頑強さも上昇する……見ただけで分かるのだな。炎は見れば分かるが、硬質を見破られた事は初めてだ」
「そりゃ戦闘中だからでしょ。こうしてしみじみメンテをするために剣を見せれば分かる人間にはわかるよ」
剣の熱が収まったので、改めて剣を置く。
「ケーシーさん、手を出して」
「あ? ああ」
「触るよ? 体も」
オレはケーシーさんの手を取り、まじまじと見つめる。
瞳に魔力を集中させ、手から体、体から顔と見つめ、手だけでなく肩や腕、腰など全身の筋肉量や魔力量を調べるのだ。
居心地が悪いのは分かるが、落ち着いて欲しい。
女性の体をまさぐるのは正直照れるので鋼の心が必要。
「その、店主殿」
「なに?」
「は、恥ずかしいのだが」
「親父さんもやってたでしょ?」
「そ、そうだが! ジェイク氏は娘さんもいたし! 店主殿ほど若くなかったから!」
「そうね。でも我慢我慢。オレも恥ずかしいんだから」
「こ、こんな男女な私に恥ずかしいなどと」
やめて、そういう事言わないで。やりにくくなるから! オレの顔も熱くなるから!
「こほん、結論から言いましょう」
「は、はい!」
彼女の魔剣と彼女自身の親和性の問題の話に戻ろう。
「オレが原因の一つです、すいません」
「は?」
さっきまでテレてモジモジしてたケーシーさんが首を傾げている。
「正確には、オレのマナポーション。ケーシーさん飲んで魔力酔い起こしたでしょ?」
「ああ、あれはきつかったな……」
体内に異常な量の魔力が生まれたり、外から入り込んだりすると発生する症状だ。子供なんかはこれで体力が限界を迎え、命を落とす子もいる。
「あれで、どうにもケーシーさんの体内の魔力回路が拡張されちゃったみたい」
「そうなのか?」
「たぶん。元々ケーシーさん、魔力多かったと思うんだよね。それに比べて体内の魔力の通り道が狭かったんだと思う。体内に膨れ上がった魔力が逃げ場を求めて魔力回路の中を強引に通過して……体調を崩して倒れたんだけど、体内から魔力を抜くのが遅かったみたい」
そして、強引に通過した魔力がその回路を広げて……そのまま固定されてしまった。といったところだろう。
冒険者という名の強靭な体が対応してくれていたけど、子供だったら魔力の流れが悪くなって魔法の類が使えない体になっていたかもしれないし命を落としていたかもしれない。
「調子が悪いっていうのは、普段よりも魔剣に魔力が流れるのが原因かな? 元々ケーシーさんの魔力の放出量に合わせて作られた剣だから出力は一定なんだけど、体から出る魔力量が増えたから余計に魔力を消費するんだ。剣の方で調整できる限界を超えて魔力が体から逃げるから、軽く感じたり、魔力を多く取られて急に重く感じたりする。子供の時に急に熱が出たりして寝込む事なかった?」
「ああ、何度かあったが……」
「それのキツイ版が体に起こったんだ。そして体が変化した。子供だったら危険だったかもしれない」
「そうだったのか」
「魔力を使わない子供時代を送っていると、大人になってから徐々に魔力回路が広がるのはおかしなことじゃない。定期的に剣を持って工房に来いって親父さんに言われてなかった?」
「そうだな。それは研ぎをしてくれる為だけだと思っていたが……」
「ああ、親父さんは伝えてなかったのかもしれないな」
それを知って無茶に回路を広げるより、徐々に成長させる方がいいに決まっているからね。
「そうなると、調整は出来る。以前と同じような威力しか出ない剣にするか、魔力消費が激しい代わりに、より強靭な刃になり強烈な熱が出せるようにもするか……」
「基本的に以前と同じ魔力量で使用でき、私の判断で威力を増やすことの出来るようには出来ないか?」
「出来るけど……使い分けできる?」
「訓練する。それに冒険者として切り札が手に入るならそっちを選ばない訳にはいかない」
「なるほどねぇ。でも本当に気を付けなよ? 別にケーシーさん自身の魔力が増えてる訳じゃないんだ。一度に消費できる魔力量が増えただけで」
「ああ、分かっている。しばらく剣をなじませる事に専念し、無理のない依頼を受ける事にするよ」
「それなら、まあいいかなぁ?」
「頼む」
「分かった。それと、威力も何段階か分けられるけど、使う素材によって変わるから……お値段は5段階くらい」
うん万ダラン~うん千万ダランまでお好みでどうぞ。
「い、一番下で頼む。そんな金用意出来ない!」
「あいあい、剣は2日程預かるよ? 不安なら予備の剣を貸すけど」
「借りられるのか? じゃあ借して欲しい! 予備武器はあるが、ショートソードなんだ」
「そこの籠にぶっ刺さってるので好きなの選んで」
「わかった」
そう言ってケーシーさんが傘立ての傘みたいに並んでる剣を何本か取って鞘から抜いて選んでいる。
「……店主殿」
「ん?」
「この剣、いくらだ?」
「プライスレス」
予備武器はクラスメート達の腕に合わせたものですから!
「こここ、この武器、こわいのだがっ!」
「そりゃそうだろうねぇ」
ハクオウの牙を削りだして作った剣だよそれ。
魔剣じゃないから切れ味が良くて頑丈なだけの剣です!
「なんだか自分が強くなったと勘違いされた」
「その剣すごいよね」
「こんなものをポンと貸さないでくれ!」
「もっと質の低いのあったじゃん」
「これを見て他を選べると!?」
最初に選んだのがたまたまそれだったのが運の尽きである。
不満は勘弁して欲しい。
「持ち逃げしなかった勇気を称える」
「イドリアル殿、むしろ怖くて1日も早く手放したくなったぞ」
「盗まれても場所分かるけどね」
危ない剣だから盗難防止くらいつけてある。
そしてイドが剣に興味を持った。
イドの剣もエルフの村で作られた業物っぽいけど?
「これ、欲しい……けどわたしには長さが合わないか」
「打つのはいいけど、素材一つで5千万はくだらないぞ」
ハクオウ、つまり白竜の角だ。しかも年齢の単位がおかしいタイプのドラゴンの角。
半年に1度くらい生え変わると本人が言っていたし、角の生え変わりの時期は巣で過ごすから巣にまだ数百年分の角が転がっているらしい。
でもやっぱり普通に買おうとすればそれくらいの値が付くだろうし、基本的に出回らない品だから手に入れるのが困難だ。
「むう、お金が足りない」
「そりゃそうだろうね」
「仕送りを止めれば……」
「連れ帰されるぞ」
エルフは仕送りが途切れると役立たずの烙印が押されて連行されるのだ。
「そんで、お待ちかねのお前さんの武器だ」
「ああ、抜くのは……ダメだよな」
「庭に出よう」
店舗側から外に出て、庭にでる。
そこに藁人形(ズンバラ君6号)を置いて試し切り出来るようにしてあげる。ジャパニーズスタイルだ。
「新品のようだ!」
鞘から両手剣を抜くケーシーさん。その刀身の輝きは新品そのものだ。
「試しても?」
「どうぞ」
柵の内側には結界が張ってあるから、剣を振るうくらいなら問題ない。
イドも興味を持って一緒に外に出て来る。
そっかーエルフって食事と世界樹以外にも武器に興味あるのかー、そうだよなー戦闘狂だもんなー。
「ふっ!」
魔力を込めずにまず一閃。
それだけで藁人形のズンバラ君6号の首が綺麗に切断され、頭が地面に落ちた。
「すごい切れ味だ」
「刃は一新してコーティングしておいた」
魔剣の主軸で使われていたミスリル部分や持ち手なんかはそのままで、剣の外層部分の魔鋼鉄は交換し、刃こぼれしにくく、切れ味が落ちない様に火竜の爪などを使ってコーティングしてある。
ぶっちゃけ親父さんが使っていた魔鋼鉄より、オレが精錬した魔鋼鉄の方が質がいいのである。
魔剣とするために書き込まれていた魔術式は大きく変えていない。余剰部分に新たに書き込みをしたり魔力の通り道を改良した程度だ。
見た目や長さは以前と同じだが、『剣』の部分は大きく変化している。
ズンバラ君6号の斬られた首元と頭部側の藁がわしゃわしゃと伸びて合体、そして再びくっついて元のズンバラ君6号に戻った。
ててーん!
「なあ、店主殿」
「なに?」
「あの動き、気色悪いのだが」
「きもいよねぇ。でも毎回新しい試し切り人形出すの面倒でさ」
「合理的」
「でしょ?」
イドは分かってくれた。
「ま、まあいいか……次は魔剣として」
魔力を込めた魔剣は熱を帯びて赤く光を放つ。
「以前と違い炎が立ち昇らないが……」
「威力の指向性を少し変更したから。炎が上がるのは見た目は派手だけど」
熱を放つ剣であれば、実は炎が剣から生まれる必要はないのである。
親父さんの趣味か、ケーシーの趣味か知らないが無駄はカットだ。
「せいっ!」
再びズンバラ君6号の首が刎ねられた!
更にズンバラ君の斬られた首から炎が立ち上がり、頭側は空中で燃えながら地面に落ち、燃え尽きた。
「お、おお! 燃えた!」
「今までは炎が剣を覆っていたけど、その分のエネルギーを刀身を通して切り口に留まらせる様にしました」
炎を出すのは簡単だが、ダンジョンなんかで使うと場所によっては酸欠してしまう。炎が出ている剣を持ち歩くのはリスキーだ。
「持っていて前より熱くないが……火力があがっているのか?」
「温度は上がってるよ。それと熱を維持するのに使用する魔力量を30%カットしといた」
計ってないから何度上がってるかは知らないけど。
「ん? ん?」
「前より魔剣として使える時間が増えたってこと」
「そういう事か!」
そんな事を話していると、今度はズンバラ君6号の首がニョキっと生えた。
ててーん!
「て、店主殿! は、生えたぞ!」
「毎回首を付け直すの面倒で」
「スライムみたい」
「あんなスライムがいてたまるか!」
「ズンバラ君6号は不死身なのだ」
オレが魔力供給していればだけど。
「で、ご所望の大技」
「おお! 試していいのか!?」
「流石に街中で使っちゃだめ。残存する魔力をまとめて吸い上げて一気に炎の刃を拡張させて刃を巨大化させる範囲攻撃だね。使うのはいいけど、使ったら問答無用で死なない程度に魔力を吸い上げるから使ったらもう魔剣に魔力を込めるのはしんどくなる」
スーパー必殺技だ。
「そ、そうか……危険なんだな?」
「うん。ケーシーさんの魔力依存だから。魔力消費してない今なら5、6軒お宅が吹き飛ぶからね。ワイバーンくらいなら消し炭に出来る」
「け、けしずみ……」
結界があるから柵で止まるし、家は世界樹で工房は天界石だ。絶対に燃えない。けど火柱は上がるのでご近所迷惑になる。
オレは城での騒動で学んだのである。
「それともう一つ」
「まだあるのか!?」
あるよ?
「放出させる炎の刃を剣に凝縮させる。そして刃に込めて直接切り込む。放出させないで直撃させる分強烈な一撃に出来る。更に相手の体内に直接熱エネルギーを叩き込む事が出来るので、相手を体内から焼ける」
「すごい!」
「でもどっちも外したら一気に絶対絶命」
「む?」
「残存魔力の大半を消費する一撃だからね。確実に勝ちを拾いに行く時か、背中を任せられる信頼できる仲間がいないと撃っちゃダメ」
「わ、私は基本ソロなんだが」
「そういえば……」
この間ウチに運び込まれた時も臨時のパーティだったらしいし、まああのパーティの人達もちゃんとケーシーさんを街まで送り届けてるから、まともな人たちだったのだろう。
「それと残存魔力依存なので、魔力が余り残ってない状態で使っても低威力。強い力で打ち込みたい場合は最低でも魔力が半分以上残ってる時じゃないとあまり意味はないので注意だね」
ぼっちの部分は無視である。
「見たい」
「試したいな!」
「適当に魔物でも捌いてきたら?」
「強いのがいい」
「そうだな!」
「オレも立ち会うよ」
実際に剣として使ったのは見たが、実戦でどういう形になるか興味がある。
でもこの時間から戦える魔物でそんな強いのいるか?
ああ、ズンバラ君の首がっ!